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56:お姉ちゃん

「……お姉ちゃん……?」


 掠れた声で呟く薫に、私は目を見開いた。

 ……お姉ちゃん……?

 ナギサは……薫の姉……!?

 いや……まだ、ハッキリそうだと決まったわけではない。

 そう思っていた時、薫が微かな声で続けた。


「なんで……神奈ちゃんが……お姉ちゃんの名前、知ってるの……?」

「……薫……私……」


 そこまで呟いて、私は目を伏せる。

 ……薫、私……幽霊が見えるんだよ。

 ナギサさんは幽霊になっていて、学校の屋上にいるの。

 そんな馬鹿げた話、信じて貰えるかも分からない。

 でも……。


「……神奈ちゃん」


 悩んでいた時、薫が私の手を握った。

 真剣な眼差しで私を見つめる薫に、私は何も言えなくなる。

 彼女は私の目を見つめたまま、ゆっくりと口を開いた。


「……話して……? お姉ちゃんについてのこと……全部……」


 彼女の言葉に、私はクッと唇を噛んだ。

 しかし、ここで黙ったままで誤魔化せる雰囲気でも無い。

 何より……薫には、知る権利がある。

 だから私は、ナギサについての話を全て、薫に話した。


 私は幽霊が見えること。

 学校の屋上に二人の幽霊がいて、その内の一人がナギサであること。

 この二つを、薫に伝えた。

 その中でナギサの見た目や口調などについて薫と確認したが、どうやら彼女の姉の特徴と一致するらしい。

 全ての話を聞き終えた薫は、何も言わず俯いていた。


「……お姉ちゃんが……幽霊になっていた、なんて……」

「信じられないと思うけど、本当なの。……まさか、薫のお姉さんだとは、思わなかったけど……」

「……お姉ちゃん……」


 薫はそう呟いて、両手で顔を覆った。

 ……どう、声を掛ければ良いんだろうか。

 今この場で、どんな言葉を掛けても、薄っぺらく聞こえてしまうような気がする。

 私は、左目を覆うタオルに触れ、小さく握り締めた。

 ……しかし、だからと言って、このまま彼女を放っておくわけにもいかない。

 泣いている友達を、そのままにしておくことなんて出来ない。


「……薫……」


 私が名前を呼ぶと、薫は顔から手を離し、ゆっくりと顔を上げた。

 悲愴な雰囲気を漂わせる彼女の顔に、少しだけ、声が詰まる。

 いつもの無邪気で明るい空気が感じられず、別人のようにも思えた。

 一瞬だけ戸惑う感情を、両手の拳を強く握り締めることで踏みとどまらせ、私は続けた。


「あ、あのさ……ナギサさんに……会ってみない……?」

「……え……?」

「幽霊だから、その……薫には見えないと思う。でも、向こうにはこっちの声は聞こえるし、薫の姿だって見えている。……幽霊には前世の記憶が無いから、薫のことは忘れているけど……でも……会ってみる価値はあるんじゃないかな……」


 私の言葉に、薫は目を丸くしたまま私を見た。

 彼女の反応に、私は目を逸らし、続けた。


「えっと……いざとなったら、私がナギサさんの声を代弁しても良いし……どうかな……?」

「……急に言われても……分かんないよ……」


 弱々しい声で呟きながら、薫は自分を抱きしめるような素振りをした。

 まぁ、死んだと思っていた姉が幽霊として存在していたなんて言われたら、困惑するだろう。

 彼女とナギサがどういう姉妹だったのかは分からないが、少なくとも、悪い関係では無い……と思いたい。

 しかし、ナギサには薫に関する記憶は無い。

 彼女の前で薫の話をしたことが無いから分からないけど……でも、自分の名前が本名かどうかすらも曖昧な状態だし、覚えてないものとして考えても良いだろう。

 しばらく俯いたままで考えていた薫は、しばらくして、小さく口を開いた。


「ごめん……ホントに……急に色々なことが起こり過ぎて……上手く思考が纏まらない……」

「……そっか……」

「だから……ッ! ……少し、待って欲しい……考える時間が……欲しいの……」


 そう言いながら、薫は両手を強く握り締めた。

 ……まぁ、急ぐ必要は無い。

 ナギサの成仏する期間は分からないが……大丈夫だと思いたい。

 私は小さく頷き、答える。


「分かった。……でも、ナギサさんがいつ成仏するかは分からないから……急かすわけじゃないけど……その……」

「分かってるよ。……できるだけ早く、答えは見つけるつもり」


 薫の言葉に、私は「そっか」と呟く。

 彼女はそれに頷き、「だから」と言って、リュックからスマートフォンを取り出した。


「気持ちの整理がついて、決めることが出来たら、すぐに連絡したいの。だから……連絡先、交換して貰っても良いかな……?」

「……構わないよ。ちょっと待ってね」


 私はそう言いながらリュックの中を探り、スマートフォンを取り出す。

 すぐにLIMEを開き、QRでLIMEを交換する。

 ……二人目の友達だ。

 新しい友達の所に増えた薫の名前に、胸が熱くなる。

 ……これが幽霊関係での交換じゃなくて、普通に友達としての交換だったら、もっと嬉しかったんだけど。

 いや、今はそんなことを考えている場合じゃないか。


「結城さんッ!?」


 その時、茂みから出てきた如月さんが、私を見てそう声を掛けてきた。

 彼女の言葉に、私は「如月さん」と呟いた。

 すると、如月さんは私の元に駆け寄り、私の体を調べ始める。


「だ、大丈夫!? 怪我とか!」

「大丈夫だよ。多少体は痛むけど……ホラ、このとお……ッ!?」


 心配する如月さんに無事を教えようと、私は立ち上がろうとした。

 しかし、途端に足に激痛が走り、すぐに地面に膝をついてしまう。

 これは……?


「いっつ……何これ……」

「動かないで」


 痛む足に戸惑っていた時、如月さんはすぐさま私の足を調べる。

 長ズボンのジャージを捲ると、足首が少し腫れていた。

 転げ落ちた時に捻ったのか……しかし、あの後眼帯を無くした時は、普通に歩けていたはず。

 ……眼帯を無くした動揺が大きくて、一種の興奮状態になっていたのかもしれない。

 痛みに困惑していると、如月さんは私の脇に腕を通し、ゆっくりと立たせた。


「ホラ、行こう。一応宿泊施設まで戻るのに安全な道も見つけたから、保健室の先生に見せに行こう」

「う……うん……」

「有栖川さんも。ついて来て」

「あっ……うんっ! 分かった!」


 如月さんの言葉に、薫はそう答えながら立ち上がり、私達の後に続いて歩き出す。

 茂みを抜けて少し歩くと、滝原さんと黒澤さんが待っていた。

 それから、私は如月さんに支えられながら歩き、宿泊施設へと戻った。

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