50:見慣れてるというか
「疲れたぁ……」
宿泊施設前の階段にへたり込みながら、私はぼやく。
肝試しの最後に、五人中三人がビビって走り出すもんだから、一緒に走らされたのだ。
走っている最中は割と楽しかったけど、体力の無い私には最後の疾走はキツいものがあり、今は戦意喪失状態だ。
「肝試しって疲れるものだったっけ?」
すると、隣に腰かけた如月さんが、どこか冗談めかしてそう呟いた。
暗くて顔の細かいところまではよく見えないけど、彼女は私と比べて、あまり疲れていないように見える。
息切れもしていないみたいだし、汗を拭うような素振りもない。
……なんか、私が雑魚みたいじゃないか。
自分の体力に辟易としていた時、遠くから女子の悲鳴が聞こえた。
どうやら、あの落ち武者幽霊に出くわしたみたいだ。
あの場所は宿泊施設からは遠からず近からずの場所にあり、悲鳴がこちらまで聴こえて来た。
恐らく、私達の班の悲鳴も聴こえてきたことだろう。
「ねぇ、まだ部屋には戻っちゃダメなの?」
することもなかったので、私は如月さんに、そう声を掛けてみた。
私の言葉に、如月さんが頷いたのが見えた。
……ダメなのか……。
「全クラスの生徒が戻ってくるまではこの辺りで待機だよ」
「えぇ……別にやることもないのに……」
「フフッ、それは後のお楽しみってね」
茶化すように言う如月さんに、私は「何それ」と笑った。
けど、彼女の口振りから察するに、まだ何かイベントがあるみたいだ。
一体何をするつもりなんだか。
「今いる人の中で実行委員さんいますか~?」
その時、先生がそう声を掛けた。
如月さんはそれに「はいっ! います!」と言いながら、立ち上がる。
「ごめん、ちょっと行って来るね」
「う、うん」
申し訳なさそうに謝る如月さんに、私は頷いた。
すると、彼女は微笑み、先生の方に向かって行った。
……大変そうだなぁ、実行委員。
「あれ? 沙希ちゃんは?」
その時、有栖川さんがそんな風に声を掛けてきた。
彼女の言葉に、私は遠くにいる如月さんと先生を指さした。
「あそこ。実行委員の招集掛けられちゃった」
「あ、そうなんだ……ちょっと遅かったかぁ……」
「何か用事?」
「あぁいや、先生がジュース配ってたから、神奈ちゃんと沙希ちゃんの分も貰ってきたんだよ」
そう言いながら、有栖川さんはパックのジュースを二つこちらに見せてきた。
暗くて、味まではよく見えない。
ジュース配布なんてしていたのか……知らなかった。
「へぇ、ジュース。……如月さんには、戻ってきた時に渡すしかないね」
「だねぇ。じゃあ、とりあえず神奈ちゃんの分」
「ありがとう」
お礼を言って、有栖川さんが差し出してきた紙パックのジュースを受け取る。
まだ結構冷えており、パック表面に付着した雫が私の掌を湿らせる。
私は早速ストローを出し、パックに差し込んでジュースを飲む。
どうやら私のはリンゴのジュースらしい。美味しい。
「ぷはぁっ……生き返る……」
「あはは……さっき凄く走ったもんね」
「誰かさん達のせいでね」
「だって怖かったんだもん……」
私の言葉に、有栖川さんはどこか不満げに呟いた。
それから、「でもさ!」と続けた。
「あれは仕方が無いよ! だって、先生のメイクとか……凄く怖くなかった!?」
「……まぁ……」
「オマケに最初の説明とかからかなり怖かったのに……凄く怖かったぁ」
「まぁ、確かに……」
有栖川さんの言葉に答えつつ、私はリンゴジュースを飲む。
走ったせいでかなり口の中が渇いていたようで、体に精気が漲っていくような感覚があった。
私の受け答えが中途半端だったためか、有栖川さんはどこかムッとしたような表情になった。
「まぁ、神奈ちゃんと沙希ちゃんは割と余裕あった感じしたよねぇ。怖いの平気なの?」
「平気というか……見慣れてるというか……」
「……?」
上手く答えられずに返答を濁していると、有栖川さんは不思議そうに首を傾げていた。
感動とは、経験によって失われるもの。
普段から当たり前のように幽霊を見ている私や如月さんからすれば、今更こんな肝試しはお遊戯にしかならない。
けど、それを直接言うのもアレなので、私は適当に返答を誤魔化していた。
そんな風に色々と雑談していると、気付けば他の班の人達も大分戻って来ていた。
実行委員の人はその度に先生に招集され、どこかに連れて行かれている。
一体何をしているのだろうか?
「それじゃあ、皆さんこちらに来て下さい!」
その時、今まで実行委員を招集していた先生が、そんな風に声を掛けてきた。
先生の声に、生徒達は言われた場所へと移動を始める。
招集を掛けられた場所は、宿泊施設前から少し離れた場所にある、広場のような場所だった。
そして、広場の中央には……何かがある。
……何だろう……?
私だけでなく、他の人達にも見えているようで、ザワザワとざわつき始めている。
……幽霊関連では無い、か……。
そんな風に考えていた時だった。
ボッと音を立てて、その何かに……火が点いた。
どうやらそれは、キャンプファイヤーの為の焚き木だったらしい。
井桁型に組み上げられた木が燃え上がり、空へと上る火柱となる。
煌々と燃え上がる炎を前に、私達は見惚れた。
「……ぁれ……」
ガクンッ、と……腰が抜ける。
私はその場にへたり込み、キャンプファイヤーを見上げた。
次の瞬間、記憶の奥底から……映像が蘇る。
煌々と燃え上がる炎。何かが焦げるニオイ。熱い。熱い熱い熱い熱いッ!
燃える炎の中で、何かが、燃えている。
アレは……何だっけ……?
「ぃぁ……ぁぁ……?」
頬の筋肉が硬直し、奇妙な声が口から漏れる。
あぁ、嫌だ……思い出したくない……。
しかし、私の頭は思い出すことをやめない。
燃え盛る炎。動けない私。左目を中心に走る激痛。
痛い。熱い。痛みと熱気が同時に私を襲い掛かる。
如月さんがこちらに駆け寄ってくるのが見える。
有栖川さんと何かを話し、不思議そうにこちらを見てくる。
嫌だ……見ないで……私を……見るな……ッ!
立たなくちゃいけないことは分かっている。
しかし、私の体は、言うことを聞かない。
「――?」
その時、如月さんが何か私に声を掛けてきた。
ゆっくりと手が伸びてきて、私の肩に触れる。
彼女の手が……お母さんの手と重なる。
如月さんの顔に……“あの時”のお母さんの姿が……重なる。
「ぁ……」
その瞬間、ブツリと、私の中で何かが切れる。
グラリ……と体が揺らぎ、私の体は地面に倒れ込む。
有栖川さんが何か声を掛けてくるのが分かる。如月さんが先生を呼ぶ声がする。
二人の声を聞きながら、私の意識は徐々に、闇に沈んでいった。




