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35:お気に入りの場所

 電車で片道三十分の場所に、私の降りる駅はあった。

 あまり都会な方ではないので、この駅で降りるのは私くらいしかいなかった。

 駅員さんに定期券を見せて駅を出ると駐車場があり、見慣れた風景が広がっていた。

 私はレイを率いて、歩き慣れた道を歩いていく。


「……結城さん」


 歩きながら、レイが口を開く。

 彼女の言葉に、私は彼女の顔を見ることで、返事に変える。

 すると、レイは続けて口を開いた。


「あの……結城さんって、電車って苦手ですよね?」


 レイの言葉に、私は少し考えて頷く。

 すると、彼女は少し言いづらそうにするが、小さく続けた。


「じゃあ……なんで、電車で通学するんですか……?」

『電車で行かないといけない距離に、学校があるからですよ』

「そうじゃなくて……! その……ご両親に車で送ってもらうとか……できないとか……」

「……」


 ……両親……か……。

 その単語が、私の心の奥にしまい込んだ、ブラックボックスを撫でたような気がした。

 左目が疼くのを感じながら、私はスマホに文字を打ち込む。


『家族は皆仕事があるし、こんなことで毎日負担掛けられないです』

「それなら……いっそのこと、この辺りの高校に通うとかは……」

「……」


 レイにしては珍しく……私の心に、踏み込んでくるような感じがした。

 彼女の手が、少しずつ、私の心に閉じ込めたブラックボックスに近づいていくような感覚がする。

 文字を打って返事をしたくとも……出来なかった。

 これ以上会話を続けたら……私の過去を、話さなければならないと思った。


「あっ……ごめんなさい……あの、言いたくないなら……良いん、ですけど……」


 ずっと黙っていたからか、レイは不安そうにそう謝ってきた。

 彼女の言葉に、私は少し考えて「ごめん」と謝る。


「そんな……結城さんが謝ること……」

「いえ……レイが気になっちゃうのは、仕方がないですから。でも、ごめんなさい。……これは……言いたくない、です」


 私の言葉に、レイは「そう……ですか……」と呟く。

 ……なんだか微妙な雰囲気になってしまった。

 気まずい空気を払拭するべく、私はスマホを操作し、打ち込んだ文字を見せた。


『そんなことより、案内したい場所があるんです。だから、それまで付き合ってもらっても良いですか?』

「……案内したい場所……ですか……?」

『はい。私のお気に入りの場所です』


 私の言葉に、レイは目をキラキラと輝かせ、「結城さんのお気に入りの場所……!」と喜びを露わにする。

 よし……レイはやっぱり、こうして嬉しそうにしている方が良い。

 私は小さく笑い、レイを先導してその場所へと案内した。


 そこから十分程歩いて、私達はその場所へと辿り着く。

 入口から入ったレイは、辺りを見渡しながら口を開いた。


「……ここは……公園……ですか……?」

「はい……このままついて来て下さい」


 私はそう言いながら、レイを率いて歩く。

 時間が時間だからか、公園には人気が少なかった。

 遊具で遊んでいる子供はおらず、広場のようになっている場所では、父親らしき男性と小さな男の子がキャッチボールをしている。

 父親が投げたボールはフワリと弧を描き、男の子の持つグローブに吸い込まれる。

 その光景を横目に見つつ、私は遊具のある広場を抜け、石で出来た階段を上る。


「あっ……待って下さいよ!」


 すぐに、レイがそんな風に声を上げながら、私の隣まで歩いて来る。

 彼女が隣に並ぶのを尻目に、私は階段を上り切る。


「……うわ……」


 私に次いで上り切ったレイは、目の前に広がる光景を見て、目を丸くした。

 ……そこにあったのは……湖だった。

 石造りの床に立ち、私は湖を見下ろす。


 広大な湖は夕陽の光を反射し、キラキラと輝いていた。

 その光がまるで、自分は生きているんだと主張しているようで……眩しかった。

 風が白い前髪を揺らすのを視界に収めながら、私は口を開いた。


「ここが……私の好きな場所です」


 私の言葉に、レイは小さく溜息をつく。

 ひとまず、近くにあったベンチに腰を下ろし、私は続けた。


「こういう水場は、普通は、幽霊が多いんです。けど……この湖にはなぜか、全然いなくて……。だから、なんていうか……現実から切り離されたような気分になって、好きなんです」


 そう言いつつ、私は湖を眺める。

 ……水場には、幽霊が多い。

 海や、川、湖、池……ある程度の深さがある場所ならば、どんな場所でも幽霊はいる。それも、かなりの量。

 原因は簡単。投身自殺の多さ故だ。


 しかし、ここの湖には、なぜか幽霊はいなかった。

 まぁ、湖の近くにはここ以外にも公園はあるし、子供の目の前で投身自殺をするような真似はしないものなのかもしれない。

 何はともあれ……幽霊が見える身としては、ここはまるで、現実から切り離されたような気持ちになるのだ。

 辛い現実も、ここに来ると忘れられる。……だから好き。


「……確かに……なんだか、不思議な感じがしますね」


 そんな私の言葉に、レイはそう言いながら、湖を見つめていた。

 湖面が反射した夕焼けが、彼女の顔を照らしているように見えた。

 しかし、当然その光は彼女の体すらもすり抜ける。

 ふとベンチの後ろに視線を向けてみれば、影は一人分しか伸びていない。


「……ここで一人になると……辛いこととか、忘れられるんだ」


 ポツリと、私は呟く。

 レイが幽霊だから――影が一つしか伸びていないから――私一人しかいないような気分になった。

 だからか、なんだか本音が滑り落ちるように、口から零れる。

 私は続けた。


「家のこととか、学校のこととか、幽霊が見えることとか……何もかもが忘れられて……ここにいる時だけは……辛かったことが全部、無かったことに出来るような気がしたんだ」

「……」

「だから……ここは私にとって……お気に入りの場所」


 そう言いながら、私は湖を見つめる。

 辛いことがあると、私はいつも、ここに来た。

 ここにいる時だけは、忘れられるような気がしたから。

 私の言葉に、レイはゆっくりと、口を開いた。


「……結城さんは……幽霊が見えない方が良かったですか……?」

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