表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
101/124

101:助かった気持ち

 肌の移植手術は、無事に成功した。

 焼け爛れた左目部分は、まるで汚いものに蓋をするかのように、綺麗に皮膚の蓋が被せられた。

 ほかにも、火傷が酷い箇所にも皮膚が移植され、目立たないようになった。

 よく見ると微妙に色が違ったりもするけれど、逆に言えば、よく見ないと分からない範疇だ。


 ……けど、どれだけ私の皮膚が治ったとしても、私の左目は戻らない。

 皮膚が移植されたことにより、私の顔の左半分は、まるでのっぺらぼうのようだった。

 左目があった場所を、少し薄い色の皮膚が覆い、のっぺりとした平坦な顔がそこに存在していた。


「……はぁ……」


 手鏡で自分の顔を見ながら、私は溜息をついた。

 何度自分の顔を見ても、左目が返って来ることはない。

 今までより半分狭いその視界に、未だに慣れることは出来そうになかった。


「神奈ちゃん、ちょっと良いかい?」


 いつものように絶望していた時、叔父さんがそう言いながら病室に入って来た。

 彼の言葉に、私は手鏡をすぐ傍の棚の上に置いて「何ですか?」と尋ねた。

 すると、彼は続けた。


「実は、テレビ局の人が神奈ちゃんに取材したいらしいんだ」

「……テレビ局……?」

「あぁ。……あの事故の生存者に、話が聞きたいらしいんだ」


 その言葉に、少し胸がざわついた。

 ……あの事故のことは……もう忘れたい。

 忘れられるはずがないけれど……もう、思い出したくないのに……。

 何も言えずに押し黙っていると、叔父さんは続けた。


「もちろん、神奈ちゃんが辛いなら、断っても良い。……どうかな?」

「私は……」


 叔父さんの言葉に、私は小さく口ごもる。

 思い出したくもないことだけど……どうせ、忘れることなど出来ないのだ。

 きっと、これからずっと、事故について思い出して苦しむことが多々あるだろう。

 それならいっそ……この苦しみを、少しでも多くの人に知って貰いたい。


「……分かりました。受けます」

「そっか……じゃあ、テレビ局の方にはそう伝えておくよ」


 叔父さんはそれだけ言って、病室から出て行った。

 それから少しして、テレビ取材の日程が決まったと聞いた。

 取材も十分くらいの簡単なものだし、顔も名前も出さないで良いとのことだった。

 今の顔を身内以外に見られるのは嫌だったので、当日は眼帯を付けておくことにした。


 眼帯を付けていると、その下に目があるような気持ちになって、少しだけ安心した。

 左目も隠せるし、一石二鳥だと思った。


 そして、取材の日になった。


「それじゃあ、結城神奈さん。本日はよろしくお願いします」


 記者らしき男性の言葉に、私は「よろしくお願いします」と返した。

 病室には、取材の為に何人かのスタッフと、割と本格的な道具が持ち込まれていた。

 ゴツゴツしたカメラを三脚のようなモノに立て、大きなレンズは私に向けられていた。

 声を収録する為のモノなのか、カメラにはコードでマイクが接続され、記者らしき男性が持って私に向けていた。


 取材だし、病室じゃなくてロビーとかの方が良いのではないかと思ったが、他の患者さんの迷惑になるしここで良いと言われた。

 それどころか、病室のベッドに座ったままの状態だ。

 ……なんか、少し変な気がする……気のせいかな……。


「今回の取材は、一か月前の飛行機墜落事故の被害者は今、ということで、事故にあった方々の現状を伝えるためのものです。簡単な取材しかしないので、気楽にしていて大丈夫ですよ」

