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28/124

28:本当にごめんなさい

 教室に入ると、すでにほとんどの生徒が揃っていた。

 一週間程経過すると皆も慣れたもので、もうほとんど視線を感じなくなってきた。

 ……まぁ、今日は私の顔がかなり愉快なことになっているので、先週の金曜日よりはそれなりに多い人数の視線は受けたが。

 早く風邪治らないかなぁ……と思いつつ、私は視線を動かして、目的の人物を探す。


 ……いた。

 如月さんは数名の男女に囲まれ、にこやかに何かを話している。

 うーん……やっぱり人気者だよなぁ……。

 金曜日のことを謝りたかったのだが、これでは無理か。

 そう思って、自分の席に戻ろうとした瞬間だった。


「あ、結城さんっ」


 名前を呼ばれ、私は顔を上げる。

 するとそこには、席から立ってこちらを見ている如月さんの姿があった。

 ……彼女の顔がどこか嬉しそうに見えるのは、私の妄想だろうか。

 如月さんはそのままこちらまで早歩きで近付いてきて、口を開いた。


「おはよう! ……熱、下がったんだね?」

「おはよう、如月さん。……うん、とりあえずはね。でも、まだ咳とか出るかな」

「あぁー、風邪かぁ……大変だね?」

「うん……あ、あのさ……」

「ん?」


 笑顔を絶やさぬまま首を傾げる如月さんに、私は一度、言葉を詰まらせる。

 マスクの下で少し深呼吸をしてから、私は続けた。


「あの……この前の、金曜日の、あの……保健室で……その……」


 咄嗟に謝ろうとするが、言葉が上手くまとまらなかった。

 すると、如月さんが「ちょっと」と、心配した様子で声を掛けて来る。

 彼女はポンポンと私の肩を叩き、口を開く。


「一旦落ち着いて? ……私は待つから、ちゃんと頭の中で整理して話そう?」

「う、うん……」


 如月さんの言葉に、私は頭の中で言葉を整理する。

 彼女の謝りたいこと。謝らなければならないこと。謝罪の言葉。

 しばらく思考を巡らせた後で、私は口を開いた。


「あの……この前、保健室でさ……レイに伝言して、とか、頼んだよね……?」

「……あっ……」

「それで、私……」

「ごめんなさいっ!」


 私が謝るよりも先に、如月さんが頭を下げた。

 脈絡のない行動に、私は「へっ!?」と素っ頓狂な声を上げる。

 否、私だけではない。

 周りにいた人も、突然私に向かって謝罪をした如月さんを、不思議そうに見ている。

 そりゃあ、突然謝って来るんだもの。意味不明だよ。

 驚いて固まっている間に、如月さんは顔を上げて、続けた。


「この前は、結城さんの伝言を断ったりして、ごめんなさい」

「えっ? いや……」

「あの後、家に帰ってよく考えたら、大人げなかったなって思って……結城さんは風邪で大変なのに……私のワガママで……」

「そんなっ……気にしてないよ」


 私がそう遮ると、如月さんは「でも……」と、申し訳なさそうに私を見てくる。

 彼女の言葉に、私は一度息をついて、口を開いた。


「ホントに、気にしてないってば。……むしろ、私の方が謝らないといけないくらいなのに」

「……結城さんが……?」

「うん。だってさ、よく考えたら如月さんが断る理由しか見つからなかったし……熱があるからって甘え過ぎだった。本当にごめんなさい」


 私はそう言って、頭を下げる。

 すると、如月さんが「そんな……か、顔上げて」と慌てて窘めてくる。

 それでも頭を下げ続けていると、彼女は私の肩を掴んで、強制的に顔を上げさせた。

 目が合うと、如月さんはクスッと小さく笑った。


「なんか、変な感じ……二人して謝り合っちゃってさ」

「……ははっ……確かに」


 如月さんに釣られて、私も笑う。

 しばらく笑い合っていると、彼女は「そうだ」と胸の前で手を打つ。


「多分、レイさんも心配したよね? ……もしも何か言われたら、いくらでも証人になるから、呼んでね?」

「あぁ、そのことについては問題無いよ」

「えっ?」

「実はあの後で保健室にレイが来てさ。ちょっと話したりしたから……もう大丈夫」


 言いながら笑って見せると、如月さんは目を丸くしたまま「そう……なんだ……」と、掠れた声で呟く。

 その時、朝のHR開始五分前の予鈴が鳴った。

 チャイムの音に、如月さんはビクリと肩を震わせて、顔を上げた。


「もうこんな時間かぁ……」

「早く席に戻った方が良いよ。……先生来るし」

「んー……だねぇ」


 気の抜けた返事をしながら、如月さんは自分の席に戻っていく。

 それを見送りつつ、私は自分の席につく。

 ……しかし、まさか謝られるなんて思わなかった。

 本当に良い人だなぁ……けど、だからって彼女の優しさに甘え過ぎないようにしないと。

 彼女にまで見捨てられたら、多分私は人として終わる。

 優しいからって、その優しさに甘え過ぎず、適度な距離を保って接していかないと。

 親しき中にも礼儀あり、ってね。


 一人そんな風に考えていると先生が入って来て、朝のHRが始まる。

 まぁ、いつも通り簡単な連絡事項を話して終わるけど……。

 いつものように軽く聞き流しつつ、ぼんやりと先生を眺めていた時だった。


「さて……後、五月に宿泊研修があるので、そのプリントを配るからな」


 予想もしていなかった言葉に、私は目を丸くして固まった。

 ……宿泊研修……?

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