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58:今のままで満足だよ? 有栖川薫視点

 小学三年生になった頃に、両親は離婚した。

 お母さんは今まで我慢していたみたいだけど、いよいよ限界が来たらしい。

 当然私とお姉ちゃんはお母さんに付いて行った。

 家は元々お父さんの物だったらしいので、遠い町にあるマンションの一室に引っ越し、新しい生活を始めた。


 決して裕福な生活では無かった。けど、貧しい生活というわけでもなかった。

 毎日お父さんがお母さんに暴力を振るう音に怯え、部屋の隅で縮こまる生活からは一転した。

 しかし、元々は二人で支えていた家計を、これからはお母さん一人で支えなければならない。

 その結果、一人で仕事を頑張らなければならず、お母さんが家に帰って来る時間はかなり遅くなった。

 毎日深夜に帰って来て、早朝には出て行く生活。たまに休日が取れても、一日中寝ているということがほとんどだった。


 だから、私達姉妹は、仕事を頑張ってくれているお母さんの代わりに家事をすることにした。

 二人で分担して、家のことは頑張ってきた。

 そんな中で、料理だけはお姉ちゃんの仕事だった。

 別に私の料理が不味いというわけではないのだが、そもそも、料理は火とか使って危ないから私には任せたくないんだって。

 ……心配性だなぁ……。


「薫……ご飯足りてる?」


 そんなある日のこと。

 晩ご飯を食べている最中に、お姉ちゃんがそんなことを言ってきた。

 彼女の言葉に、私は咀嚼していたオカズを飲み込んでから「え?」と聞き返した。


「足りてるけど……なんで?」

「いや……薫って背も低いし、体も細いからさ。昔はお父さんのことでストレスとかかなーって思ってたけど、今もそうだから……足りないのかなって」

「少なくとも背は関係無いよ……」


 そう答えながら、私は自分の腕を見る。

 お姉ちゃんの言う通り、確かに、私の体は全体的に色々と小さい。

 背は言うまでもないけど、腕とか体も人よりはかなり細い方だ。

 でも、お姉ちゃんの作る晩ご飯が足りないというわけではない。

 充分お腹はいっぱいになるし、単純にそういう体質なんだと思う。


 そのことを話しても、お姉ちゃんは納得いかなそうな表情をしていた。

 彼女は私の体のことがかなり心配だったらしく、翌日から晩ご飯の量をかなり増やしてきた。

 こんなことで食費を増やして欲しくないと言うと、なんと量は増えても食費は全く変わっていないらしい。

 というのも、お姉ちゃんは毎日新聞の折り込みチラシをチェックし、近くのスーパーを周って割引商品を買っているのだとか。

 そこまでしなくても……と思ったが、お姉ちゃんの優しさが嬉しかったので、黙って受け止めた。


 けど、私の痩せ型体型が変わることは無かった。

 ホントに、一体自分の体のどこに吸収されているんだと言わんばかりに、私の見た目はほとんど変わらなかった。

 お姉ちゃんはさらに食事の量を増やそうかと考えたが、これ以上増やされても消費し切れないし、私は気にしていなかったので止めさせた。

 まぁ、お姉ちゃんの頑張りの結果、私の胃袋は大きくなった。

 今までよりも食事量は格段に増えたと思う。

 しかし、大食いになっただけで、残念ながら太ることは全く出来なかった。


「うーむ……どうやったら薫の体はもうちっと大きくなるのか……」

「そんなに無理しなくても良いよ……別に健康に悪いレベルでガリガリに痩せてるわけじゃないんだしさ」


 どうしても私を太らせようと悩むお姉ちゃんに、私はそう答えた。

 すると、お姉ちゃんはムッとした表情で「そういう問題じゃないの」と言った。


「折角なら可愛い妹にはスクスクと健やかに、大きく育って欲しいの。……お母さんだって、きっと同じこと思ってるよ」

「……気持ちだけで充分だよ」


 私の言葉に、お姉ちゃんは不満そうに頬を膨らませる。

 そりゃあ、人より小さな体はちょっとしたコンプレックスだけど、でも……お母さんから生まれて、お姉ちゃんと同じ血を分けた大切な体だ。

 無理して変えるくらい嫌なわけじゃない。


「私は今のままで満足だよ? ……痩せてる方が可愛いでしょ?」

「……それはアンタと違ってデカい私への当てつけですかー?」

「えッ!? そんなんじゃないよ!」


 不満げに呟くお姉ちゃんに、私はそう答える。

 別に、お姉ちゃんはデカいなんて思わない。

 確かに背丈は高い方だけど、体型は目立って大きいとは思わない。

 彼女の存在は私にとって大きいけど、それも頼もしいって意味だ。

 しかし、これら全部を伝えようとすると、かなり難しい。

 オロオロと言葉選びに困っていた時、ワシャッと頭を撫でられた。


「あははっ、冗談だよ」


 そう言ってニカッと笑いながら、お姉ちゃんは私の頭をワシャワシャと撫でる。

 髪がボサボサになるのを触感でなんとなく感じながら、私は上目遣いでお姉ちゃんを見つめた。


「……お姉ちゃんの意地悪」


 そう呟くように答えると、お姉ちゃんはニシシッと笑う。

 ……お姉ちゃんには、敵わないな。

 頭を撫でられながら、私はそんなことを考えた。

 意地悪で、卑怯で、優しい自慢のお姉ちゃん。


 そんなお姉ちゃんが、私は……大好きです。

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