42:やっぱりすごいなぁ
ついに宿泊研修の日が訪れた。
如月さんとの買い物のおかげで、荷物は万全。
危惧していた入浴に関しても、女の先生達が泊まる部屋の風呂を貸して貰えることになったので、問題は無い。
宿泊用の荷物が入った大きなカバンと、研修用のリュックを持ち、学校に向かう。
電車の中では、いつもとは少し違う意味で視線を集めた。
でもまぁ、同じ学年の人も同じような恰好で乗っていたし、今回ばかりはそこまで恥は無かったけどね。
いつもより大分早い時間の電車に乗り、いつもの駅で降りて、いつもの道を歩く。
やっていることはいつもと同じなのに、不思議と気分は高まっていた。
中学時代は、こういうイベントは憂鬱なだけだったのに。
何だか不思議だな、と内心思いつつ、私は校門をくぐった。
「結城さん、おはよー」
学校にやって来た私を見て、何やらクリップボードを持っていた如月さんが、そう言って優しく微笑んだ。
彼女の言葉に、私は「おはよー」と挨拶をしながら、彼女の元に駆け寄った。
同じ学年の総人数など分からないが、すでに半数以上は揃っているように見えた。
私は如月さんの持つクリップボードを見て、口を開いた。
「如月さん。それは何?」
「これ? これはねー、私達のクラスの出席簿」
「あぁー……学級委員長だから、そういうこともしないといけないんだ」
「普通はやらないと思うけどね。まぁ、まだこの学年も始まったばかりだし、学級委員長がクラスメイトの顔と名前を覚える良い機会だと思うよ」
「あはは、ポジティブだね」
「そう考えてないとやってらんないよ」
どこか困ったように笑いながら言う如月さんに、私はクスクスと笑う。
その時だった。
「神奈ちゃんおっはよー!」
「わッ!?」
突然背中から誰かに抱き着かれ、私は裏返った声を出した。
だ、誰!? と驚く間も無く、小脇にクリップボードを挟んだ如月さんが、私と誰かを引っぺがした。
慌てて振り向いた私は、ホッと息をついた。
「何だ、有栖川さんか……」
「えへへっ、神奈ちゃんを見つけたらテンション上がっちゃって」
そう言って、有栖川さんはペロッと舌を出してはにかむ。
テンション上がる度に抱き着かれてたら堪らないよ、全く。
大きな溜息をついて呆れていると、私の隣にいる如月さんは私より大きな溜息をついた。
「全く……朝から元気なことね。こんなことじゃ、今日のウォーキングまで体力持たないわよ」
「へっへ~。これでも体力には自信があるのだ~」
白い歯を見せてニカッと笑いながら、有栖川さんは言う。
なんか、まるでお手本のように綺麗なドヤ顔だと思った。
てか、ドヤるのは別に良いんだけど、私に抱きつきながら言うのはやめてほしいなぁ。
有栖川さんの言葉に、如月さんはクリップボードに生徒の出席を書き記しながら、小さく溜息をついたから。
「分かったから……私達の班はあそこだから、座っといて。先に黒澤さんと滝原さんも来てるから」
「う、うん。分かった」
「神奈ちゃん行こ~」
明るい声で言いながら、有栖川さんは私の腕を引っ張った。
突然のことに私はよろめき、体勢を崩す。
しかし、なんとか踏ん張って立て直しつつ、有栖川さんに釣られて私達の班が並んでいる場所に向かった。
「あっ、結城さんと有栖川さんだ」
すると、黒澤さんと何かを話していた滝原 梓沙さんがパッと顔を上げてそう言った。
彼女の言葉に、黒澤さんも顔を上げ、「おはよ」と小さく言った。
「二人共おはよー! 早いねー」
「あはは~。私よく寝坊するから、千里に叩き起こされまして……」
「人聞き悪い言い方すんなし」
ズバッとツッコミを入れる黒澤さんに、滝原さんは頬を膨らませて「だってぇ……」と呟く。
すると、黒澤さんは溜息をつき、続けた。
「まぁでも、結構早い方ではあったよ。……まだそこまで人もいなかったし」
「千里が張り切り過ぎなんだよ」
「別に張り切ってなんか……」
「それでも、もう如月さん来てたから……あの人はやっぱりすごいなぁ」
今も学級委員長としての仕事に追われる如月さんを遠い目で見つめながら、滝原さんは言う。
……宿泊研修の準備をしていく中で思ったことだけど、滝原さんは、如月さんをかなり尊敬している節がある。
それこそ、トイレで高嶺の花~とか言ってたりしたことだとか。
他人事ではあるけど、彼女の気持ちが如月さんに伝われば良いのになぁ、と……なんとなく考えた。
折角の宿泊研修なのだから、距離を詰めるきっかけになって欲しいものだ。
「……別に、早く来てるくらいは普通でしょ」
ぼんやりと考えていた時、黒澤さんがそんな風に呟いた。
彼女の言葉に、滝原さんは「え~!」と不満そうに声を上げる。
すると、黒澤さんは大きく溜息をついた。
「てか、そんなことで凄い凄い言ってたら、世の中凄い人だらけになっちゃうよ」
「ちがッ……如月さんは特別なんだって!」
黒澤さんの言葉に滝原さんが大きな声で反論した時だった。
「私がどうかしたの?」
頭上から降ってきた声に、滝原さんの体がピシッと凍り付く。
ギギギッと言う音が聴こえそうなくらいのぎこちない動きで、彼女は顔を上げる。
「……き……如月……さん……」
「なんか、私の名前が聞こえた気がするんだけど……」
「き、気のせいじゃないカナァッ!?」
裏返った声で、滝原さんは叫ぶ。
すると、如月さんは「ふぅん」と興味無さそうに呟き、クルリと踵を返して他の班の方に向かった。
その後ろ姿を見送った滝原さんは、大きく溜息をついて肩を落とした。
……前途多難そうだなぁ……。




