52:どういうことか分かるよね?
翌朝、私は起床後すぐに顔を洗い、速やかに荷物を纏めた。
一応先生の部屋を借りているわけだし、後片付けくらいは私が率先してやるべきだろう。
早く目を覚まし過ぎたのか、先生が起きる気配が無かったので、ついでに先生の荷物も片付けておく。
ひとまず、先生が出したと思しきゴミを、持って来ておいたゴミ袋に捨てていく。
サイダーのペットボトルは分別しなければいけないので、ラベルだけ剥がし、同じようにゴミ袋に入れていく。
ゴミ類を纏めていた時に奈緒美先生も起床してきたので、二人で布団を片付け、部屋を軽く整頓した。
早朝は布団の片付けや部屋の掃除なのでどの班も忙しくなるみたいなので、合流するのは朝食時にすることにした。
その間に、自分のいる部屋の掃除をすることになっていたんだけど……。
「あれ……すでに大分片付いてる……」
ある程度片付いている荷物を見て、先生が驚いた様子でそう呟いた。
彼女の言葉に、私は答える。
「あぁ、はい。早く目が覚めて暇だったので」
「そういうことか……いやはや、仕事が早い。結城さんは将来、良いお嫁さんになるね」
「大袈裟ですよ」
「そんなことないよ。私朝弱いし……って、ペットボトルなんてラベルまで丁寧に剥がしてある……」
「少しは分別した方が良いと思って」
「まぁ、そうだね。……凄いなぁ」
奈緒美先生がそう呟いた時だった。
プルルルル……プルルルル……と、携帯の着信音が鳴る。
奈緒美先生のスマホだ。
「あっ、と……ごめん。ちょっと出るね」
「あぁ、はい」
一言謝りながらスマホを取る奈緒美先生に、私は答える。
ひとまず、私はやることなさそうだし、時間になるまで旅のしおりでも読んでいようかな。
そう思って、鞄を掴み、手元に持って行った時、先生はスマホを耳に当てた。
「優梨子どした? ……あー、大丈夫、ちゃんと起きたよ。……生徒に起こされる程間抜けじゃないですよーだ」
どうやら、相手は宇佐美先生だったみたいだ。
大方、モーニングコールとかそんなもんか。
気にしないフリをして鞄の中を探っている間も、二人の会話は続く。
「本当に自分の力で起きたってば! ……いや、まぁ……結城さんの方が早かったけど……ん? あぁ、うん。結城さんももう起きてるよ。……元気だよ。さっきまで二人で部屋の片付けをしていたところ。……えっ……ちょっと待って……」
途中まで話していた奈緒美先生は、どこか曖昧な受け答えをしながら電話の受話器に手を当て、こっちまで近付いて来る。
なんとなく顔を上げると、先生はしゃがんで私と視線を合わせ、口を開いた。
「結城さん、優梨子がちょっと声聞きたいって言ってて……少し時間取ってもらっても良いかな?」
「良いですよ」
奈緒美先生の言葉に、私はスマホを受け取って耳に当て、口を開いた。
「もしもし、宇佐美先生? 結城です」
『あっ、結城さん? 昨日倒れたって聞いて心配したんだけど……大丈夫?』
電話の向こう側で、宇佐美先生がかなり心配してくれているのが伝わってきた。
彼女の言葉に、私は「はい」と頷いた。
「ゆっくり休んだら、すっかり良くなりました。もう大丈夫です」
『そっか……もしまた体調が悪くなったりしたら、遠慮なく奈緒美に言ってね?』
「フフッ……はい。了解です。じゃあ、先生に代わりますね」
私はそう言ってからスマホを耳から離し、奈緒美先生に返した。
二人が何か話しているのを聞きながら、私は改めて自分の鞄を探る。
さてと……旅のしおりは、っと……。
「うん。うん……分かってるよ。明後日に雨宮さんでしょ?」
しかし、その時……聞き逃せない単語が聴こえた。
……雨宮……?
