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111/124

111:無理して優しくしなくても良いよ

 翌日から、私は明らかに……クラスメイトから無視されるようになった。

 見た目のこととか……或いは、事故のことが露見したのかもしれないが……それらのことからか、明らかなイジメは受けなくなった。

 しかし、必要以上に私と関わろうとしないというか……いないものとして扱われた。

 授業で話さなければならない時を除き、極力私と関わらないようにしようとする感じ。

 唯一まともに話してくれるのは山谷さんだけで、それ以外は全然。


 ……多くは望まないと決めたが、それでもこの状況は少しキツい。

 明確なイジメでは無い分、被害妄想という可能性も拭えない。

 元々万人受けするような見た目でもないし、単純に避けられているという可能性もある。

 ……ま、どっちにしろ、避けられてることに変わりは無いし。


 けど、悪いことばかりではない。

 確かにクラスメイトからは無視されてるけど……山谷さんだけは、私と仲良くしてくれてるから。

 今の私は、独りじゃない。……大切な、友達がいる。


「山谷さん。帰ろう」


 クラスメイトから無視されるようになって、数日程経ったある日のこと。

 私は、鞄を肩に掛けながら、山谷さんにそう声を掛けた。

 すると、彼女は「あっ」と小さく声を漏らした。

 ……?


「……どうしたの?」

「あー……なんでもないよ? ただ、さっき職員室に呼ばれてて……」

「何だ、そんなことか。……良いよ、待ってる」


 そう言って笑って見せると、山谷さんは小さく微笑んで「ありがと」と言った。

 私はそこで首を傾げ、「ところで」と続ける。


「職員室に呼ばれてるって……何の用なの?」

「ん? あー、いや……入学書類に不備があったみたいでさ。直したのを提出しなきゃなんだよね」

「そっか……大変だね」

「うーん……まぁ、仕方無いよ。ちゃちゃっと終わらせて行ってくるね!」


 そう言うと山谷さんは立ち上がり、クリアファイルを持って教室から出て行った。

 入学書類、か……小難しいことは良く分からないけど、なんだか大変そうだ。

 そんな風に考えながら、私は山谷さんの机に視線を向けた。


「……?」


 そこで、私は違和感を抱く。

 山谷さんの机には、鞄の他に筆箱と……何やら紙きれが一枚乗ってる。

 今日配られたプリントか? と顔を近付けてみた私は、それが入学の際に提出した書類の一枚であることに気付いた。


「うわ……マジか……」


 小さく呟きつつも、すぐに私は書類を手に取り、ついでに山谷さんの荷物も持って教室を飛び出した。

 この教室から職員室までは、そこそこ距離がある。

 職員室に着いてから書類を忘れたことに気付き、取りに帰ってまた持っていくとなると、かなり手間が掛かる。

 ついでに荷物も一緒に持って行っておけば、書類を出してすぐに帰れるだろう。

 そんな気持ちから、私は早足で階段を下り、角を曲がろうとした。


「――なんで結城さんと話すの?」


 その時、角を曲がった先から、そんな声がした。

 突然のことに、私は咄嗟に足を止め、壁の影に隠れる。

 ……私の話をしている……?


「なんで、って……なんで急にそんなことを聞くの?」

「分かんないの? 今、あの人のこと、皆で無視しようぜーってなってるじゃん」

「結城さんと話してると、山谷さんも無視られちゃうよ?」


 顔の見えぬ女子の声に、鼓動が速まるのを感じた。

 被害妄想かもしれない。そんな、ほんの僅かな希望が潰えていくのを感じる。

 高まる心臓の音を聴きながら、私はさらに耳を澄ます。

 怖かったけど……山谷さんの返答が、気になったから。


「私……ああいう可哀想な人、放っておけないんだよね」


 ……聞き慣れた大切な声が……そう答えた。

 その言葉に、私は、頭の中が真っ白になっていくのを感じた。

 ……可哀想……?

 可哀想って……何……?

 ……私のこと……?


「えー……何それ」

「だって可哀想じゃん。あんな見た目になって、クラスのみーんなから無視されて……私が見捨てたらあの人……死んじゃうよ?」

「うわぁ、あり得る……」

「自殺とかされたら嫌じゃない? クラスで自殺とかあったら、色々大変でしょ? 親呼ばれたりマスコミ来たり……」


 饒舌に語る山谷さんの言葉に、話していた女子数名は同意するような声を上げる。

 ……アイツ等は……誰と話しているんだ……?

 こんな奴……こんなことを言う奴を……私は知らない……。


「本当は私だって嫌だよ? あの人の相手するの。でも……自殺されたらもっと面倒なことになるでしょ?」

「なるほどなぁ……偉いねぇ」

「でもよく耐えれるね。私なんて同じ空間にいるだけでも反吐が出そうになるのに」

「分かる。ってかさぁ、あの人の素顔見たことある?」

「無いけど……男子から何となくは聞いたよ。片目の化け物だ~とか何とか」

「そんなものじゃないって。あのさ、左目のところがマジで何も無いの。凹凸も一切無いまっさら」

「うっわ……それで必死に隠してんのか……」

「アイツそれで良く生きてるよね~。私ならすぐにでも死んでるわ」

「同じく。ていうか、正直私達に迷惑掛けない形で死んでほしいよね。事故とかで」

「……ハァッ……」


 ずっと息を殺して聞き耳を立てていたが……限界だった。

 過呼吸になった私は、そのままその場にへたり込み、何度も荒い呼吸を繰り返す。

 見つかることを気にする余裕も無く、喉に手を当てて、何度も呼吸をする。

 苦しい。苦しくて苦しくて仕方が無い。

 信じていた山谷さんに裏切られた苦しみ。奴等の会話の中で出てきた鋭い言葉。

 それ等が私の心を突き刺し、身を切り裂く。


「……神奈ちゃん……」


 私の過呼吸の音が聴こえたのか、壁の方から顔を出した山谷さんが、小さく私の名を呼ぶ。

 彼女の後ろからは、他の女子数名も顔を覗かせ、私を見ている。

 ……白々しい。

 ついさっきまで饒舌に私の悪口を話していたくせに……白々しいッ!


「……安心……してよ……」


 呼吸が少し落ち着いてきたのを感じ、私はそう言いながら、山谷さんを見つめ返す。

 彼女は、しばらく心配そうに私を見つめていたが、私の持っている書類と鞄を見て目を見開く。


「……まさか、さっきの会話……」

「……山谷さんに……見捨て、られても……私は……死なないよ……」


 続けた私の言葉に、山谷さんはハッと目を丸くした。

 それに私は精一杯笑い返し、続けた。


「だから……無理して優しくしなくても良いよ」


 迷惑だから、と。

 荒い呼吸混じりに、私は山谷さんにそう言ってやった。

この小説を書いている時に山谷さんと打とうとしたら「山たん」になりました。

可愛いね、山たん。

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