「わ、わかりました……」


 優しい口調で言う記者の言葉に、私はそう小さく答えた。

 ……被害者……か……。

 よく分からないけど、なんとなく、その言葉が刺さった。

 けど、それについて考えるまもなく、取材が始まった。


 聞かれたことは、事故の状況と、あれからどうなったのかの簡単な説明だった。

 事故のことは出来るだけ思い出したくなかったけど、何とか話すことは出来た。

 話している最中は記者さんも興味深そうにしていたが、話し終えると、なんだか不服そうな表情になった。

 何だろうと思っていると、記者さんは口を開いた。


「……そういえば、神奈さんのお父さんって、結城大月なんだよね? あの、有名な小説家の」

「え? はい」

「僕は、実は大月先生の大ファンでね。君のお父さんの作品も、良く読んでいたよ」


 笑顔で言う記者さんに、私は、彼が何を言いたいのかが分からずに呆ける。

 すると、彼は続けた。


「僕だけじゃないさ。きっと、大月先生の数多くのファンも皆、彼の死を惜しんでいるだろう」

「……何を……」

「あと……お母さんは、小学校で音楽の先生をしていたんだってね。綺麗なピアノ演奏と歌声が生徒に好評で、彼女を慕う生徒は多かったらしいね」


 記者の言葉に、私は俯いたまま固まった。

 ドクンッ……ドクンッ……と、心臓が強く脈打つのを感じる。

 嫌な汗が体中から噴き出し、私の焦燥を駆り立てる。

 何も言えずにいると、記者はどこか意地の悪い笑みを浮かべ、カメラと接続されたマイクを私に近付けながら続けた。


「そんな両親の命と引き換えに自分だけ助かった気持ちはどうなのかな?」


 その言葉に、私は自分の心臓の裏が撫でられるような感触を覚えた。


「私は……」


 布団をギュッと握り締め、私は口ごもる。

 数多くの人に愛されていたお父さんとお母さんを……私は殺した……?

 二人が私を庇ってくれたから、私は生き残った。

 もしも二人がいなければ、私も、今頃……。

 でも……。


「わ……私はッ……」


 記者に改めて聞かれ、一気に罪悪感が胸中を駆け巡る。

 あぁ、涙が込み上げそうだ。

 私は必死に涙を堪えながら、続けた。


「私は……おとう、さんとッ……おか、さんのッ……分まで……立派にッ……生きてッ……」


 結局堪え切れず、涙がボロボロと零れる。

 その嗚咽で途切れ途切れになりながらも、上手く纏まらない言葉を紡いでいく。

 なんとか言いきった後で涙を拭っていた時、つい癖で手が左目部分に当たり、眼帯が落ちた。


「あっ……すみません……あの、眼帯の下は見られたくないので……この映像は、使わないで、欲しいんですけど……」


 私は記者さんに謝りながら、眼帯を拾う。

 すると、彼は優しく微笑んだ。


「……ありがとうございました。またオンエアの日程が決まったら連絡します」


 彼の言葉に、私は「はい」と答えて、頷いた。

 それから私のインタビューの映像がテレビで放映されたのは、一週間後のことだった。


 ……その映像は、私にとって大きな衝撃だった。

 まず、放映された番組は、飛行機事故に遭った被害者や、その遺族に迫るもの。

 私は若くして事故に遭い、両親を失った悲劇の少女として取り扱われていた。


 ……まず、私は歩けないことにされていた。

 事故の後遺症で、下半身不随になったことにされていた。

 その上、インタビュー中の号泣も、記者さんの質問によるものではなく……私が、両親のことを思い出して、勝手に泣き出したような映像だった。


 オマケに、私が眼帯を落とした部分すら放映されていた。

 私の左目を見た時の、映像を見ていた芸能人達の反応は忘れられない。

 まるで気味の悪いものを見たような、「うわっ」ていう……短い反応。

 汚らしいものを見たような目、異常なものを見たような声。


 ……なんでそんな反応をされなければいけないんだ。

 そんな反応をされて……私はどうすれば良いんだ……ッ!

 この左目は、どんなに頑張っても、戻って来ないのにッ!

 何も知らないくせに……私の心を、そんなに無造作に傷付けないでくれ……。


 これ以上見ていられなくて、私はテレビを切った。

 それ以来、私が自分からテレビを点けることは無かった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