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異世界ツーリング  作者: おにぎり
第八章~ケセラセラ
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二年と67日目

8・17 二話目

2年と67日目


 昨日、宮廷から帰ってきたキルマウスは、疲れた顔をして伊勢とアールを部屋に呼んだ。


「お前らは何だ?バカなのか?賢いのか?両方か?本当に殺すつもりだったな?」

「さあ、どうでしょうね…」

 伊勢はそう言ってとぼけておいた。本当の所、伊勢にも良くわからないのである。ただ、銃を持っていたから、いつでも殺す事は出来ただろう。

 物騒な事だ。これっきりにしたい。

「もういい…。一応のカタはついたとの事だ。お前らはもう好きにしろ。俺は疲れた。寝る。出てけ」

 そう言って彼は伊勢たちを部屋から追い出したのであった。たぶん、ウンザリしたのであろう。伊勢にも、気持ちは分からなくもない。

 


 今日の朝、伊勢はいつも通りに目覚めると、いつも通り剣を振って朝練をした。

 アールはいつも通り、飯盒で飯を炊いた。

 いつも通りに、味噌汁と白米の朝ご飯を食べた。

 いつも通りに、ご飯は美味かった。

 いつも通りに、味噌汁は濃い。

 

 久しぶりのいつも通りだ。実に嬉しい。

「ふふ、相棒、おいしいですか?」

「ん、まんざらでもないよ?」

「そうですか。ふふ」

 この会話も久しぶりな気がする。

 二人だけのいつも通りというのは、最近では無かった事だ。伊勢は、まんざらでもない気になった。


「せっかく帝都に来たんだから、何かしたい事はあるか?」

「ボクはホラディー師のお墓詣りに行きたいです」

 以外だがアールらしい気もする。もちろん伊勢に嫌は無い。

「じゃあ行こう。ホラディー師の家に寄ってお墓を訊いていくか」

「はい、相棒」


 そういう事になった。


 二人だけで歩いていると、迷子になる事は確定した未来のため、セルジュ屋敷から道案内を借りてホラディー師の家に来た。

「こんにちはー」「こんにちは」

「はい。どちらさま…ああ!これはこれは」

 伊勢とアールの呼びかけに出てきたのは見覚えのある男である。当然ながら伊勢の脳細胞から名前は出てこない。老い、である。

「こんにちは、ホールスさん。お久しぶりです」

「私の名前などを覚えていて下さったとは…」

 さすがアールである。彼女の脳細胞的な何かは、常に若々しい。


「ホールスさん。ボク達はホラディー師のお墓参りに行きたいんです。場所を教えてもらえますか?」

「これはご丁寧に、ありがたい事です。私もご一緒いたします」

「いいんですか?」

「もちろんです。いま自操車を取ってきます」

 こちらこそありがたい事である。セルジュ屋敷の使用人を帰して、ホールスのオンボロ自操車に乗りこんだ。ホラディー師と同じくらい、古そうな車である。伊勢は自操車が道半ばで召されぬ事を、心から願うのみである。


