二年と60日目-2
二年と60日目‐2
ザンド・ナイヤーンの屋敷兼店舗はレイラーの家から歩いて5分程度の所だった。数百メートルだ。
「よし。ありがとう、キルス。帰ってくれ」
「はい。神の祝福を」
巻き込まない為に、キルスを帰らせておく。
「聞け。作戦は無い。アールに扉をぶち破ってもらい、そこから侵入し、出てきた誰かを捕まえて、拷問して、一気にロスタムの居場所に向かう。それだけだ。間違ってたら、その時はその時だが…状況から言ってまず間違いないだろう。質問は?」
質問の声は上がらない。何もかもわからない状況なのだから、質問も出来ない。まあいい。
伊勢はヘルメットをかぶると、アールにGOを出した。
「よし、アール、やってくれ。」
「はい、相棒。思い切りいくからボクについてきて!」
アールは紅潮した顔を引き締めて、地面を踏みしめた。変形チートで斧と弓を背中に固定すると、ザンドの店に向かって、まっすぐに走っていく。彼女の脚は遅いが、遅いなりのトップスピードで扉に右肩からぶつかっていった。
―ドガン!
扉は何の抵抗も出来ずに吹き飛んだ。文字通り、200キロの鉄の塊をぶつけられたのだから当然である。
「うわぁあ?!」
アールは吹き飛んだ扉に足を取られて転び、ゴロゴロと店内を転がっていった。店内の色々なものを曳き倒し、破壊しながら、後方の壁に当たってようやく止まった。
「ファリド、ビジャン、ついてこい」
「「応!」」
大刀を抜き、アールの開けた突破口から伊勢を先頭として3人が入る。
「誰だ!!何だお前らは?!」
数名の従業員が店の奥から出てきた。まだ転がっているアールを除いた、こちらの3人が殺到する。囲まれる前に対処しなければならない。
伊勢はへっぴり腰で剣を突き出してくる従業員の手首に、刀の峰をたたきつけてぶち折った。素人とは言え刃物を持った相手を、怪我をさせずに取り押さえることなど、いかに技術を持っていようが難しい事だ。
次の奴は上からバレバレの軌道で振り下ろしてきた。軽くよけて、脛に峰を叩きつけた。
ファリドとビジャンも各々二人ずつを処理していた。完全武装の4級戦闘士たちに、素人が対峙するなど、どだい無理な話だ。
「よし、この部屋を確保しする。ファリドとビジャンは人が入ってこないように守れ」
「わかった兄貴」
伊勢は脛に剣をぶち込んだ従業員の髪の毛を掴むと、地面に強く押し付けた。コイツらがロスタムを…もう片方の足の膝に、二度三度と剣の峰を叩きつけた。男は満足に悲鳴を上げる事も出来ない。
「おいお前、うちのロスタムはどこにいる。体中の骨をバラバラにされる前に答えろ」
「ひい…」
「従業員さん、早く答えた方が良いですヨ…殺しますヨ。時間が無いんです」
アールがこんな事を言うなんて…いや、当然だな。なにもおかしくない。伊勢はなんとなく、そう思った。
「答えろ。…アール」
アールが男の手首を握った。徐々に力を込めていく。
「ううう、裏の蔵です!一番右!松明立ってます!」
「よし、やっぱり監禁してたか」
伊勢は男の顔を足の裏で二度踏みつけて昏倒させると、他の従業員を立たせて、盾にして歩きだした。
「相棒、ボクが前に出ます」
「頼む。ファリドとビジャンは後方を警戒しながら俺についてこい」
「「応!」」
硬いアールが前に出ていれば不意打ちされても問題ない。
探知魔法があっても不意打ちには対処できない。視線をこちらに向けていない相手は、探知が出来ないのだ。
「てめぇらなぶふぉぁ…」
後ろから襲ってきた従業員が、一瞬でビジャンの剣に頭を割られて死んだ。襲うなら黙って襲えばいいのだ、バカが…
「おらぁ!…えっ?」
横から出てきた奴隷っぽい男がアールに斬りかかった。彼女の首筋に剣を叩きつけたが、剣が折れた。
アールは男の頭を張り飛ばして、何事も無かったように進んでいく。運がよければ男は生きているだろう。いや、ダメだな…頭の形が変だ。
怖れをなしたか、襲ってくる奴は一人もいなくなった。
何の迷いも無くアールはまっすぐ進んでいき、すぐに店舗の裏に出た。松明が刺さっている目的の蔵はすぐに見つかった。特に動きは見られない。壁が厚くて音が聞こえていないのだろうか。
「アールあれだ。もう一回さっきのをやってくれ」
「相棒、蔵だけにあの扉は頑丈そうですから…普通にあけましょう」
それもそうだ。
伊勢の頭もしっかりと働いているようで、視野狭窄に陥っているのかもしれない。まあいい。早くロスタムを…
「わかった、ファリドは門扉を引っ張れ。アールを先頭に残りが突っ込む」
駆けよって、配置についた。アールは斧を、伊勢とファリドは剣を構える。
「……引くぞ…フン…」
ビジャンが重い扉を引いて、開いた隙間にアールがなめらかに入っていった。伊勢とファリドもすぐに続く。
油の明かりで照らされた中には数人の人影と…横たわる物体…ロスタム…
『何だおまぶぎゅ!』
アールが一番近くにいたエルフの男の胸に斧を叩きつけた。
「アールはロスタムを!!」
「はいっ!」
伊勢の指示を受けて、アールがロスタムの元へと動く。彼女の足は遅くても、敵の虚をついた上に距離が無い。まっすぐに辿り着き、ロスタムの横に立って敵を睥睨した。これでロスタムは大丈夫だ。
敵は動揺しているが、数人が対処しようと動いている。
伊勢は動きながらさっと見渡して、こちらに鞭をふって来た女エルフの懐に踏み込んだ。腹を存分につき上げた。
『あ痛ぁぁ!』
何が痛いだこのクソが!てめぇら全員ぶっ殺す!ロスタムを!
