40:私なんかで良いの?
「ざっとこんな感じかなぁ?」
今日買った物が入っているレジ袋の中を確認しながら、如月さんは言う。
彼女の言葉に、私はレジ袋の中身とスマホのメモを見合わせながら「だね」と答えた。
買い物は滞りなく、あっという間に済んでしまった。
流石は如月さんと言うか、彼女は私をリードして、必要な物をあっという間に買いそろえてしまった。
……やっぱりすごい。
でも、如月さんのリードが完璧で、順調だったからこそ……レイとのことを、話せずにいた。
言ったら……何もかもが、台無しになってしまうような感じがして……言えなかった。
でもなぁ、彼女には隠し事なんてしたくないし……。
「はぁぁ……」
「……じゃあ、結城さん行こう?」
自分の意気地の無さに辟易としていた時、如月さんがそう言って私の手を軽く引いた。
突然のことに、私は「え?」と聞き返す。
「行くって……他に買う物あったっけ?」
「あぁ、じゃなくて……ホラ、私、行きたいお店あるって言ったじゃない? あそこ」
如月さんの言葉に、私は「あぁ!」と納得した。
そういえば、前にLIMEで言ってたな。
色々なことがあり過ぎて、すっかり頭からすっぽ抜けていた。
思い出した様子の私に、如月さんは「思い出した?」と聞いて来る。
「ごめん、すっかり忘れてた。……行きたいお店って?」
「えっとね、この近くに最近、新しくカフェが出来たの。そこに行きたいなぁって」
「へぇ、カフェか……良いね」
私はそう言いながら、小さく笑う。
すると、如月さんは「でしょ?」と嬉しそうに言った。
「私、こういう場所に行ったことがなくて……結城さんと行ってみたいと思ったの」
「……え、行ったことないのッ?」
予想外のカミングアウトに、私は面食らってしまった。
すると、如月さんは「あはは、恥ずかしながら……」と苦笑気味に笑いながら言う。
何と言うことだ……。
「と……友達と行ったり、とかは……?」
「うーん……わざわざこういう場所に行く程の友人がいなかったというか……」
「そうなの!?」
またまた意外。
如月さんって、友達多そうなのに……。
そこで、前にトイレで聞いた如月さんの噂が、脳裏に過った。
『広く浅くっていうのかな。基本的には皆と仲良いんだけど、深入りしないっていうか……クラスメイト以上にはならない感じ?』
……広く……浅く……。
クラスメイト以上の関係にはならない……高嶺の花、か……。
最近当たり前のように話していたから忘れていたけど、如月さんは、そんな存在なんだっけ。
彼女のことは、よく分からない。
けど……そんな彼女が私と仲良くしてくれている現状が、すごく……嬉しい……。
でも……。
「せ、折角初めてのカフェなのに……は、初めて一緒に行く相手が、わ、私なんかで良いの……!?」
「何それ、良いに決まってるじゃん」
ケラケラと笑いながら言う如月さんに、私は胸が熱くなるような感覚を抱いた。
……こんな見た目になってから、こんな風に私に笑いかけてくれた人は、今まで何人いただろうか。
多分……ゼロ。
高校生になってから、私の周りは色々変わった。
そんな中で……私に縋るしか無かったレイを除いて、初めて私に話しかけてくれた如月さんの存在は、かなり大きかった。
……彼女には、隠し事はしたくないと思った。
「あっ、着いたね」
如月さんの言葉に、私はハッと顔を上げた。
そこには、オシャレな外装の喫茶店のような建物があった。
「うわ……」
驚きに固まった隙に、如月さんは私の手を引いて、入店してしまった。
中に入ると、BGMとして流れている綺麗なクラシック音楽が、私達を出迎えた。
なんていうか……全体的に、シックな、大人な雰囲気が漂っているな。
こういう店に来るのは初めてで、なんだか落ち着かない。
忙しなく、店内をキョロキョロと見渡していた時だった。
「いらっしゃいませ。二名様でよろしいでしょうか?」
ウェイターらしき青年が、そう尋ねて来た。
彼の問いに如月さんが「はい」と笑顔で応じる。
すると、青年は「こちらにどうぞ」と言って、四人用のボックス席に案内した。
私達は向かい合うように椅子に座り、もう一つの椅子に鞄とレジ袋を置いた。
「なんか……大人な雰囲気のお店で、落ち着かないなぁ……」
「フフッ。まぁ、とりあえず何か頼もっか」
如月さんはそう言いながら、備え付けられたメニューを取り、開く。
少し身を乗り出し、私はメニューを覗き込んだ。
ふむ……結構色々あるな……。
「うーん……結城さんは決めた?」
「ん……私は、コーヒーにしようかなぁ。後は……ショートケーキかな」
「そっかぁ……私は紅茶にしよっかなぁ。後はスコーンで」
そう言うと、如月さんは「すみません」とウェイターを呼ぶ。
すると、先程私達に対応してくれた青年さんが「はい」と端的に答え、こちらに近付いて来る。
如月さんはメニューを手で示しながら、私と自分の注文を伝えてくれる。
「かしこまりました。少々お待ち下さい」
青年はそう言うと、厨房に注文を伝えに行った。
その後ろ姿を見送りながら、如月さんは口を開く。
「それにしても、良いお店だねぇ。外も中も凄く綺麗」
「……だね……」
如月さんの言葉に、私はそう短く答えながら、服の裾を握り締める。
……レイのことを言う機会は……きっと、今しかない。
そう思った私は、小さく深呼吸をして、口を開いた。
「あ、あのさ……如月さん……」
「ん?」
「私……レイと、付き合うことになった」




