表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
112/124

112:私と一緒だね

 あの日から、私は完全に孤立するようになった。

 私に必要以上に話しかける人はいなくなり、クラスの中で、私だけがいなくてもいい存在となっていた。

 山谷さんとは前後の席のままだけど……話すことは無い。

 顔を合わせても、先に目を逸らされてしまう。

 話しかけるな、というオーラを、全身から感じる。


 ……結局、私と本心から仲良くしたいと思う人間など、この世には存在しないのだと思う。

 分かっていたことだ。……覚悟していたことだ。

 こうなることは、入学前から想像していた。

 それでもこんなにショックなのは……友達がいる温もりを知ってしまったからだ。

 こんな見た目の私にも優しくしてくれる人がいる喜びを……知ってしまったから。


 山谷さんと仲良くしていた記憶は、残念なことに、私の心を強く癒してしまった。

 残念なことに、それだけ山谷さんは、私にとってかけがえのない存在となっていた。

 何もしていないと、すぐに彼女のことを考えてしまう。

 彼女が私に優しくし、その優しさで包み込んでくれていた時のことを思い出してしまう。

 そして……彼女に裏切られた時のことを、思い出してしまう。


 信じていたんだ。

 私にもまだ、人並みに、私のことを大切にしてくれる人がいるのだと。

 信じた結果が……このザマだ。


「はぁ……」


 一体、あの日から何回溜息をついていただろう。

 どれだけ溜息をつき……どれだけ悔いても、現状は変わらないと言うのに。


 けど、どんなに悔やんでも、何も変わらない。

 私は……生きなければならないんだ。

 死にたいくらいに辛い状況だけど、死ぬわけにはいかない。

 ……立ち直らなくちゃ……。

 そう何度も自分を励ましてみるも、中々上手くいかない。

 一度落ち込んだ気分は、まるで沼にでも嵌ったかのように、ズブズブと沈んでいく。


「えーん……えーん……」


 ふと、子供の泣く声がした。

 私は俯いていた顔を上げて、声のする方に視線を向けた。

 今は、学校からの帰り道の途中で、住宅街の中の少し広めの道の中。

 そして、目の前の交差点の辺りで……一人の子供が泣いていた。


「おどうざん……エグッ……おがあざん……グスッ……」


 目から零れる大粒の涙を拭いながら、その子供は両親を呼び、大泣きしている。

 ……両親が死んだとか……?

 そんな風に考えながら、私は視線を下していき……「あぁ……」と、小さく嘆息した。


 子供には、足が無かった。

 膝から下が無く、膝の辺りも少し透過しているようだった。

 ……幽霊だ。


 別に、幽霊を見るのは珍しいことじゃない。

 あの心理カウンセラーの言葉を受けてから、ずっと幽霊の存在は無視し続けていた。

 中学の通学路で幽霊を見ることだって、別にこれが初めてというわけではない。

 住宅街を抜けた辺りではヨボヨボのお爺さんの幽霊がいるし、学校の近くには二十歳過ぎくらいの若々しい青年の幽霊を見かける。


 ただ、この子供は昨日まではいなかったと思う。

 ……叔父さん達が、昨日か一昨日に、この辺りで事故が遭ったという話をしていたような気がする。

 山谷さんと決別したばかりで、あまり真面目に聞いていなかったから、うろ覚えではあるけど……。


 ……でも、だからと言って、私がすることは変わらない。

 この幽霊のことも、無視すれば良いだけの話だ。

 何も変わらない。幽霊を無視して、平穏に過ごせば良いだけのこと。

 だから、私は平静を装い、ゆっくりと歩いてその幽霊の近くを通り過ぎ――


「誰か……エグッ……返事、してよ……一人はやだよぉ……」


 ――ようとしたところで、私の足は、勝手に止まる。

 ……一人はやだ……。

 その言葉が……私の胸に突き刺さるのを感じた。

 だって、それは……私の本音のような気がしたから。


「……ねぇ」


 小さく、私は、その子供に問いかける。

 すると、彼はピクッと肩を震わせ、涙を拭う手を止めて顔を上げた。

 私はしゃがんでその子供と視線を合わせ、ゆっくりと続けた。


「……一人ぼっちなの?」


 私の言葉に、子供はコクコクと頷く。

 それを見て、私は出来るだけ優しく微笑み返し、続けた。


「じゃあ……私と一緒だね。私も、一人ぼっちなんだ」


 そんな私の言葉に、子供は「お姉ちゃんも……?」と聞き返してくる。

 私はそれに「うん」と頷き返し、子供の頭を撫でる。

 普通に撫でようとするとすり抜けるので、ギリギリで手を止め、撫でるように手を動かす。


「……私、結城神奈。……君の名前は?」

「……覚えてない」

「じゃあ、私が名前を付けてあげる。……えっと……」


 私は小さく呟きながら、辺りを見渡す。

 最初は、幽霊だからユウ、みたいな安直な名前にしようかと思ったが……流石に安直過ぎるかな、と思った。

 しばらく考えてから、私は良い名前を思いついたので、子供の顔を改めて見て口を開いた。


「コウ、なんてどう?」

「……こう?」

「そ。交差点の近くにいたから、コウ。……どうかな?」


 私の言葉に、子供はしばらくきょとんと目を丸くしていた後で、パァッと目を輝かせた。


「良い! コウって名前、好き!」

「ふふっ……じゃあ、今日から君のことは、コウって呼ぶね?」

「うんっ! 神奈お姉ちゃん!」


 満面の笑みで言うコウに、私は笑い返す。

 その日から、私には……新しい友達が増えました。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