表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
26/124

26:凄く嬉しいです

「ごめん。でも……言いに行きたくない」


 授業開始のチャイムが鳴り響く中、その音に負けない凛とした声で、如月さんは言う。

 彼女の言葉に、私は「え……?」と聞き返す。

 すると、如月さんは椅子から立ち上がり、続けた。


「授業始まったから……もう、教室戻るね」

「えっ、ちょっと……」

「……また、昼休憩になったら、来るからね」


 端的に言い、如月さんはベッドを囲むカーテンの隙間から出て行ってしまった。

 それに、私はベッドに寝たまま、彼女を見送ることしか出来なかった。

 首を動かしたことにより、額に乗せていたタオルは落ち、枕元に転がっている。

 一時間程寝ていたことと濡れタオルのおかげで、体調は大分良くなっている。

 けど、まだ少し辛い。昼休憩に屋上に行くのは難しいし……下手すれば、このまま途中下校となるだろう。

 明日から週末だから月曜日には体調自体は復活するだろうが、今日中の回復は見込めない。


 けど……まさか、断られるとは思わなかったな。

 私は転がったタオルを額に当て、ぼんやりと天井を眺める。

 ……そもそも私は、如月さんに断られるかもしれない、なんて……少しも考えてなかった。

 彼女なら承諾してくれる、と、心のどこかでは確信していたんだと思う。

 優しい如月さんなら、これくらいのお願いは受けてくれる、と……甘えていた。


 改めて考えれば、昨日の一件で、二人の距離はぎこちなくなっている可能性だってある。

 感性なんて、人それぞれ。

 如月さんがあの一件で、レイに二度と話しかけたくない……なんて考えた可能性だって、ゼロでは無いのだ。

 オマケに、私達の教室から屋上は遠い。友達の伝言だけであの距離を歩くこと自体、かなり面倒だ。


「……最低だ……」


 ポツリ、と、私は呟く。

 考えれば考える程、如月さんが断る理由しか思いつかなかった。

 ……無意識の内に私は、彼女の優しさに、縋っていたのだろう。

 そもそも私には、友達との距離感なんて、分からない。

 今までロクに友達がいたことも無いし、それどころか、まともに手を握ってくれる人さえ何年ぶりかってレベルだ。

 言い訳をするわけではないが、私には人と関わる経験が無さ過ぎる。


 回復したら、如月さんに謝らなくちゃ。

 折角出来た友達だ。失いたくない。

 ……その為にも、この週末は安静だな。

 一人そんな風に考えて、目を瞑った。


「……結城さん?」


 聞き覚えのある声がして、私は瞑った目を開いた。

 声の主を探した私は、壁から上半身を生やし、心配そうに私の顔を覗き込んでいる少女に視線を止めた。

 彼女を見た瞬間、私は目を丸くした。


「……レイ……?」

「結城さん、こんな所で何をしているんですか? ……授業はどうしたんですか?」


 そう言いながら、レイは壁から抜け出て、ベッドの横に降り立つ。

 彼女の言葉に答えるべく、私は口を開いた。

 しかし、途端に様々な感情が胸の内で巡って、咄嗟に言葉にならなかった。

 結果、私は「ケホッ、ケホッ」と咳き込んでしまった。


「わわ、大丈夫ですか!? もしかして、風邪ですか? 先生呼んで来ましょうか!?」

「や、大丈夫。……大丈夫だから」


 私は掠れた声でそう言いながら体を起こし、二、三度咳をする。

 急に噎せた時は焦ったが、何度か咳をしていると徐々に喉の調子も治り、普通の声を出せるようになった。

 しかし、やはりまだ色々と怠く、体を起こしただけで頭が重くなったような気がした。

 額に乗せたタオルを片手で押さえつつ、私はレイに視線を向けた。


「……大体、レイは他の人には見えないんだから、呼びようがないじゃないですか」


 私の言葉に、レイはハッとしたような表情を浮かべながら「そうでした!」と声を上げた。

 どうやら気付いていなかったらしい。

 彼女の反応がなんだか可笑しくて、私は小さく、息を吐くように笑った。

 次いで、「あははッ」と笑い声を上げてしまった。


「な、何が可笑しいんですかぁ!」

「あははッ……いや、レイの反応が可愛いなぁ、と思って」


 そう言いながら、私は笑った拍子に零れた涙を指で拭う。

 笑うと震動が頭に響いて少し辛いが、レイを見ていると、不思議と安らぐような感覚があった。

 レイはどこか不満そうにしていたが、やがてその表情を緩め、改めて私の顔を覗き込んでくる。


「えっと……本当に大丈夫ですか?」

「大丈夫ですって。多分、ちょっと重い風邪なので……少し寝れば治りますよ」

「でも……」

