111:無理して優しくしなくても良いよ
翌日から、私は明らかに……クラスメイトから無視されるようになった。
見た目のこととか……或いは、事故のことが露見したのかもしれないが……それらのことからか、明らかなイジメは受けなくなった。
しかし、必要以上に私と関わろうとしないというか……いないものとして扱われた。
授業で話さなければならない時を除き、極力私と関わらないようにしようとする感じ。
唯一まともに話してくれるのは山谷さんだけで、それ以外は全然。
……多くは望まないと決めたが、それでもこの状況は少しキツい。
明確なイジメでは無い分、被害妄想という可能性も拭えない。
元々万人受けするような見た目でもないし、単純に避けられているという可能性もある。
……ま、どっちにしろ、避けられてることに変わりは無いし。
けど、悪いことばかりではない。
確かにクラスメイトからは無視されてるけど……山谷さんだけは、私と仲良くしてくれてるから。
今の私は、独りじゃない。……大切な、友達がいる。
「山谷さん。帰ろう」
クラスメイトから無視されるようになって、数日程経ったある日のこと。
私は、鞄を肩に掛けながら、山谷さんにそう声を掛けた。
すると、彼女は「あっ」と小さく声を漏らした。
……?
「……どうしたの?」
「あー……なんでもないよ? ただ、さっき職員室に呼ばれてて……」
「何だ、そんなことか。……良いよ、待ってる」
そう言って笑って見せると、山谷さんは小さく微笑んで「ありがと」と言った。
私はそこで首を傾げ、「ところで」と続ける。
「職員室に呼ばれてるって……何の用なの?」
「ん? あー、いや……入学書類に不備があったみたいでさ。直したのを提出しなきゃなんだよね」
「そっか……大変だね」
「うーん……まぁ、仕方無いよ。ちゃちゃっと終わらせて行ってくるね!」
そう言うと山谷さんは立ち上がり、クリアファイルを持って教室から出て行った。
入学書類、か……小難しいことは良く分からないけど、なんだか大変そうだ。
そんな風に考えながら、私は山谷さんの机に視線を向けた。
「……?」
そこで、私は違和感を抱く。
山谷さんの机には、鞄の他に筆箱と……何やら紙きれが一枚乗ってる。
今日配られたプリントか? と顔を近付けてみた私は、それが入学の際に提出した書類の一枚であることに気付いた。
「うわ……マジか……」
小さく呟きつつも、すぐに私は書類を手に取り、ついでに山谷さんの荷物も持って教室を飛び出した。
この教室から職員室までは、そこそこ距離がある。
職員室に着いてから書類を忘れたことに気付き、取りに帰ってまた持っていくとなると、かなり手間が掛かる。
ついでに荷物も一緒に持って行っておけば、書類を出してすぐに帰れるだろう。
そんな気持ちから、私は早足で階段を下り、角を曲がろうとした。
「――なんで結城さんと話すの?」
その時、角を曲がった先から、そんな声がした。
突然のことに、私は咄嗟に足を止め、壁の影に隠れる。
……私の話をしている……?
「なんで、って……なんで急にそんなことを聞くの?」
「分かんないの? 今、あの人のこと、皆で無視しようぜーってなってるじゃん」
「結城さんと話してると、山谷さんも無視られちゃうよ?」
顔の見えぬ女子の声に、鼓動が速まるのを感じた。
被害妄想かもしれない。そんな、ほんの僅かな希望が潰えていくのを感じる。
高まる心臓の音を聴きながら、私はさらに耳を澄ます。
怖かったけど……山谷さんの返答が、気になったから。
「私……ああいう可哀想な人、放っておけないんだよね」
……聞き慣れた大切な声が……そう答えた。
その言葉に、私は、頭の中が真っ白になっていくのを感じた。
……可哀想……?
可哀想って……何……?
……私のこと……?
「えー……何それ」
「だって可哀想じゃん。あんな見た目になって、クラスのみーんなから無視されて……私が見捨てたらあの人……死んじゃうよ?」
「うわぁ、あり得る……」
「自殺とかされたら嫌じゃない? クラスで自殺とかあったら、色々大変でしょ? 親呼ばれたりマスコミ来たり……」
饒舌に語る山谷さんの言葉に、話していた女子数名は同意するような声を上げる。
……アイツ等は……誰と話しているんだ……?
こんな奴……こんなことを言う奴を……私は知らない……。
「本当は私だって嫌だよ? あの人の相手するの。でも……自殺されたらもっと面倒なことになるでしょ?」
「なるほどなぁ……偉いねぇ」
「でもよく耐えれるね。私なんて同じ空間にいるだけでも反吐が出そうになるのに」
「分かる。ってかさぁ、あの人の素顔見たことある?」
「無いけど……男子から何となくは聞いたよ。片目の化け物だ~とか何とか」
「そんなものじゃないって。あのさ、左目のところがマジで何も無いの。凹凸も一切無いまっさら」
「うっわ……それで必死に隠してんのか……」
「アイツそれで良く生きてるよね~。私ならすぐにでも死んでるわ」
「同じく。ていうか、正直私達に迷惑掛けない形で死んでほしいよね。事故とかで」
「……ハァッ……」
ずっと息を殺して聞き耳を立てていたが……限界だった。
過呼吸になった私は、そのままその場にへたり込み、何度も荒い呼吸を繰り返す。
見つかることを気にする余裕も無く、喉に手を当てて、何度も呼吸をする。
苦しい。苦しくて苦しくて仕方が無い。
信じていた山谷さんに裏切られた苦しみ。奴等の会話の中で出てきた鋭い言葉。
それ等が私の心を突き刺し、身を切り裂く。
「……神奈ちゃん……」
私の過呼吸の音が聴こえたのか、壁の方から顔を出した山谷さんが、小さく私の名を呼ぶ。
彼女の後ろからは、他の女子数名も顔を覗かせ、私を見ている。
……白々しい。
ついさっきまで饒舌に私の悪口を話していたくせに……白々しいッ!
「……安心……してよ……」
呼吸が少し落ち着いてきたのを感じ、私はそう言いながら、山谷さんを見つめ返す。
彼女は、しばらく心配そうに私を見つめていたが、私の持っている書類と鞄を見て目を見開く。
「……まさか、さっきの会話……」
「……山谷さんに……見捨て、られても……私は……死なないよ……」
続けた私の言葉に、山谷さんはハッと目を丸くした。
それに私は精一杯笑い返し、続けた。
「だから……無理して優しくしなくても良いよ」
迷惑だから、と。
荒い呼吸混じりに、私は山谷さんにそう言ってやった。
この小説を書いている時に山谷さんと打とうとしたら「山たん」になりました。
可愛いね、山たん。




