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102/124

102:私が見えるの?

 テレビの出来事から、さらに一週間が経過した。

 あの出来事は、私の心に大きな傷を負わせた。

 その結果、私はさらに心を閉ざすようになり、最早眼帯を人前で外すことなど全く出来なくなっていた。

 検査の為に、嫌でも毎日の健康検査の際に医者の人に見せなければならなかったが、それ以外の人には見せられなかった。

 あのテレビ曰く、私の左目は相当気味の悪いものらしい。

 絶句し、哀れまれるくらいには……可哀想なものらしい。


「……気持ち悪い……か……」


 手鏡に映し出された自分の顔を見つめながら、私は呟く。

 一人の時でも、誰が入って来るか分からないので、眼帯は外せなかった。

 火傷も大分治ってきて、近々退院出来るらしい。


 ……退院したら……これから私はどうなるのだろう。

 学校に行く? ……この顔で?


 こんな顔、誰にも見せたくない。

 家族や病院の人にはすでに見せているから良いけど、それ以外の人には見せたくなかった。

 もう、外に出たくない。こんな顔見せたくない。

 叶うなら、今すぐ左目を戻して欲しかった。

 だけど、私の願いは叶わない。

 叶わないどころか……どうやら、私は神様に嫌われているらしかった。


「……髪が……」


 鏡を見つめながら、私は小さく呟く。

 髪の毛の色が……少しだけ、薄くなっている気がする。

 真っ黒だった髪が、黒みの強い灰色になっている。

 というか、急激に白髪が増えている。


 最初は、ストレスで一時的に白髪が増えたのだと思っていた。

 しかし、日を追うごとに髪はどんどん白くなっていき、髪の変化に気づいてから数日程経過した頃には真っ白になっていた。

 医者も最初はストレスによるものだと思っていたようだが、流石に異常事態だと判断したらしく、すぐさま検査した。


 その検査結果によると、髪が白くなった原因は、ストレスと薬によるものらしかった。

 テレビの出来事や、両親を失ったことによる過度のストレスに、服用していた薬が反応してしまったらしい。

 その結果、髪が真っ白になったのだとか。


 ストレスによるものであれば一時的なものらしいが、薬も関係しているために、どれくらいの期間髪が白いままなのか不明らしい。

 もしかしたら、一生このまま……という可能性も、視野に入れておいた方が良いとのこと。


 ……私は、何か罪を犯してしまったのだろうか。

 まるで贖罪と云わんばかりに、次々と私から色々な物が奪われていく。

 両親、目、髪色。

 次は何が奪われるのかな。命かな? 別に、それならそれで構わない。

 こんな体で生きていくくらいなら、死んだ方が……。


 ……いや、死んだらダメだ。

 両親が命がけで救ってくれた命を、終わらせるわけにはいかない。

 たとえどんなに辛くても、私は生き続けなければいけない。


「……死にたい……」


 けど、ふと気を抜くと、そう呟いてしまう。

 大好きだった両親を失って、左目を無くして、髪色もこんな風になってしまった。

 もう、普通の生活を送るなんてこと、出来るはずがない。


 死にたい。死んで楽になってしまいたい。

 でも、私は死ねない。

 両親が命を張って救ってくれた命。

 両親を慕っていた人たちの悲しみ。

 それらを全て背負って、私は生きていかなければならない。


 でも……苦しいよ。

 もう嫌だ。

 生きたくない。

 楽になりたい。


「お姉ちゃん、泣いてるの?」


 ずっと一人で考えていた時……声がした。

 それに、私はゆっくりと顔を上げた。


「……誰……?」

「わ、お姉ちゃん、私が見えるの?」


 つい聞き返すと、目の前にいた女の子は目を丸くしながらそう答えた。

 年齢的に……小学生に行くか行かないかくらいの年齢では無いだろうか。

 髪を二つ結びにしており、病院服を着た女の子。

 彼女は私のベッドに手をつき、不思議そうに私を見上げている。


「見えるって……当たり前じゃない。それより、貴方はどこから来たの? 迷子?」


 私はそう聞きながら、女の子の頭に手を伸ばす。

 こんな気持ち悪い見た目をした相手に、よく臆せず話しかけてくれるものだ。

 純粋無垢な存在がうれしかったので、その感謝を込めて、目の前にいる少女の頭を撫でようとした。


 しかし、私の手は、少女の頭を擦り抜けた。


「……え?」

「結城さん。お昼ご飯をお持ちしました」


 声がして、私はハッと顔を上げる。

 するとそこには、私の昼食が乗ったトレイを持った看護師さんがこちらに歩いてきていた。


「あ、あの……この子、迷子みたいで……良かったら病室に帰してあげてくれませんか?」


 私は慌ててそう言いながら、傍にいる女の子を手で示す。

 言いながらも、心臓はバクバクだった。

 今……女の子の頭を、手が擦り抜けたよね……?

 疲れているのかもしれない。どちらにせよ、入院中の女の子を私なんかの傍に置いといて良いはずがない。さっさと帰してあげるべきだ。


「えっ……?」


 しかし、私の言葉に、看護師さんはその表情を引きつらせながら聞き返してくる。

 彼女の言葉に、私は慌てて続けた。


「いや……ここにいる女の子ですよ。迷子ですよね?」

「えっと……何を言っているんですか?」


 私の説明に、看護師さんは引きつった表情のままでそう答える。

 それに、少女をだっこして良く見せようとしたときのことだった。


「女の子なんていないじゃないですか」


 看護師さんの言葉と、私の両手が女の子の体を擦り抜けるのは、ほとんど同時のことだった。

 ……え……?


「えっと……」

「あの……先生呼んで来ますねっ!」


 困惑している間に、看護師さんは慌てた様子で言い、トレイを置いてパタパタと早足で病室を後にした。

 その光景を横目に、私は、ベッドの傍に立つ女の子に視線を向けた。

 すると、彼女もキョトンとした表情で私の顔を見上げた。


 軋んだ歯車は、戻らない。

 一度壊れた日常は、あとはもう、音を立てて崩れ落ちていくのみ。

 平穏な日常は、ただひたすら遠退いていく。

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