私はパッと顔を上げ、奈緒美先生を見た。
雨宮って、確か……前に、宇佐美先生の口から聞いたことがあったはず……。
確か……雨宮さんみたいにならないでね……って……。
よくいる苗字でも無いし……同一人物……!?
「……はい……ん……分かった。じゃあ、また帰ったら連絡するね。……ん。待ってて」
その時、ちょうど奈緒美先生が宇佐美先生とのやり取りを終えた。
このタイミングを逃すわけにはいかない。
私はすぐに「あ、あの……!」と声を上げた。
「ん?」
「あの……さっき、電話で話していた……雨宮さん、って……誰なんですか……?」
私の言葉に、奈緒美先生はスマホを持ったまま、驚いたような表情で私を見つめた。
構わず、私は続ける。
「前に……宇佐美先生の口から、その名前を聞いたことがあって……誰なのかなって……思って……」
「……優梨子が……?」
掠れた声で呟く奈緒美先生に、私は何も言えない。
なんで、そんなに……驚くんだろう……。
不思議に思っていると、彼女は小さく溜息をついた。
「……まぁ、隠す理由もないか……」
「……えっと……?」
「雨宮さんっていうのは……ウチの学校の生徒だよ」
ドクンッ……と、心臓が脈打つ。
私の反応に気付いているのか否か、先生は続けた。
「去年……この学校で、とある生徒が屋上から落ちたって話は知ってるよね?」
「いえ……すみません。ニュースとかは、あまり見ないもので……」
「そっか。……去年、とある生徒が屋上から落ちて、しばらくニュースになったの。意識不明の重体で……死んではいないんだけど……その子が、雨宮さん」
「……でも……先生はそんな話、してないですよ」
「無かったことにしたかったんだと思うよ。……学校の屋上から落ちた、なんて……どういうことか分かるよね?」
ユラリ、と私を見つめる奈緒美先生に、私はその言葉を飲み込んだ。
……飛び降り自殺。
私がそのことに気付いたことを察したのか、先生は続けた。
「もしもこれが飛び降りだったら、当然その理由はイジメに繋がる。……遺書も無かったし、なんとか事故って形に収まったらしいけど……まぁ……そういうことよ」
後半の方は、どこか言いづらそうにしながら、先生は小さく呟いた。
彼女の言葉に、私は何も言えない。
しかし……そこでふと、一つ、気になったことがあった。
「じゃ、じゃあ……!」
「ん?」
「じゃあ……宇佐美先生が……雨宮さんみたいにならないで、って……言ったのは……」
「……そんなことを……」
私の問いに、奈緒美先生はどこか呆れたような口調でそう呟いた。
まぁ、実際はかなり小さな呟きを私の耳が拾ってしまっただけなんだけど……でも……気になった。
先生はしばらく悩む素振りをしていたが、やがて大きく溜息をつき、口を開いた。
「……それは、言葉通り……結城さんには、雨宮さんみたいになって欲しくないって言いたいんだと思う」
「……それって……」
「この話はもうおしまい。……これ以上は、優梨子や雨宮さんのプライバシーに関わるからね」
そう言って、奈緒美先生は人差し指を口に当てた。
……まだ、気に掛かることはあるけど……なんとなくは分かった。
まぁ、宇佐美先生は自身がイジメを受けていた経験もあるし、雨宮さんのことも放っておけなかったのだろう。
けど……雨宮さんは結局、自殺という選択をしてしまった。
そんな矢先に超イジメを受けそうな風貌をした私なんかが入学してきたら、そりゃあ気にも掛けるし……雨宮さんみたいになってほしくないって願うのも無理はない。
「……って、もうそろそろ朝ご飯の時間だね。食堂行こっか」
私の思考を遮るように、奈緒美先生がそう言った。
それに、私は「そうですね」と笑い返した。
……宿泊研修の二日目は、始まったばかりだ。




