46:私も頑張らなくちゃね
「それでは、先程指定した量の材料を、各班のテーブルに運んで下さい」
そんな先生の言葉に、私達は先生に言われた量の材料を、自分達の班のテーブルに運ぶ。
基本全ての班が四~五人なので、量は各班そこまで大差は無い。
どこにでもある一般的なカレーの材料を人数分取り、それを持って、有栖川さんと自分達の班のテーブルに向かう。
「皆で料理するなんて初めてだから、なんか緊張しちゃうなぁ」
「そんなに緊張しなくても、カレーは簡単だから大丈夫だよ」
「神奈ちゃんは料理に慣れてるからそんなこと言えるんだよ~。私は野菜切るくらいしか出来ないもん……」
「じゃあ、野菜切ったりは有栖川さんの担当かな?」
「責任重大じゃない? それ」
小さく笑いながら言う有栖川さんに、私はクスッと笑う。
運んで来た材料をテーブルに並べると、私達は部屋に行って、班員を呼ぶ。
如月さんもちょうど実行委員の話し合いが終わったところだったらしく、三人を連れて食堂に行き、調理を開始する。
「おぉー! カレーかぁ」
「私、本当に料理したことが無くて……自信無いんだよね」
目を輝かせながら言う滝原さんの後ろで、如月さんは胸の前で両手の指を少し絡めながら言う。
うーん……如月さんには、あまり難しい仕事は与えない方が良いかな。
多分この中では私が一番料理歴は長いだろうし……頑張らないと。
「じゃあ、とりあえず如月さんはニンジンとジャガイモを洗っておいてもらっても良い?」
「う、うん……! 分かった」
私の言葉に、如月さんはグッと両手の拳を強く握り締めながら答える。
彼女の言葉に頷き、私は黒澤さんと滝原さんに視線を向けた。
うッ……如月さんとか有栖川さんならともかく、あまり話したこと無い二人に指図するなんて、流石に出来ない。
でも、ここまで来たらやるしかない。
私は覚悟を決め、少しだけ深呼吸をしてから口を開いた。
「滝原さんは……米洗っておいて貰えるかな?」
「おーっす。おっけー」
「で、黒澤さんは肉を……」
そう言いながら水道で野菜を洗っている如月さんに視線を向けた私は、すぐさま彼女の右手を掴んだ。
突然腕を掴まれたからか、如月さんはキョトンとした表情を浮かべ「え?」と聞き返した。
「結城さん? どうかしたの?」
……そっちの頭がどうかしたの?
そんな暴言が口から出そうになるのを必死でこらえ、私は震える声で続けた。
「如月さん……その手に持ってる物は何?」
「これ? 洗剤だけど?」
「なんで……」
「だって、結城さんが野菜を洗っておいてって……」
……これは……私が悪いのか……?
というか……ホントに、全然料理したことないのか……。
調理実習くらいは……と思ったが、野菜を洗うところからっていうのはあまり無いのかもしれない。
でも、だからって洗剤使う? 普通。
「き、如月さん……野菜を洗うってのは、水だけで良いんだよ?」
「……そうなの?」
隣で米を洗おうとしていた滝原さんの助言に、如月さんは目を丸くしながらそう答えた。
それから、改めて自分の失態に気付いたのか、若干頬を赤らめた。
「ご、ごめんなさい……ホントに料理したことがなくて……」
申し訳なさそうに言う如月さんに、私は「大丈夫だよ」と答える。
隣にいた滝原さんも、「そうそう」と賛同する。
「野菜を洗うって言っても、水で土を落とすくらいで良いからさ。軽く水で流すくらいで良いんだよ」
「そ、そうなんだ……」
滝原さんの言葉に頷きながら、如月さんは洗剤を置き、水道から水を出して野菜を洗い始めた。
すると、滝原さんはそれを見て小さく笑み、米を研ぎ始める。
……ホラ、やっぱり。
滝原さんはフレンドリーなタイプだから、私なんかからアドバイス貰わなくても仲良くなれるよ。
「……出来た」
すると、黒澤さんが小さく呟いた。
彼女の方に視線を向けた私は、彼女の前に置いてあるまな板と、その上に乗っている一口大サイズに切り分けられた牛肉を見た。
「あれ、お肉……」
「……結城さんがお肉がどうとか言ってたから……切るのかなって……」
何でも無いことのように言いながら、黒澤さんはフイッと視線を逸らした。
……そりゃあ、確かに言っていたけど……言ってる途中だったのに……。
しかも如月さんとの悶着の間に終わらせてしまうなんて……。
「う、うん。そうだよ。……ありがとう」
「……別に……」
視線を逸らしながら言う黒澤さんに、私はなんだか嬉しくなる。
何を考えているのかもよく分からない人だけど……ちょっとだけ、近づけたような気がした。
そのことに喜んでいた時、如月さんが「よしっ」と言って、野菜が入ったボウルを持ち上げた。
「結城さん。野菜洗い終わったよ」
「本当? じゃあ、私が皮剥いておくから、そこ置いといて」
「うん」
ボウルを置く如月さんの横で、滝原さんが米を研ぎ終えるのが分かった。
彼女は洗い終えた米が入ったザルを持ち上げ、私を見た。
「結城さん。これはどうすれば良い?」
「あぁ。米は台所に炊飯器があるから、それを使って……」
「私が案内するよ」
私が説明していると、横から有栖川さんがそう言った。
彼女はそのまま滝原さんを連れて、炊飯器がある所に案内する。
……誰かと一緒に料理するのって……こんな感じなんだ……。
今まで、誰かと料理をしたことなんて無かったから……なんだか、新鮮な気持ちだ。
小さい頃は料理なんてしたことなかったし、こんな見た目になって料理をするようになってからは……料理は全て独学で、誰かと台所に立ったことなんて無かった。
中学の頃の調理実習は、私は……一切料理に参加なんてさせて貰えなかったから。
「……結城さん?」
感傷に浸るあまり、手が止まってしまっていた。
不思議そうに顔を覗き込んでくる如月さんに、私は我に返り、口を開く。
「ごめん、ボーッとしてた。……私も頑張らなくちゃね」
そう言って笑いながら、私は包丁を手に取った。