女の腹に刺した大刀を十分に抉ってから、つき倒して次の相手を…
「ふぐっ!」
伊勢はいきなり横にふきとばされ、壁に叩きつけられた…何が起きた?…魔法だ!
「うが…そ、その若いエルフは魔法師だ!ファリドはアールとかわれ!」
「応!」
壮年のエルフを切り殺したファリドがロスタムを守っていたアールと交代した。魔法師に対処できるとしたらアールだけだ。伊勢では勝てない。
飛ばされた伊勢の体は…動く。ヘルメットをかぶって無かったら、終わっていたかもしれない。
―ヴン
「がっ!」
入口付近からビジャンが矢を放ち、中年のエルフの腹に風穴を開けた。毒矢だから、放っておいてもすぐに死ぬ。他にファリドが一人片付けてるから、これで残り3人。
伊勢はあたふたしている奴隷の男に駆けより、首を切り割り、脊髄を断った。奴隷は糸を切られた人形のように、その場にくず折れた。
後は…ビジャンが中年の男を確保しているから、魔法師だけだ。
「アール、気をつけろ!」
「はいっ!」
アールは強い魔法で押してくるエルフに近づく事が出来ない。
魔法師のエルフも、200キロもある剛力のアールを押し返す事が出来ない。魔法で殴っても効かず、彼女の四肢をへし折るほどの力も無い。
膠着している。
「ファリド、ビジャン、矢を放て!!」
すぐにアール以外の3人が矢を放つが、魔法師の体からそらされて当てる事が出来ない…クソッ!
「相棒!ボクだけで大丈夫っ!」
そう言うとアールは四つん這いになった。変形チートで手足にスパイクを生やし、ガツン、ガツンと、一歩一歩、床に打ちこみながら、ゆっくりと前進し出した。
「ひ、ひぃぃぃっ!」
魔法師は恐慌に駆られて幾度となく力を放つ。
アールは屈しない。四つん這いのまま、徐々に、ゆっくりと近づき…隅に追い詰めた魔法師の足首をその手に捉えた。
間髪いれずに握りつぶす。
「あがぁっぁぁぁぁっ!」
アールは倒れた魔法師にのしかかり、腹を殴った。魔法師は声も出さずに、口から血を噴き出して死んだ。
ロスタムは…
「ロスタム!!」
酷いありさまだ。生きて、いるのか?
「ロスタム…お前は…俺は…」
伊勢はロスタムの横に膝をついた。
……生きてる。
「し…師匠。だいじょうぶです…俺は大丈夫…内臓と頭は無事です…」
ロスタムが、いきてる。いきてる。
でも、酷過ぎる。
「ファリド!レイラー呼んでこい!!早くしろ!行け!行け!」
「応!」
ファリドが駆けだしていった。
レイラーならこんな傷はすぐに治せる。きっと。
「師匠…演技が効果ありました…」
「…何の事だ?」
ロスタムは伊勢の顔を見て笑った。
「拷問受けたら、弱ってるふりしろって…そのおかげで助かりました…師匠のおかげです」
ああ…あんなのは昔読んだSASの元隊員の本に書いてあった事を、戯れ混じりに言っただけだ。本当に、それが役に立ったというのか。何でこいつはそんな事を覚えてるんだ…
「師匠…フィラーが大丈夫か…確認してください…」
ロスタムの声がしっかりしてきた。
コイツは、なんてやつだ。
伊勢は、体の中にロスタムから何かが入ってくる気がした。もちろん気のせいだ。だが、それでもいい。
「ビジャン、湯を沸かして運んできてくれ。普通の水もすぐに持ってこさせろ。抵抗する奴はどんどん殺せ。」
「……わかった…」
「アールは綺麗な布を。…ああ、チートで俺のワイシャツを使え。アレが一番綺麗だ」
「はい、相棒」
「消毒液と応急処置セットも。ロスタムを見ててくれ。俺はフィラーを。」
「はい。相棒、ロスタム君は助かりました」
「師匠…ありがとうございます…師匠とアールさんなら来てくれると…」
「当たり前だ。お前は俺の弟子だからな」
「はい」
ロスタムは両腕と片足が折れて体は傷だらけだ。鼻も折れてる。
だが生きている。
ロスタムは生きている。
コイツは俺なんかを信じてる。
コイツが伊勢修一郎の弟子なんだ。
こんなすごい奴が。
すごいことだ。




