表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異世界ツーリング  作者: おにぎり
第七章~師弟
95/135

二年と61~64日目

二年と61日目


 昨日の押し込みのあと、伊勢はザンドの店から警邏隊に連行されていった。取り調べを受けるためであるが、あくまで形式的なものだ。この国では人治主義がまかり通っているので、ファハーンでのキルマウス組長の影響力は極めて大きいのだ。この地方最大の部族長に逆らう事など、誰にも出来ぬ。


 一応は縄を打たれて連行されたが、警邏隊本部に行っても何も質問されず、適当な部屋を与えられて寝ただけである。これでいいのか極めて疑問だが、伊勢はあえて考えない事にした。ロスタムは助かったのだし。


 翌日の早朝、伊勢はさっそく家に帰された。家の周りを数周歩いてみたが、探知魔法には何も引っかからなかったので一安心。家に入って、休む事にした。

「ただいまー」

「兄貴!」

「旦那!」

「ミスターイセ!」

「イセ!」

「……おかえり…」


 皆が心配そうに駆け寄ってきたが、何も尋問されていないので、伊勢としてはどうにもバツが悪い。しかも鍛冶屋の親父と弟子たちまでいるのだ。

「ああ、心配かけたな、みんな。俺は大丈夫だ。ファリド、ビジャン、ありがとう。おかげでロスタムが助かった。親父も本当にありがとう。この家を守ってくれて」

 結局みんなそろって朝飯を食う事になった。総勢17名、居間が広くて、これほど嬉しい事は無い。


 アールはまだザンドの店でロスタムの看病をしている。あのまま一晩、寝かせる事にしたのだ。本日中に骨折部分に仮骨を形成させて、モラディヤーン家に移す予定である。


 朝飯を食べた後、親父と弟子たちを送り出して、伊勢はロスタムの見舞いに出る事にした。同時にキルマウスへ今後の予定の伺いを立てなくてはならない。

 昨日の今日である。そのくせ、あんなに血なまぐさい事があったとは思えないくらいに、街はいつも通りだ。きっと、そんなものなのだろう。伊勢には違和感があるが、この違和感も3日もたてば消えるのだろう。


 伊勢がザンドの店に顔を出すと、警邏隊の兵士が出迎えてくれた。彼らはなんとなく事情を知っているから、伊勢に対しては好意的だ。すぐにロスタムの寝ている部屋に通してくれた。


 彼は起きていた。

「アール、ロスタム」

「おはようございます、相棒」

「師匠!」

 ああ、随分よさそうだ。

「どうだ調子は」

「神経は大丈夫そうです。指の感触もあるし、動かす事も出来ます。足の方も」

 伊勢はホッとした。動脈と神経は骨の周囲にあったように記憶していた。大規模な骨折をすると、神経が破断するのではないかと恐れていたのである。


「骨はレイラーさんとボクが繋ぎますから、骨はすぐ治りますヨ」

 伊勢の場合、右腕前腕の単純骨折で彼女たちの治療を受け、仮骨は5時間で形成された。ロスタムの場合は、もう少し時間がかかるだろう。開放骨折だけは、すぐに処置してある。

「はい。もう大丈夫です。…師匠…すいませんでした」

「なにがだ」

「俺はこの店が双樹帝国の品を扱ってると知ってました…」

「いつからだ?」

「昼飯屋の昼食を運ぶようになって二月目くらいです…甘く見ました」

 ロスタムは本当に甘かったのだ。死ぬところだった。だが、フィラーに昼食を運ぶ事を、どうしてもやめられなかったのだろう。そう言えば、熱中症の治療の時に見た彼女の体は、かなり痩せていた。今は、それほどでもないように見える。


