54:気を付けないと
食事を終え、部屋の片付けをした後は、いよいよ二日目のレクリエーションが始まる。
その内容は、地図とコンパスを頼りに、山の中に隠された幾つものマークを探すというものだ。
地図にはマークがある場所が番号で記されており、どんなマークがあるかまでは書かれていない。
だから、実際にその場所まで行ってどんなマークがあるかを見て、地図の横にある番号ごとの空欄に記していくというシステムだ。
どちらかと言うとオリエンテーリングに似たものがあるが、山の中で走るのは危ないし、あくまで楽しみながら自然に触れることで交流を深めることが目的なので、あくまで似たようなルールのレクリエーションとして扱うらしい。
ちなみに、男女それぞれの班で一番多くマークを見つけた班には賞品があるらしいけど……まぁ、運動部系の班が取るでしょ。
「それじゃあ、どこから行こうか?」
宿泊施設を出て、坂道をゆっくり上りながら、滝原さんはそう言った。
彼女の言葉に、如月さんはクリップボードに挟んだ地図と片手に持ったコンパスを見比べながら、「そうだねぇ」と呟いた。
「とりあえず、しばらくは道なりに進んでいこう。それだけで山の中腹までで三つくらいのマークを見つけられるから」
「……その後はこの道行こうか。ここがマーク多いから」
地図を覗き込みながら、黒澤さんがそうアドバイスをする。
彼女の言葉に、如月さんは「なるほど」と呟いた。
「確かに、この道を行ったらかなり集まりそうだね。じゃあ、そのルートから行くと……」
そう言いながら、如月さんはペンでルートを示していく。
……歩きながらの会話なのに、凄くスムーズだ。
私が出る幕は無さそうなので、皆について行くことだけ考えよう。
そう思って視線を逸らした時、道の脇のガードレールの向こう側にある森の中に、何やらマークのようなものを見かけた。
「んっ……?」
私は足を止め、そのマークらしき何かを注視する。
よく見るとそれは、三角形のマークだった。
「神奈ちゃん?」
そんな私の様子に、有栖川さんがそんな風に声を掛けてきた。
彼女の言葉に、私はマークを指さし、口を開いた。
「あれ……マークじゃない?」
「えっ……どれどれ?」
私の言葉に、有栖川さんはそう言いながらガードレールに両手を置き、私の指差す方に身を乗り出した。
しばらくして、「ホントだ!」と声を上げる。
すると、他の三人もこちらに近付いて来た。
「結城さん、マークがあったって本当?」
「うん。あそこに」
そう言いながら指さして見せると、如月さんは私の指差す方向に視線を向けた。
少しして、目を丸くしながら「本当だ」と言った。
彼女はすぐに地図を取り出し、周りの地形を地図に照らし合わせ、小さく頷いた。
「確かにここ、一つ目のマークがあるところだ……危うく見逃す所だったよ」
「おー! 結城さんファインプレー!」
「い、いやいや……偶然だから……」
親指をグッと上げながら言う滝原さんに、私は反射的にそう呟いた。
実際、偶然目に入ったから気付いただけだ。
もっと言えば……道路の右側だから、何とか分かったようなもの。
左側の視界が人より狭い私じゃ、もし逆の方にあったとしたら、見落としていた。
「この地図だと、距離感とかは分からないから、見落とすこともあるね……気を付けないと」
小さく呟きながら、如月さんは地図を見つめた。
しかし、この一件があったからこそ、それから道を進んでいった時はマークを見落とさずに進むことが出来た。
ずっとその道路に沿って歩いて行くと、どうやら途中からは山道に入るみたいだった。
木を使って階段状に作られた道を、私達は進んでいく。
「山道だと方向感覚とか狂いそうだし……ちゃんと地図見とかないとだね」
「だからって地図ばかり見てたら転ぶよ? ……まぁ、迷わないように、どっちも気を付けないとね」
「あはは……気を付ける」
小さく笑いながら如月さんは言いつつ、階段を上っていく。
その中でまた一つマークを見つけ、メモをする。
しばらく階段を上っていくと、そこには、細い山道があった。
階段を上った先には、細い道が一本あり、緩くカーブを描きながら右方向に曲がっている。
右側は、ほとんど壁のような急傾斜の坂があり、左側は逆にかなり急な坂に下に向かっていた。
幸い、細い道と言っても人一人分が通る幅は充分にあるし、気を付ければ転ぶことは無いと思うけど……怖いな……。
「……マークは、この先にあるね」
地図とコンパスを確認しながら呟く如月さんに、私は小さく息を呑む。
……やっぱり、ここを行くしかないのか……。
と言っても、階段を上った先にあったのはその通路のみで、他に行く宛ても無い。
……覚悟を決めるか……。
私達は如月さんを先頭に、ゆっくりその通路を歩き始めた。
「……凄く急な坂……」
「……落ちたら、怪我じゃ済まないでしょうね」
如月さんに続いて歩く滝原さんと黒澤さんの会話に、こっちがヒヤヒヤする。
怖いことを言わないで欲しい。こっちは皆よりも視界が狭いから、いつ地面を踏み外して転げ落ちるか分かったものじゃないのだから。
「……け、結構高いね……」
やはり、この高さは誰でも怖気づくものなのだろう。
私の後ろを歩く有栖川さんの声は、かなり震えていた。
振り返って見てみると、かなり青ざめた表情をしている。
けど、笑ったりはしない。多分、同じような顔をしているから。
と言っても、歩いてみると道幅はそれなりにあるし、大丈夫か。
そう思って、前に視線を戻した時だった。
「きゃ……!」
小さな悲鳴と共に、小石が坂を転がり落ちるような音がした。
反射的に振り返ると、そこには……片足を踏み外す有栖川さんの姿があった。
どうやら、そこの地盤が少し緩んでいたらしい。
地面にへたり込む有栖川さんは、急な坂の方に垂れる自分の左足と、少しだけ崩れた地面を見て、その顔を青ざめさせた。
「ぁ……ぁぁ……」
「有栖川さん、しっかりして。……ホラ、捕まって」
私はそう言いながら、彼女に向かって手を差し伸べる。
すると、彼女も私に手を伸ばし、私達は手を握り合う。
よし、これで大丈夫。
右側の壁のような坂に生えている雑草をしっかりと握り締め、私はゆっくりと有栖川さんを立たせた。
彼女は恐る恐ると言った様子で立ち上がり、最初に右足を踏ん張って体を支える。
それから左足も地面に乗せたところで……その地面も崩れる。
……どうやら、その辺りの地面が脆くなっていたらしい。
「嫌ッ……!」
「有栖川さん……!」
有栖川さんの手が緩むので、反射的に私は、彼女の手を強く握った。
しかし、私なんかに彼女の体を支えることは出来ず、坂を落ちる彼女に引っ張られる形で落ちてしまう。
握っていた雑草も地面から抜け、私達の体を支えるものは無くなる。
私達はそのまま……急な下り坂を転げ落ちた。




