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34:好きな食べ物って何ですか?

 放課後になり、ついにその時が来た。

 荷物の準備を終えた私は、鞄を持ち、すぐに屋上に向かった。

 借りた鍵で屋上の扉を開けると、そこにはいつものように、レイとナギサがいた。


「ゆ、結城さん……? どうしたんですか?」


 屋上にやって来た私を見て、レイは不思議そうにそう尋ねてきた。

 彼女の言葉に、私は拳を一度強く握り締め、少し緩める。

 レイの後ろでは、ナギサが笑みを浮かべながら、こちらを見ていた。

 私は小さく深呼吸をして、口を開いた。


「れ……レイ……あのさ……」


 絞り出すように言う私に、レイは首を傾げる。

 あぁ、クソ……なぜか、無性に緊張してしまう。

 こういうのはさっさと言ってしまった方が楽だと思い、私は続けた。


「今から……私と……デート、しませんか……?」

「……え……?」


 私の言葉に、レイはキョトンとした表情を浮かべた。

 数瞬後、カァァッと、彼女は顔を赤くした。


「え……デートって……」

「その……宿泊研修とかで、しばらく会えなくなるから……その分の埋め合わせ……って言えば……伝わりますか……?」


 赤面するレイにこちらまで恥ずかしくなり、反射的にそんな言い訳をした。

 すると、彼女は「あ……」と呟き、赤らんだ顔で目を伏せた。

 しばらく考え込むような間を置いてから、小さく口を開いた。


「……結城さんは……良いんですか……?」

「……何が?」

「だって……私は、人から見えないから……話したりしたら、結城さん、変な人みたいに……」

「それくらいは私にも考えはあるから。……だから……気にしなくても、良いよ」


 私の言葉に、レイは赤らんだ顔のまま、目を少し丸くした。

 それから、その目を細めて、口元を緩めた。


「……では……お言葉に甘えて……」

「……じゃあ、時間も勿体ないし、早く行こう」


 私はそう言いながら、レイの手を掴もうとする。

 しかし、当然握れるはずもなく、スカッと空ぶってしまった。

 ……変な空気が、私とレイの間に漂う。


「……えっと……」

「……フフッ」


 何と誤魔化せば良いかと固まっていた時、レイが小さく笑った。

 次いで、プハッと、息を吐くように笑った。


「あははッ……結城さんでも、そんなミスするんですね?」

「れ……レイが早く来ないから……」

「フフッ、ごめんなさい」


 私のミスがよっぽど面白かったのか、未だに少しクスクスと笑っている。

 彼女の言葉に、私は火照る顔を隠すように背け、すぐに歩き出した。


 職員室に鍵を返した私は、レイを連れて、校舎を出た。

 屋上で時間を取ったからか、帰宅する生徒は疎らで、いつもより少なく感じた。

 レイとは手も繋げないので、ちゃんと付いて来ているか不安だったが、人にぶつかったりとかが無い分、むしろ私より進む速度は速かった。


「それで、デートってどこまで行くんですか?」


 フワフワと私の隣に並びながら、レイはそんなことを尋ねてくる。

 彼女の言葉に、私はポケットからスマホを取り出し、メモ帳アプリを立ち上げてポチポチと文字を打ち込んで彼女に見せた。


『とりあえず、電車に乗って私の住んでいる町まで行きましょう。この辺りは私もあまり詳しくないので』

「なるほど! こうして文字にしたら、結城さんが直接話さなくても良いというわけですね!」


 目をキラキラと輝かせながら言うレイに、私は苦笑する。

 こんなことで感心されても困る。

 まぁ、レイらしいか……と笑いつつ、私は彼女を連れて学校に通う為に使っている駅に連れて行った。

 流石に駅では同じ学校の人が多くいるので、レイとの会話は最小限に抑えなければならない。

 私は駅のホームに立ち、ポチポチとスマホを操作した。

 その間、レイはキョロキョロと辺りを見渡していた。


「凄いですねぇ……結城さんと同じ制服を着た人達がたくさんいます」

『声出して呼ぶこととか出来ないので、私から離れないようにして下さいね』

「分かってますよ」


 ニコニコと笑いながら言うレイに、私は眉を潜める。

 ……本当に分かってんのかなぁ……。

 呆れていると、私の乗る電車が入って来た。

 ゾロゾロと乗っていく人の波に混ざり、私とレイは電車に乗り込んだ。

 席は埋まっていたので、私は電車の隅の方で壁に凭れ掛かり、体を支えることにした。


「凄い人の量……これが普通なんですか?」

『まぁ、割といつもこんな感じだよ』

「ほう……電車とは興味深いものです」


