表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
37/124

37:変な感じですね

 あれからなんとかレイに追いつき、呼び止めた時には、外は大分暗くなっていた。

 レイは学校までの帰り道も分からないだろうし、幽霊と言えども暗い外を彷徨わせるのは憚られたので、今日は私の家に泊めることになった。

 街灯で照らされる道を歩きながら、レイは口を開いた。


「それにしても、いつの間にかこんなに暗くなってしまって……結城さんのご両親、心配しているかもしれませんね?」


 レイの言葉に、私はほんの一瞬だけ、返答に迷う。

 しかし、すぐに私は「大丈夫だよ」と答えた。


「あの人達は……私に興味なんて無いですから」

「……えっと……?」

「着きましたね」


 不思議そうに聞き返すレイをスルーして、私は自分の家を見上げた。

 玄関は暗く、排気口からは晩ご飯の美味しい匂いが漂ってきていた。

 私はすぐに鞄から鍵を取り出し、鍵穴に差し込んで回す。

 カチャリ、と音を立てて、鍵は開く。

 扉を開き、私は中に入った。


「……ただいま……」


 小さく挨拶をしても、返事は無い。

 その代わりに、リビングの方からはテレビの音と、カチャカチャと食器がぶつかり合う音。それから……楽しそうに談笑をする声が、聴こえて来た。

 ひとまず私は靴を脱ぎ、廊下を進んで階段を上がり、自分の部屋に向かった。


「ま、待って下さいよ!」


 逃げるように自分の部屋に向かった私に対し、レイはそう言いながら、慌てた様子で私に付いて来る。

 ……この家は……居心地が悪い……。

 私は制服を脱ぎ、代わりにジャージを穿いてシャツを着る。

 それから、家の鍵を掴んでポケットに入れて、私は立ち上がる。


「あの……結城さん……? どこに行くんですか……?」

「……」


 レイの質問に、私は……答えられない。

 正直に言えば……レイを、ここには連れて来たく無かった。

 この家には、私の汚い部分が詰まっている。

 私が隠したい物が……詰まっている。

 レイの言葉を無視して、私は、先程歩いたルートを通って玄関から出た。


「あの……結城、さん……?」

「……」

「晩ご飯……食べ始めてる、みたい、ですけど……? 食べなくても、良いん、ですか……?」

「……」


 不安そうに、ひっきりなしに聞いてくるレイに、私は何も答えられない。

 すると、レイは何も言わずに、悲しそうに目を伏せた。

 少しして、彼女はゆっくりと続けた。


「もしかして……怒って、いますか……?」

「……?」


 突拍子の無い質問に、私は顔を上げた。

 ……怒っている?

 私が?

 彼女の真意が分からず呆けていると、レイは続けた。


「だから……あの……公園で……あんなこと、したから……」

「……あぁ……」


 レイの言葉に、私は小さく呟いた。

 ……あのこと、か……。

 私はソッと自分の唇に触れ、少し撫でた。


「……別に、あのことについては、怒ってませんよ」

「……そうなんですか?」

「はい。……私、レイのこと、好きですから」


 その言葉は、思っていたよりもあっさり、私の口から零れ出た。

 まるで滑り落ちるように出たその言葉は、彼女の耳にも届いたらしい。

 雪のように白くて綺麗な頬が、カァァッと赤くなった。

 それから、その目を気まずそうに逸らす。


「私も……結城さんのこと、好きです」

「……レイ……」

「だからッ……結城さんのこと……心配なんです……」


 ……そんな泣きそうな顔で、言わないでよ……。

 好きな人にそんな顔されたら……胸が、苦しいんだよ……。

 私はソッと、左目の眼帯に触れる。

 ……このことについて触れない範疇だったら……話しても、良いかもしれない……。

 少し考えて、私はゆっくりと口を開いた。


「……私……親が、いないんですよね」

「えッ?」

「小学四年生の頃に……事故で……」


 私の言葉に、レイは「あっ……」と小さく声を漏らした。

 彼女の反応に、私はゆっくりと続ける。


「それで、今はお母さんの弟さんの家に住んでるんですけど……まぁ……色々あって……腫物みたいな扱いを受けちゃって……」


 説明をしていく内に、レイの表情がどんどん曇っていくのが分かった。

 ……やっぱり、話さなければ良かったかな……。

 レイの、こんな表情が見たかったわけではない。

 私は目を伏せ、ゆっくりと続けた。


「晩ご飯は私の分なんて用意されてないから、いつも皆が食べ終わった後に、自分で作ってます。朝食や昼食も、夜の内に纏めて作ってます。掃除も、洗濯も……自分のことは全部、自分でやってます」


 私の言葉に、レイは「そうなんですか……」と呟く。

 ……なんか、重たい雰囲気になっちゃったな……。

 ポリポリと頬を掻きながら、私は続けた。


「いえ、その……中学生の頃からやってることですから、もう慣れましたよ」

「……でも……辛くは、ないんですか……?」


 オズオズと尋ねてくるレイに、私は「辛い?」と聞き返す。

 すると、彼女は「はい」と頷いた。


「だって……ご両親もいなくて……今でも、そんな生活して……辛く無いんですか?」

「……慣れました」

「慣れたか慣れて無いかは聞いて無いです!」


 泣きそうな声を張り上げるレイに、私はたじろぐ。

 それから顔を上げたレイは……酷く悲しそうな顔をしていた。


「……レイ……」

「……私達は……恋人……じゃないんですか……?」


 レイの言葉に、私は目を見開いた。

 ……恋人……?

 私と、レイは……恋人なのか……?

 一瞬硬直した間に、レイは続ける。


「恋人……なんですから……私にくらいは……頼って下さいよ……」

「……レイ……」

「私は……結城さんに、頼られたい……です……」


 最後の方は尻すぼみになりながら、レイは言った。

 彼女の言葉に、私は目を伏せ、小さく口を開いた。


「……キス……」

「え……?」

「キス……して欲しい……」


 私の言葉に、レイは少しだけ沈黙する。

 少しして、「結城さん」と私の名前を呼んだ。


「顔を上げて下さい」

「……?」


 言われた通りに顔を上げた途端、唇を奪われた。

 相変わらず、感触も、温度も、吐息も……何も感じないキスだけど……。

 でも……胸が熱くなる。

 心がポカポカと温かくなって……心地良い。


「……なんか、変な感じですね」


 恥ずかしそうにはにかみながら言うレイに、私は笑って「そうだね」と答える。

 それにしても……恋人……か……。

 レイの言ったその単語は、未だに私の心に深く、突き刺さっていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