「ザンド・ナイヤーンは俺が殺したよ。お前を酷い目にあわせた奴は、俺達が全員殺した。」

「…そう、ですか。…フィラーは、大丈夫ですか?」

「さっきボクが診てきました。大丈夫ですヨ」

「ああ、ああ、よかった…」

 心底ほっとした顔を見せるロスタム。伊勢は、この顔を見たら叱る気も失せてきた。…まあ、叱るのはもう少しよくなってからでいいか。


「ロスタム」

「はい」

「よくやったな。さすが俺の弟子だ」

「はい、師匠」

 その程度の言葉でコイツには十分だ。

 ほら、ロスタムだって誇らしげである。


「ところでアール、キルマウス様と帝都に行く事になった。…時間をかけたくないから、お前さえよければタンデムを提案してみようと思うがいいか?」

 自操車では急いでも14日かかるのだ。馬でも10日。アールなら頑張れば一日である。ただ…キルマウスを後ろに乗せるのは…なぜか伊勢としても忸怩たるものがある。

「ロスタム君の骨の治療が終わってからならいいですヨ」

「もちろんだ、ありがとう」

「ボクは相棒ですヨ」

「うん、でも、まあ、ありがとう」

「はい」

 アールは「仕方ないなぁ」という表情で、笑った。

 伊勢が初めて見る表情だ。


^^^

「俺にアールに乗って行けと言うのか?いやダメだろう?いいのか?大丈夫なのか?お前はバカか?」

 いつも豪放磊落なキルマウスが、今回に限っては弱気であった。何か悪い物でも食べたのだろうか。

「何が問題なのでしょうか?一日か二日で着きますが…」

「だってお前…俺がアールになんか乗れるわけ無いだろうが!!バカが!俺をバカにしてるのか?!」

 …なるほど、そこをこの人は気にしているわけか。この人、結構ちゃんとしてるな、などと伊勢は思った。少なくともキルマウスはアールを女性としてとらえてるわけだ。


「キルマウス様の御懸念はわかりました。半分当たりで半分外れですが…まんざらでもないですね。では…折衷案として、アールの横に車をつけると言うのは?そこに閣下が乗られるという形ではいかがですか?」

 サイドカーである。


「あ?おい。それ、いいな。よし、それで行こう!面白そうだ!お前とアールがいれば護衛なんぞいらん。よし、金を出そう。持っていけ。」

 いきなり乗り気になって、金まで伊勢に下げ渡してきた。単純な男である。最近のキルマウスはストレスがたまっているようで、行動が極端に走っている気がする。少し心配だが、組長の精神を一構成員が推し量っても、手だしのしようは無い。

 そもそもストレスの原因の半ばは伊勢たちなのである。いまさら心配してもマッチポンプなのである。


 キルマウスは背もたれに体を預けると、ひとつ嘆息しで続けた。

「双樹帝国の事だがな。どうなるか分からん。向こう次第だな。この街の他のエルフには監視をつけている。まあ二人しかいないがな。話が漏れる事は無い。うやむやに出来れば勝ちだ。あちらにも非がある事を認めさせれば…何とかなるかもな。俺にはわからん。交易がどうなるかもわからん。しらん。」

 いつになく弱気である。キルマウスにも届かない次元の話なのだろう。


 双樹帝国とアルバール帝国には、あまり活発でないものの国交と交易がある。直接に国境が接しているわけではないのだ。

 かの国はエルフによって統治される中央集権国家だ。支配領域は長江流域を中心に形成され、北は黄河まで、南はインドシナに届かないくらい、西はチベットの高原まで。広大な版図を持つ、アルバールより強力な国家だ。気候的な優位があるので、生産性だってアルバールより遥かに高い。


 人間とエルフの比率は9:1くらいではないか、と伊勢は聞いている。愚民化政策を取り、人間はひとしく愚かで、ほぼ全員が農奴である。学問や軍事、その他の技術とあらゆる富はエルフが独占し、人間はワーカー未満。エルフにとっての人間は、ただの汎用機械なのである。

 人間の1.5倍ほどの寿命を持つ種族が統治すると、そういう事になるらしい。長い寿命というのは安定をもたらす。社会性の動物にとって、この上無いアドバンテージになるのだろう。


 モングの事を考えると、揉めたくは無い相手だ。彼らがモングの後背をつけば、アルバールは非常に楽になる。


「グダードには諸事を処理して3日後に発つぞ。準備しておけ。余計なものはいらん。俺は一番偉いエルフの首だけ持って行く。」

「わかりました」

 首と一緒にツーリングなど勘弁してもらいたいが、上司に嫌とは言えない。組織人の悲哀を噛みしめる伊勢なのであった。


^^^

二年と64日目


 ロスタムの骨は一応つながった。昨日の夕方に家に戻ってきている。まだ歩いたり、腕を使ったりは出来ないものの、もう心配はないだろう。

 体の傷はまだ癒えていないし、跡もたくさん残るだろう。

 だがロスタムは男である。口には出せないが、彼は伊勢の知る中でも有数の男なのである。骨は折れても彼の心は折れない。折れたとしても俺がまた繋いでやる。伊勢はそう思っている。


 ザンド・ナイヤーンの所にいたフィラーは、ロスタムと一緒に、当然のように連れてきた。盗んだ、とも言えるが、すでに伊勢の奴隷として役所に登録してあるので、書類上は全く問題は無い。彼女の顔はまだ傷だらけだが、腕の使えないロスタムを献身的に看病している。

