28:本当にごめんなさい
教室に入ると、すでにほとんどの生徒が揃っていた。
一週間程経過すると皆も慣れたもので、もうほとんど視線を感じなくなってきた。
……まぁ、今日は私の顔がかなり愉快なことになっているので、先週の金曜日よりはそれなりに多い人数の視線は受けたが。
早く風邪治らないかなぁ……と思いつつ、私は視線を動かして、目的の人物を探す。
……いた。
如月さんは数名の男女に囲まれ、にこやかに何かを話している。
うーん……やっぱり人気者だよなぁ……。
金曜日のことを謝りたかったのだが、これでは無理か。
そう思って、自分の席に戻ろうとした瞬間だった。
「あ、結城さんっ」
名前を呼ばれ、私は顔を上げる。
するとそこには、席から立ってこちらを見ている如月さんの姿があった。
……彼女の顔がどこか嬉しそうに見えるのは、私の妄想だろうか。
如月さんはそのままこちらまで早歩きで近付いてきて、口を開いた。
「おはよう! ……熱、下がったんだね?」
「おはよう、如月さん。……うん、とりあえずはね。でも、まだ咳とか出るかな」
「あぁー、風邪かぁ……大変だね?」
「うん……あ、あのさ……」
「ん?」
笑顔を絶やさぬまま首を傾げる如月さんに、私は一度、言葉を詰まらせる。
マスクの下で少し深呼吸をしてから、私は続けた。
「あの……この前の、金曜日の、あの……保健室で……その……」
咄嗟に謝ろうとするが、言葉が上手くまとまらなかった。
すると、如月さんが「ちょっと」と、心配した様子で声を掛けて来る。
彼女はポンポンと私の肩を叩き、口を開く。
「一旦落ち着いて? ……私は待つから、ちゃんと頭の中で整理して話そう?」
「う、うん……」
如月さんの言葉に、私は頭の中で言葉を整理する。
彼女の謝りたいこと。謝らなければならないこと。謝罪の言葉。
しばらく思考を巡らせた後で、私は口を開いた。
「あの……この前、保健室でさ……レイに伝言して、とか、頼んだよね……?」
「……あっ……」
「それで、私……」
「ごめんなさいっ!」
私が謝るよりも先に、如月さんが頭を下げた。
脈絡のない行動に、私は「へっ!?」と素っ頓狂な声を上げる。
否、私だけではない。
周りにいた人も、突然私に向かって謝罪をした如月さんを、不思議そうに見ている。
そりゃあ、突然謝って来るんだもの。意味不明だよ。
驚いて固まっている間に、如月さんは顔を上げて、続けた。
「この前は、結城さんの伝言を断ったりして、ごめんなさい」
「えっ? いや……」
「あの後、家に帰ってよく考えたら、大人げなかったなって思って……結城さんは風邪で大変なのに……私のワガママで……」
「そんなっ……気にしてないよ」
私がそう遮ると、如月さんは「でも……」と、申し訳なさそうに私を見てくる。
彼女の言葉に、私は一度息をついて、口を開いた。
「ホントに、気にしてないってば。……むしろ、私の方が謝らないといけないくらいなのに」
「……結城さんが……?」
「うん。だってさ、よく考えたら如月さんが断る理由しか見つからなかったし……熱があるからって甘え過ぎだった。本当にごめんなさい」
私はそう言って、頭を下げる。
すると、如月さんが「そんな……か、顔上げて」と慌てて窘めてくる。
それでも頭を下げ続けていると、彼女は私の肩を掴んで、強制的に顔を上げさせた。
目が合うと、如月さんはクスッと小さく笑った。
「なんか、変な感じ……二人して謝り合っちゃってさ」
「……ははっ……確かに」
如月さんに釣られて、私も笑う。
しばらく笑い合っていると、彼女は「そうだ」と胸の前で手を打つ。
「多分、レイさんも心配したよね? ……もしも何か言われたら、いくらでも証人になるから、呼んでね?」
「あぁ、そのことについては問題無いよ」
「えっ?」
「実はあの後で保健室にレイが来てさ。ちょっと話したりしたから……もう大丈夫」
言いながら笑って見せると、如月さんは目を丸くしたまま「そう……なんだ……」と、掠れた声で呟く。
その時、朝のHR開始五分前の予鈴が鳴った。
チャイムの音に、如月さんはビクリと肩を震わせて、顔を上げた。
「もうこんな時間かぁ……」
「早く席に戻った方が良いよ。……先生来るし」
「んー……だねぇ」
気の抜けた返事をしながら、如月さんは自分の席に戻っていく。
それを見送りつつ、私は自分の席につく。
……しかし、まさか謝られるなんて思わなかった。
本当に良い人だなぁ……けど、だからって彼女の優しさに甘え過ぎないようにしないと。
彼女にまで見捨てられたら、多分私は人として終わる。
優しいからって、その優しさに甘え過ぎず、適度な距離を保って接していかないと。
親しき中にも礼儀あり、ってね。
一人そんな風に考えていると先生が入って来て、朝のHRが始まる。
まぁ、いつも通り簡単な連絡事項を話して終わるけど……。
いつものように軽く聞き流しつつ、ぼんやりと先生を眺めていた時だった。
「さて……後、五月に宿泊研修があるので、そのプリントを配るからな」
予想もしていなかった言葉に、私は目を丸くして固まった。
……宿泊研修……?