 心底感心した様子で言うレイに、私はついつい苦笑してしまう。

 私にとっては見慣れた景色でも、彼女にとっては新鮮なのだ。

 当たり前のことだけど、なんだか、それだけで凄く面白く思えた。

 未だにキョロキョロと電車の中を見渡しているレイに、私はつい苦笑する。


 そんなこんなで、電車は発進する。

 ガタンゴトンと震動する電車の中で、乗客は揺られながら、各々のしたいことをする。

 ある者は友人との談笑に興じ、ある者は窓から見える景色を楽しみ、ある者はスマホでインターネットの世界に逃げる。

 ……そして、またある者は、好奇心に溢れたキラキラと輝く目で辺りを見渡す……か。

 未だに忙しなく辺りを見渡しているレイに、私は苦笑してしまう。

 まるで子供みたいだな……と、なんだか微笑ましく思えてくる。


「……ねぇねぇ、アレヤバくない?」


 その時、どこからか、そんな会話が聞こえた。

 私はそれに、ビクリと体を硬直させてしまう。

 ……誰だ……?

 右目の眼球だけを動かして辺りを見渡すと……声の主を見つけた。

 違う学校の制服を着た、二人組。

 二人は私をチラチラと横目に見ながら、口を開く。


「マジヤバい……あれって厨二病ってやつじゃない?」

「だよね。初めて見た……写メ撮りたい」

「どうせこっちに気付いてないし、撮っちゃえば?」


 好き勝手に話す二人組に、私はげんなりしつつ、背を向けるように壁の方に顔を向けた。

 すると、興味津々な様子で車内を見ていたレイも二人の会話を聞いていたのか、小声で私に囁いて来た。


「結城さん……あの二人……結城さんの話をしていませんか……?」

「……」

「ちゅーにびょう……? とは、何ですか……? 結城さんって、何かの病気なんですか……?」

「……」


 レイの言葉に、私は答えられない。

 恐らく、今、私の顔は真っ青になっていることだろう。

 震える手で拳を作り、ゆっくりと握り締める。


 ……忘れていた……というのが、正鵠を得ていたのかもしれない。

 レイと出会って、必要とされて……如月さんや有栖川さんみたいな友達も出来て……クラスでも、視線を集めることが少なくなって……。

 けど……私の正しい姿は、これだ。

 陰口を叩かれて、笑われて、後ろ指をさされる日々。

 こんな気持ち悪い見た目をした……化け物みたいな見た目をした私に、相応しい姿。


「結城さんっ!」


 その時、レイに強く名前を呼ばれた。

 彼女の言葉に、私はハッと我に返る。

 すると、レイの顔が目の前にあった。


「ぅわッ!?」


 まさかこんなに近くにいるなんて思ってもいなかったので、咄嗟に声を上げて驚いてしまう。

 レイは私の腕やスマホすらもすり抜けて、かなり近い距離に顔を近付けていた。

 その事実に私は驚き、若干仰け反る。

 すると、突然声を上げたからか、かなりの視線を集めてしまった。


「あっ……な、何でも無い……です……すみません……」


 喉から絞り出した小さな声に、乗客の大半はすぐに顔を背けた。

 ひと安心したのも束の間だった。

 先程の二人組が、クスクスと笑っているのが聴こえた。

 背後からの笑い声に、私は再度硬直する。


「急に声出すとかヤバ……」

「ってか、見た目の割に超コミュ障じゃん。ウケるんですけど」

「ちょっと、そんなこと言ったら可哀想だよ~」


 心にも思っていないだろうな制止を聞きながら、私は制服の裾を握り締める。

 ……息が苦しい……胸が、はち切れそうだ。

 呼吸が荒くなりそうになっていた時だった。


「……結城さんの好きな食べ物って何ですか?」


 囁くような声がして、私は顔を上げた。

 すると、私の顔を覗き込むように接近していたレイが視界に入る。

 彼女の言葉に、私は「レイ……?」と、掠れた小さな声で呟いた。

 すると、彼女は続けた。


「あんな会話、気にしちゃダメです。もしあの二人の会話が気になるなら、私がもっと大きな声で話します。折角のデートなんですから、たくさん話しましょうよ! 私、結城さんのこと、もっと知りたいです!」


 ハキハキとした口調で言うレイに、私は呆気に取られてしまった。

 けど……彼女の優しさが、凄く嬉しかった。

 泣きそうになるのを堪えながら、私は霞む視界の中でスマホを操作し、レイに見せた。


『ありがとう』

「……フフッ。どういたしまして、ですよ!」


 笑顔で言うレイに、私も笑い返した。

 ……レイに出会えてよかった……と、心の底から思った。

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