 伊勢とアール、ロスタム、マルヤム、セシリー、ファリド、ビジャン、そしてフィラー。

 どんどんこの家の家族が増えていく事に、伊勢の胃はプレッシャーを感じている。だが、これはこれで自然なのだと、そうも思う。

 ケセラセラ、だ。


 ところで…

「うん。やはり何度見てもダサいな」

「え?!そんなにダメですか?!」

 ダサい。カリカリのスポーツバイクに側車が付くというのは、限りなくダサく伊勢には感じられる。台無しである。

 ビジャンを乗せてテストしているので、すでに見なれているのだが、ダサい。


「そう、ですか。じゃあもう少しカウルを尖らせてみますか?」

「いや、これでいいよ」

 カウルの形とか、そういう問題では無い気がする。失敗した料理に唐辛子を足すようなものだ。無駄である。

「え?!だって…ボクも恰好悪いのは嫌ですヨ…」

 アールはそう言って、変形チートで先端を尖らせたカウルを作った。伊勢はそれを側車に装着してみた。やはり無駄な足掻きであった。ダサいものはダサい。

「ああ、うん。さっきより良いんじゃないかな?だいぶ良くなったよ」

「…はい、相棒」

 バレている。伊勢の下手くそなフォローなど、完全に見透かされているのであった。相棒との以心伝心も善し悪しなのである。


 微妙に落ち込んでいるアールのタンクをポンポンと叩き、伊勢は給油口を開けて、鉄鉱石と木片を突っ込んだ。原料の補充である。

 補充が終わると、アールは変形チートでフレームから側車を切り離し、人型に戻った。

「相棒…これっきりにしましょう…これならタンデムの方がマシです」

 口をとんがらせて、珍しくアールが落ち込んでいる。

「あ、ああ。ごめん…」

「まあいいです。ボクはお昼ご飯の準備をしてきますヨ」

 彼女は小首をかしげてクルリと表情を切り替えると、厨房の方に歩いていった。伊勢はホッと胸をなでおろした。怒った女はモングより怖いのだ。

 側車にゴムで巻いた鉄製の車輪をつけ、稲藁のクッションを敷く。これで終わりだ。キルマウスの尻は乗馬により強化されているから、問題はなかろう。根性で耐えてもらう。



 居間にそろってみんなで食事を始めた時に、キルマウスがいきなりやって来た。組長襲来である。

「来たぞ。俺も貰うぞ」

 付き人を庭に置き去りにして、勝手に家に入ると、勝手に椅子を持ってきてテーブルの一角を占拠して、勝手に食べ始めた。まことに勝手な男である。この男の辞書に遠慮という言葉は存在しない。

「この肉は美味い!そこのパンを取れ。そこの酸っぱい漬物もだ。なかなか良い家だな。うちの家令も奮発したものだ。」

 …何かおかしい。


「キルマウス様?…この家は私が建てましたが…。セルジャーン家からは土地だけ借りています」

 伊勢のこの言葉を聞いてキルマウスの顔が真っ赤になった。赤信号である。

「イセ。家令を半殺しにする。帝都から帰ったら。すぐにだ。俺の恥だ」

「…やめて下さい。もう済んだ事です」

 恨みを買うのは伊勢である。名誉を大事にする国柄なので、恨みも深いのだ。本当にやめてもらいたい。

 キルマウスはそれきり黙って黙々と食べると、さっさとタバコを吸いにいった。彼は恥ずかしかったのだ。伊勢には何を言うつもりもない。


 食事が終われば出発である。

「じゃ、アール。頼む」

「はい、相棒」

 さっとアールがバイクに変化して、伊勢の持っている側車のアームを変形チートでフレームに抱え込んだ。

「キルマウス様、乗ってください」

「おお!すごい!これは格好良いな!素晴らしく美しい!尖ってるのが良い!」

 彼は戦闘用の房のついた革兜をかぶって、さっそく側車に乗り込んでいる。意気揚々である。


「ふふふ。相棒、聞きましたか!?わかる人にはわかるのですヨ!」

「お、おう…」

 伊勢はなんとも言及のしようが無い空気を全力でスル―した。

「じゃあ、みんな行ってくるよ」

 軽く手を振って、ご近所に出かけるつもりで。皆、そういうそぶりだ。

 居間の窓を見ると、ロスタムとフィラーが顔を出していた。伊勢は片手で軽く手を振る。彼らも、軽く振り返した。

 軽く。

 軽く。


 アールに乗りこんで、エンジンをかけ、そのまま出発する。

 帝都グダードまでは二日。

 途中で街道沿いの休憩所に一泊する予定。

 キルマウスを側車に乗せて旅をするとは思わなかった。

 だがそれも、


「ケセラセラ、だな」

「はい相棒、ケセラセラ、ですヨ」


 サイドカーは街道を順調に走っていった。





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