44:ゆっくり行きましょう
昼食を食べた後は、宿泊する施設まで歩いて行くことになる。
それぞれの班ごとに、班長には施設までの地図を渡され、施設まで歩いて向かう。
私達の班も勿論同様のことで、班長である滝原さんの先導により、私達は宿泊施設に向かった。
「九キロ歩くとかめんどくさい……明日もあるのに」
「まぁ、三キロずつに休憩地点もあるんだしさ。頑張ろうよ」
クールな表情のまま不満を口にする黒澤さんに、班長である滝原さんがそう励ましの声を掛ける。
それに、黒澤さんは「分かってるよ」と呟きながら、髪を耳に掛けた。
班長である滝原さんと、彼女と仲良い黒澤さんが前を歩き、私達三人はその後ろに付いて行く形だ。
それにしても、九キロも歩くのか……。
今はまだ余裕はあるが、これからさらに歩くとどうなるか分からない。
少し不安を感じていた時だった。
「結城さん、危ないよ」
如月さんがそんな風に声を掛け、私の腕を軽く引いて、体を引っ張った。
すると、先程まで私がいた場所を、白い車が通り過ぎて行った。
ぼんやりとその車を見つめていると、如月さんが口を開いた。
「どうしたの? ボーッとしちゃって……」
「えっ? あー、いや……私、体力には自信無いから……足手まといにならないか不安で……」
「そんなこと……別に、気にしなくても良いのに」
そう言って、如月さんはクスッと小さく笑う。
すると、有栖川さんも如月さんの隣からピョコンッと顔を出し、「そーだよ」と続けた。
「九キロなんてあっという間だって! 一緒に頑張ろ!」
「あ、ありがとう……」
「まぁ、辛くなったら荷物を持ったりだとか、小まめに休んだりとか、色々サポートするよ」
「えぇっ、それこそ悪いよ……」
当然のことのように言う如月さんに、私はついそう返した。
というか、それこそ申し訳ない。
私は皆の足手まといになるのが嫌なのに、如月さんにそんなことされたら、罪悪感で死んじゃう。
しかし、如月さんは引くつもりが無い様子で、むしろなんで私が断っているのか分からない様子で首を傾げている。
ど、どうしたものか……。
「結城さんの気持ち分かるー。私も九キロとか歩ける自信なーい」
すると、意外な方向から賛同の声がした。
視線を向けると、前を歩いていた滝原さんが、後ろ向きに歩きながら笑っていた。
彼女の様子に、黒澤さんはチラッと滝原さんを見て、「危ないから、前向いて」と諭す。
しかし、滝原さんは特に気にもしていない様子で続けた。
「まー、体力に自信無い者同士頑張ろー」
「あ……ありがとう……」
明るい声で言う滝原さんに、私はそう答えた。
……滝原さんって、思っていたよりも良い人かもしれない。
気さくで、ちょっと話しやすいかも。
そんな風に考えていた時、道路のひび割れに滝原さんが躓いた。
「うわッ!?」
グラリと彼女の体が揺らぎ、後ろに倒れる。
転ぶか……!? と身構えた時だった。
「……っと……」
ポスッと、黒澤さんが滝原さんを受け止めた。
滝原さんの背中に腕を回す形で、彼女の体をしっかりと抱きとめている。
受け止められたことをイマイチ理解していないのか、滝原さんは、抱き止められた時の体勢のままでキョトンとしている。
すると、黒澤さんは溜息をついて、滝原さんを立たせた。
「だから言ったじゃん。前向けって」
「あ、はは……すまんすまん」
「全く……」
呆れた様子で何度目かになる溜息をつく黒澤さんに、滝原さんは申し訳なさそうに何度も謝る。
それに、如月さんがクスッと小さく笑った。
「全く、滝原さんはドジなんだから」
彼女の言葉に、滝原さんはカァァッと顔を赤くした。
……まぁ、憧れてる人の前であんな鈍くさい転び方して、笑われたら、恥ずかしいだろうなぁ……。
他人事のように考えていると、如月さんが胸の前で手を打ち、続けた。
「まぁ、急ぐ必要も無いんだし、ゆっくり行きましょう? 私達は私達のペースで、ね」
笑顔で言う如月さんに、滝原さんは「そうだねぇ」と呟いた。
それから彼女は前を向き、ウォーキングを再開する。
彼女が感じているであろう羞恥は、想像するだけでなんだか可哀想になる。
まぁ、ご愁傷様です……と、憐れんでいた時だった。
「……?」
何やら強烈な視線を感じ、私は顔を上げた。
するとそこでは、黒澤さんがジッとこちらを見ていた。
彼女は私と目が合うと、特に表情を変えることもなく、フイッと視線を前に向けた。
何だろう……。
滝原さんは良い人なんだろうなぁ、と、漠然とした考えはある。
けど、黒澤さんは良く分からない。
クールで口数が少ないから、彼女の真意が掴みにくいのだ。
けど、滝原さんが話しかけると普通に対応しているし、完全に無愛想……ってわけじゃないんだけど。
自分から人に話しかけるタイプではないため、滝原さん以外とはそこまで話したりなどもなく、私と交わされた会話に関してはゼロだ。
でも、その割に彼女からの視線を感じることは多い。
彼女にジロジロと見られる理由を考えてみても、サッパリ思いつかない。
見た目……は、今更? って感じがするし。
でも、彼女のことが嫌いなわけではない。
この宿泊研修の中で、彼女について、少しは何か分かれば良いのかと思うが……難しそうだ。




