53:しっかり食べないとダメだよ
「この度はご迷惑をおかけして申し訳ありませんでした」
食堂にて、如月さん以外の班員達と合流したので、私は早速昨日の出来事について謝罪をした。
突然謝る私に、有栖川さんが「か、神奈ちゃん顔を上げて」と動揺した様子で言ってきた。
顔を上げると、有栖川さんがアワアワと手を動かしながら、続けた。
「そんな、謝らなくても、神奈ちゃんが悪いわけじゃないんだし」
「そーそー。貧血ならしょうがないって」
有栖川さんに続けて、滝原さんがそう言ってくれる。
……本当は貧血じゃなくて、昔のトラウマがぶり返しただけなんだけど……。
でも、今回は班員の優しさに甘えることにしよう。
「あ……ありがとう……」
「まぁぶっちゃけ、肝試しの後の千里の介抱に比べれば結城さんのお世話なんてぇいだだだだだ」
笑顔で語っていた滝原さんの腕を黒澤さんが無言で掴み、力を込める。
……黒澤さんの握力は、かなり強いからなぁ。
私も肝試しの時に身をもって知ったよ。
呆れていると、黒澤さんは手を緩め、口を開いた。
「まぁ、別に私達はそこまで迷惑だと思ってないよ。心配はしたけど」
「そ、そうなんだ……」
「うん。……謝るなら、如月さんに謝ってあげて」
「如月さんに?」
まさかの言葉に、私はそう聞き返す。
ちなみに、如月さんは学級委員長として、クラスメイト達をそれぞれの班ごとに机に案内している。
黒澤さんは横目にそれを見てから「うん」と頷いた。
「彼女が一番、結城さんのこと心配してたから」
「わ、私だって心配したよ……!」
「はいはい」
なぜか慌てた様子で否定する有栖川さんを、黒澤さんは軽く流した。
……如月さんが……か……。
まぁ、彼女が肩に手を置いたタイミングで気絶しちゃったし、悪いことしたかも。
「ちょっと、皆も席ついて。私達の班はあそこだよ」
ずっと立ち話をしていた私達の所に、ちょうど、如月さんがやってくる。
彼女の先導に、私の足はテーブルに向きかけるが、少し考えて振り返る。
すると、ちょうど私の後ろについてテーブルに向かおうとしていた如月さんとぶつかりそうになってしまう。
彼女も私が振り返ったことですぐに足を止めたが、かなり近い距離で見つめ合う形になる。
「ゆ、結城さん……?」
「き、如月さん……あの……」
謝るタイミングでは無いような気がするけど、でも……今だ、って……思った。
私は如月さんと向き直り、ゆっくりと口を開いた。
「昨日は……迷惑かけて、ごめん。あと……心配してくれて……ありがとう」
「……わ、私が心配したって……誰から……」
「黒澤さんが……」
私の言葉に、如月さんの顔がカァッと赤くなった。
彼女はしばらく口をパクパクさせてから、慌てた様子で続けた。
「と、友達だから……当たり前だよ……」
「でも、私のせいで……」
「学級委員長だし、当然のことをしたまでよ。……ホラ、早く席につきましょう」
「わ、ちょ……」
私の体を強引に振り向かせ、背中をグイグイと押して、如月さんはテーブルへと進ませる。
彼女に背中を押されたせいで足が勝手に進み、あっという間に私達の班のテーブルに着く。
如月さんに促され、私は一番端の席につき、テーブルの上に並べられた朝食を見た。
本日の朝食は、何と言うか……ごく普通の和風朝ご飯って感じだ。
ご飯に味噌汁に、焼き鮭に玉子焼き。後は……ほうれん草のおひたしかな?
横には、お茶が入ったコップが置いてある。
「朝ご飯に魚があるのなんて、初めてかも」
ぼんやりと朝食を眺めていると、隣に座る如月さんがそう呟いた。
彼女の言葉に、私は顔を上げて「そうなの?」と聞き返す。
すると、如月さんは「うん」と頷いた。
「私の家の朝ご飯は、毎日精進料理だからね。こういう魚とかお肉は食べられないんだ」
「精進料理、って言うと……豆腐とか?」
「うん。動物性の食材と……あと、五葷って呼ばれる、ネギ属とかに分類される野菜もだめ」
「へぇー……」
「五葷の野菜は、地域や時代によって変わるみたいだけどね」
「……難しいんだね」
精進料理というものの奥深さを知った。
驚いている私に、如月さんはクスクスと笑った。
「でも美味しいよ? ヘルシーだから太らないし」
「ダイエット食品感覚!?」
「あははッ、良いツッコミ」
笑いながら言う如月さんに、私は苦笑を浮かべることしか出来ない。
その時、先生が部屋の前に立ち、今日の今後の予定について話した。
今日は朝食を食べてから部屋の掃除を本格的に行い、その後はレクリエーションがあるらしい。
昨日のロングウォークや肝試しで、まだ体には疲れが残っている感覚がある。
筋肉痛だと思う。軽い、鈍い痛みが、体中に残っているような感じ。
……足手まといにならなきゃ良いんだけど。
それから先生の話が少し続いてから、私達は食事を始める。
箸を手に取り、お茶椀を持った時、とあることを考えた。
……人が作った食事を食べるのは……いつぶりだろうか、と。
「……神奈ちゃん? 手止まってるよ?」
一瞬浮かんだ思考に、私は少しだけ、硬直してしまった。
そんな私を見て、有栖川さんはそう尋ねてくる。
彼女の言葉に、私は首を横に振って「何でも無いよ」と答えた。
すると、彼女は微笑んで、続けた。
「何でも無いなら良いんだけど……朝ご飯は一日の肝だからね! しっかり食べないとダメだよ!」
ご飯は、一杯目は皆同じくらいの量だけど、二杯目からは好きな量をおかわりできる。
あっという間に一杯目を完食した有栖川さんはすでにおかわりをしており、お茶椀にはこんもりとご飯が盛られている。
そんな大盛りの茶碗を持つ彼女の言葉には……ある意味説得力がある気がした。
「……有栖川さんは食べ過ぎなんだよ……」
苦笑混じりに、私はそう口にした。
まぁ、彼女の言うことは確かだ。
ひとまず今はしっかり食べて、今日のレクリエーションに備えよう。
そう思った私は、焼き鮭に箸を伸ばした。
今日の朝ご飯は、いつもより美味しく感じた。




