45:どうやって仲良くなったか
「……っはぁ……疲れた……」
本日寝泊りをする施設の部屋に着いた私は、そう呟きながら畳に座り込む。
すると、如月さんが苦笑して、私の隣に腰かけた。
「疲れるには早いんじゃない? 明日もオリエンテーリングとかあるのに。はい、飴」
「ありがと。……あぁぁ……思い出したくないこと思い出した……」
如月さんがくれた飴の包装紙を開きながら、明日に控えているオリエンテーリングのことを考え、憂鬱な気分になった。
絶対明日は筋肉痛だ……死んじゃう……。
憂鬱な気分を抱えながら、私は彼女がくれた飴を口に含んだ。
……美味しい……。
しかし、明日どころか、私の場合これから忙しい。
この後は夕食の時間だ。
夕食は各班でカレーを作ることになっており、私と有栖川さんはすぐに材料の準備に行かねばならない。
今は束の間の休息だ。……飴が美味しい……。
「あはは……じゃあ、私は実行委員の集まりがあるから、行ってくるね」
すると、如月さんは笑いながらそう言って立ち上がり、部屋から出て行く。
……私はこんなにヘトヘトなのに、如月さんは凄いなぁ……。
ぼんやりと彼女の後ろ姿を見送りつつ、貰った飴を口の中でコロコロと転がす。
飴はいちごみるく味で、結構美味しい。
苺とミルクの甘さが、疲弊した体に染み渡る。
「……結城さんってさ、如月さんと仲良いよね」
すると、誰かがそんな風に声を掛けてきた。
見るとそれは、滝原さんだった。
黒澤さんは……? と思いつつ視線を動かすと、彼女は少し離れた場所で何やら荷物の整理をしている。
有栖川さんも同じことだし、如月さんは先程部屋を出て行ったばかり。
……助け船は無し……か……。
「んー……まぁ、仲は良いかな」
「だよね。……あ、あのさ……!」
ズイッと顔を近付けてくる滝原さんに、反射的に私は、仰け反ろうとした。
しかし、壁に凭れる形で休んでいた為、仰け反ろうとしても壁に後頭部をぶつけるだけだった。
逃げ場が無いことに軽く絶望していた時、彼女は私の肩を掴み――
「如月さんとどうやって仲良くなったか教えてくれない!?」
――……そう言った。
「へっ?」
恐らく、今私はかなり間抜けな表情を浮かべていることだろう。
予想外の質問に、呆けてしまったのだ。
だって、てっきりこれ以上如月さんと仲良くしないでよね、とか、調子に乗らないでよね……だとか。
そんなことを言われると思っていたんだもの。
まさか相談を受けることになるなんて思わないじゃん。
「……えっと……?」
「だから、その……結城さんがどうやって、如月さんと仲良くなったのか……知りたくて……」
途中からは尻すぼみになりながら、滝原さんは続ける。
……まだ時間掛かりそうだけど、もう食事の準備行こうかなぁ……。
なんていうか……めんどくさい……。
冷たい人間とか言わないで欲しい。だって……――
「別に……これと言って何かあったわけじゃないけど……」
――……何も無いからだ。
別に、如月さんと仲良くなった特別なきっかけなんて無い。
強いて言うなら幽霊が見えることかもしれないけど……それを馬鹿正直に言っても信じられるはずがない。
と言っても、ここで何も無いと言っても引き下がってはくれないだろう。
少し考えてから、私は口を開いた。
「ホラ、如月さんって良い人だし……私、こんな見た目で浮いてるから、きっと気遣ってくれたんだよ」
「そんなはずは……」
「滝原さんって明るくて良い人だし、きっと話したら仲良くなれるよ。自信持って」
私はそう言いながら立ち上がり、すぐに有栖川さんに声を掛けて部屋を後にする。
やっぱり、あまり仲良くない人との会話は疲れるだけだ。
如月さんと仲良くなりたいなら、自分でどうにかしてくれ。私に聞かれても困る。仲介すら無理だぞ。
「……確かに、沙希ちゃんって、神奈ちゃんにだけ凄く優しいもんね」
すると、有栖川さんが突然、そんなことを言い始めた。
彼女の言葉に、私は「え?」と聞き返す。
それに、有栖川さんは「だってさ」と言いながらこちらを見て、続けた。
「今日のロングウォークでだって、沙希ちゃん、かなり神奈ちゃんのこと贔屓してたよ? 歩く速度も神奈ちゃんに合わせて調節してたし……飴なんて、神奈ちゃんしか貰ってないし」
「……そうなの……?」
口の中で飴を転がしながら、私は聞き返す。
ちなみに、如月さんから貰った飴は、今舐めているものを含めて三つだ。
内二つは塩飴である。
私の言葉に、有栖川さんは頷く。
「うん。だから、梓沙ちゃんの気持ちは分かるかも。……沙希ちゃんと仲良くしようと思ったら、頼れる相手なんて神奈ちゃんしかいないもんね」
「……そんなことで頼っては欲しくないんだけどなぁ……」
まともな友人関係すら築けない私に、相談なんてしないでほしい。
そう辟易としていると、有栖川さんはクスッと小さく笑った。
「でも、私は沙希ちゃんに聞きたいかも。……どうやって神奈ちゃんと仲良くなったのか」
「……私と?」
「あ、食堂ってここだよね?」
私の言葉を無視するようにしながら、有栖川さんは食堂の扉を指さす。
……どうやって私と仲良くなったのか……か……。
有栖川さんは、私と仲良くしたいって思ってくれているんだ。
私としては、充分仲良くしているつもりだったけど……けど、そう思ってくれていることは嬉しい。
「うん……そうだね。早く行こっか」
私はそう言いながら有栖川さんの背中を押し、食堂に入った。