「最近色々あって疲れただけだと思うから……気にしな……」


 そこまで言って、私は固まった。

 ……自分が言葉選びを間違えたことに気付いたからだ。

 今の言い方では、間接的にではあるが、『レイのせいで風邪を引いた』と言っているようなものだ。


 そりゃあ、レイに協力することは、確かに疲れる。

 けど……嫌じゃない。

 嫌だったら、とっくの昔に縁を切っている。


「あ、いや、レイ……これは……」


 咄嗟に弁解しようとした時、レイは私の額に触れようとした。

 しかし、彼女の手は私の額を貫通し、肘までめり込む。

 突然の彼女の行動に、私はしばらく固まった。

 間近に見えるレイの顔が、物凄く悲痛そうで、何も言えなかった。


「……触りたい……」


 小さな声で、レイは呟く。

 彼女の言葉に、私は顔を固めた。

 すると、レイは続けた。


「結城さんは、私のせいで辛い思いをしているのに……私は、触ることも出来ない……」

「……レイ……」

「結城さんの熱を感じることも、タオルを取り換えることも、何かあった時に先生を呼ぶことも、何も……出来ない……」

「……」

「それなのに私は、記憶を取り戻す手伝いを結城さんに頼んで……迷惑掛けて……無理させて……なんで……」


 幽霊になんてなっちゃったんだろう……と。

 か細い声で呟きながら、レイはその顔を両手で覆う。

 きっと私は、ここで、彼女の頭でも撫でて慰めてあげるべきなのだろう。

 彼女の体を抱きしめて、「貴方のせいじゃないよ」と、言ってあげるべきなのだろう。

 しかし、私は何も出来ない。ベッドの上で体を起こし、俯く彼女の頭頂部を、ジッと見つめることしか出来ない。


 ……レイが幽霊で……私に霊感があるから……。


 私達が触れ合うことは無いし、お互いの熱を感じることは出来ない。

 レイという少女は、この世界からは隔離された存在で、この世界に干渉することは出来ない。

 反対に、私も彼女の世界には干渉できない。

 だから、レイは私の看病をすることも出来ないし、私はレイの涙を拭うことは出来ない。

 ただ、言えることは……。


「……レイが幽霊じゃなかったら……きっと私達は……出会っていませんでしたよ」


 私の言葉に、レイは顔を上げる。

 涙で潤んだ黒い目に、私の顔が映り込む。

 彼女に見られていることが恥ずかしくて、私は顔を逸らしつつ、続けた。


「レイが幽霊で、授業中なのに屋上にいたから、私達は出会えた。……私は、あの時、人の目から逃げたくて屋上に行ったんです。普通の生徒じゃ、あの時屋上に入れませんから」


 そう言いながら、私はタオルを握り締める。

 頭が痛くて、上手く言葉が纏まらない。

 感情の赴くままに、私は続けた。


「それに、この風邪のことも、私はレイのせいだなんて思いません。……高校生になって周りの環境が変わったことだとか、新しいクラスのこととか、私を疲れさせる要因はたくさんあります。……あと、今日は少し寝不足で……多分、熱を出した一番の理由は、そのことだと思います」


 思いつくままに、感情のままに、私は言葉を紡いでいく。

 湿っていたタオルは私の熱で温くなり、本来の意味を失う。

 私はタオルを持った手を下ろし、ゆっくりと目を瞑って、続けた。


「だから私は……レイのことを、迷惑だとか、そんな風には思いません。レイと一緒にいられて、私は凄く嬉しいです」


 そう言いながら、私は瞼を開き、レイに視線を向けた。

 するとそこでは、間近でこちらを見つめるレイがいた。

 彼女も私が自分の方を向くとは思っていなかったらしく、「あっ」と声を上げた。


 見つめ合う数秒間。

 ぬるくなったタオルから、じんわりとした温もりが、私の掌に伝わって来る。

 小さな鼓動の高鳴りが、私の頭に直接響き、痛みを助長する。

 しかし、不思議と不快ではなく、むしろどこか心地良く感じていた。

 頭に響く鼓動の音は少しずつ大きくなり、そして――。


「……ぁ……」


 一気に頭が熱くなり、私は額に手を当てて、ベッドに倒れた。

 何だ……顔が熱い……呼吸が荒い……。

 体を起こしている時間が長かったのか……それとも……。


 思考を巡らせるだけで頭痛は強まり、私は瞼を強く瞑る。

 しかし、目を閉じていても、レイが大慌てで動揺しているのが分かった。

 全く……声が頭に響くから、少しは静かにして欲しいものだ。

 頭を押さえながら、そんなことを考える。


 そこで、頭の中のどこか冷静な部分が考える。

 同じように如月さんと接近した時は、何も感じなかったな、と。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