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121:ご想像にお任せします

<結城神奈視点>


---少し時間は遡り---


 屋上を後にした私は、そのまま教室に向かった。

 ……話してみて、やっぱり、荻原先輩は信じられると思ったから。

 二人の話を邪魔するわけにもいかないし、私は、このまま屋上から去ることにした。


 今まで教室に行くと憂鬱な気分になったりしていたが……今日は、あまり気にならなかった。

 きっと、私の心情の変化だろう。

 レイや叔母さんとのことがあり、大分気持ちが楽になっているんだと思う。

 教室に入って自分の席につくと、薫が私を見て、すぐにこちらに近付いて来た。


「おはよう、神奈ちゃん!」

「お、おはよう薫……どうしたの?」


 いつもよりグイグイ来る感じの薫に、私は驚きつつもそう尋ねた。

 すると、彼女は「どうしたのじゃないよ~」と、どこか不満そうに言った。


「料理教えてくれるって話! 沙希ちゃんも一緒にって話……結局どうなったの?」

「……あぁー!」


 薫の言葉に、私は、彼女と昨日の朝交わした約束を思い出した。

 確か、薫が料理を教えて欲しいって言ってきて……折角だから、料理センスが壊滅的な沙希も一緒にと私が提案した。

 でも、薫はどうやら沙希に嫌われているらしく、ひとまず一度沙希に話をしてみるという形で一件落着したのだ。


「あぁー……って、忘れてたの?」

「……ごめんなさい」

「もう……まぁ、私がお願いしてる身だから、強くは言えないけど……」

「ホントにごめん……今日中には沙希に聞いておくから」


 そう言いつつ手を合わせて謝ると、薫は「ん」と頷いた。

 あの後色々ありすぎて、すっかり忘れていた。

 薫は今回の件にはあまり関係無いし、迷惑を掛けるのは申し訳ない。

 一人そんな風に考えていた時、後頭部を何か固いものでペシッと叩かれた。


「いだッ」

「私に何を聞くって?」


 そんな声がして、私は振り返る。

 するとそこでは、沙希が学級日誌を片手に立っていた……って。


「さ、沙希ッ!? どうしたの!?」


 咄嗟に、私は大きな声でそう聞いてしまった。

 なぜなら、沙希は一つ結びにしていた長い黒髪をバッサリ切り、見事なショートヘアにしていたからだ。

 どこかボーイッシュな印象を漂わせる沙希に驚いていると、彼女は私の視線から何で驚いているのか察したらしく、「あー……」と小さく声を上げながら頭をワシャワシャと掻いた。


「……似合わない?」

「いや、めっちゃ似合ってますが」

「そ? ありがと」


 微笑みながら言う沙希に、私は「いやいや」と慌てて遮る。

 すっかり彼女のペースに呑まれていたが、気になることがある。


「……なんで髪切ったの?」

「失恋したから」

「ぶッ!?」


 何でも無いことのように言う沙希に、私はつい噎せた。

 何度か咳き込んでから、私は改めて口を開いた。


「……マジで?」

「ご想像にお任せします」


 そう言いながら髪の毛の先を弄り、沙希は明るく笑う。

 いやいや、心臓に悪い。

 もし本当に失恋が原因で髪切ったんだとしたら、罪悪感が半端ないよ。

 折角綺麗な髪してたのに……。

 ……まぁ、ショートも似合ってるから結果オーライなのかもしれないけど。


「……沙希ちゃん、失恋したの?」


 すると、ずっと黙って私達の会話を聞いていた薫が、そう聞いた。

 彼女の言葉に、沙希は「えぇ」と答える。


「つい昨日のことね。告白したんだけど、断られちゃったの。……まぁ、その人には恋人がいるし、ほとんどダメ元での告白だったんだけど」

「そうなんだ……」

「初恋だったんだけどなぁ……初恋は実らないって、本当だね」


 どこか自虐的に笑いながら言う沙希の言葉が、私の体にグサグサ突き刺さる。

 一人胸を押さえて罪悪感からの痛みに背中を丸めていると、薫は「ふーん……」と小さく呟いた。


「じゃあ、つまり……今は好きな人いないんだ?」

「……? まぁ、そうなるわね」

「ふーん……そっか……いないんだ……」


 吟味するように言う薫に、沙希は訝しむように首を傾げた。

 しかし、気にしないことに決めたのか、すぐに私に視線を戻した。


「それで? 私に聞きたいことって、結局何なの?」


 どうやら、沙希の失恋話は収束したらしい。

 彼女の言葉に、私は潔く、薫との料理講座について話した。

 流石に、沙希が薫を嫌っている説については触れなかったけど。

 全てを聞き終えた沙希は、「なるほど」と呟いた。


「まぁ、料理が出来ないのは事実だし……私としては、是非それは参加したいわね」

「ホント? じゃあ、また予定立てよう。場所とか決めないと」


 私の言葉に、沙希は「そうね」と小さく笑う。

 その横では、薫が安堵の表情を浮かべていた。

 しばらく話しているとチャイムが鳴ったので、二人は自分の席に帰って行った。


「……あ、そうそう。これ」


 席に帰る直前で、沙希は小さく呟きながら、制服のポケットから何か一枚の紙を取り出して私の机の上に軽く放った。

 何だろうと思いつつ、私は教室に入ってきた先生の言葉を軽く聞き流しながら、折り畳まれた紙を開いた。

 するとそこには……何やら病院名と、そこの住所。そして……病室名が書いてあった。


「……これって……」


 小さく呟きながら、私はハッと顔を上げた。

 すると、私の声が聴こえたのか否か、沙希がこちらに振り返る。

 私の手元をチラッと見た彼女は、私が中身を読んだのが分かったらしく、フッと優しく笑んだ。


 ……言葉にしなくても、分かる。

 これは、レイの……雨宮怜の入院している病院だ……ッ!

 なんでこれを……いや、宇佐美先生辺りにでも聞いたのだろう。

 さっき学級日誌を持っていたから、恐らくその時にでも……。


『もう……レイさんに関する相談は受け付けないよ』

『私自身……好きな人の恋愛相談を受けるのは、もう辛いんだ』


 沙希の言葉が、脳内を駆け巡る。

 ……彼女は本当に……優しい人だ。

 私はそのメモを握り締め、ソッと胸に抱いた。

 きっと、これが彼女からの、最後の助言だ。

 もう、何も迷う必要は無い。

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