 歴代皇帝の霊廟以外の墓地は、帝都の外壁の外にある。ホラディー師の墓もご多分に漏れない。家からは1時間くらいだ。


「ホールスさん、ホラディー師亡きあとの彼の学派って、どのような様子ですか?」

 伊勢の質問に、ホールスは話にくそうである。しばらく逡巡した後に口を開いた。

「イセ様、あなたはもちろん異学派でしょうが、私は新医派です。ホラディー師の直弟子ですが、まあ…いろいろと」

「そうですか。ちょっと意外ですね。俺の事なら気にしないで良いですよ。別に新医派でも旧医派でも意趣は無いですから」

「ホラディー師もそう言っておられました」

 呟くように言って、ホールスは黙ってしまった。伊勢は特に、何を訊き出すつもりも無い。


「こちらです」

「ああ、さすがに立派なお墓ですね」

「ええ」

 ホラディー師の墓はとても立派であった。

 5m程の高さがある石の塔だ。生前のホラディー師の生き方からすると違和感が大きい。

「ホールスさん、ボク達は異国の出なので、しきたりを知らないんです。お参りの仕方を教えて下さい」

 伊勢とアールは教わったしきたりに倣って墓参りをした。


 滞り無く終わったので、それで帰る事にした。

「イセ様、ホラディー師のあの墓は、新医派の弟子たちが建てたのです」

 帰りの自操車を運転しながらホールスが言った。伊勢が言った「立派なお墓」という言葉が気になったのであろう。

「新医派の弟子たちは…師の事を信じすぎなのです」

「…それは神格化してるという事ですか?」

「はい」

 なるほど、伊勢には良くわかった気がした。

 帝都の異学派にはホラディー師を信奉する、急進的な人間が多いのかもしれない。ベフナーム先生が中心のファハーンとは違うのだ。


「ホールスさん。よかったらボク達に話してください。聞きますヨ?」

 アールが彼に助け船を出した。自分から口に出したという事は、ホールスは実はしゃべりたいのである。荷物を下ろしたいのだ。

 彼はまた少し逡巡すると、運転席で前を向いたまま、静かに話しだした。


「ホラディー師は急いではいましたが、焦ってはおられませんでした。新医派でも異学派でも好きにしろ、と。そもそも区分けして呼んではおられませんでした。

 新医派は…極端なのです。曰く、師が言うのだから間違いない。曰く、新しい医学だから学ぶべきだ。

 そして、弟子なのに異学派では無い者を糾弾するのです。なぜ師に従わないのか、と。

 彼らは学者ではなく…ただの信奉者です。」


 医学というのは検証の難しい学問だと伊勢は思う。膨大なサンプルデータが必要だからだ。この国の場合は今まで紙が無かったし、人体の解剖が出来ないから、特に難しい。

 そのくせ、患者を扱うという責任の重さがある。何かを信じたくなる気持ちは、伊勢にも、なんとなくわかる気がする。

 正確に言えば、この世界の医学は「学問」では無いのだ。

 現代日本だって、「A先生の言う事だから正しい」というような事は多いだろう。

 医者は学者や技術者じゃなくて単なる職人だ、と言っていた現役医師もいるくらいだ。


 ホラディー師の晩年の知識を継いでいるのは異学派だと、伊勢は思う。一方、ホールスのような新医派は、ホラディー師の心を継いでいるのかもしれない。

 どっちもどっちだ。どちらも足りないのだ。


「ボクはどっちでもいいと思いますヨ?おんなじです。」

「え?」

 ホールスはきょとんとしている。

「ホラディー師は区別して無かったんでしょう?それなら、おんなじですヨ。異学派も新医派も、単なる弟子ですヨ」

「でも…学説が違います」

「ホールスさんは学者なんだから、自分で研究して、正しい理論を唱えればいいんですヨ」

 アールの言うのは正論だと伊勢は思った。


「ホールスさん。学問てのは…新たな仮説を徹底的に叩きながら、真正面から検証して積み上げていくものだと思うんです。

 私は…まあ異学派の発端ですけど、新しいモノは大概間違ってますからね。

 あなたが自分なりに検証してから、学説を採用してくれればいいと思います。別に『信じる』必要なんかないんですから。」

 本当の意味では学徒と呼べない伊勢がいうのもおこがましくはある。だが、間違ってもいないだろう。


 ホールスは少し考え込んだようだ。ホラディー師の言葉を反芻しているのかもしれない。

「前に相棒が言ってました。『死んでも終わらない』って。きっと、ホラディー師も死んでも終わりませんヨ」

「そうですか」

 それっきり、ホールスは黙ってしまった。


 ホールスが何を感じたかは伊勢にもアールにもわからない。

 ただ、必死で考え込んでいる後姿を見れば、ホラディー師が遺した何かが彼の中に宿っていて、それが―――


――ガンッ


「おいっ!アンタもかっ!」

「す、すいません!」


 道端の岩に当った車輪は見事に砕けていた。


 この国の学者たちが心配になる伊勢なのであった。





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