一年と357日目
一年と357日目
―バンッ…―バンッ…―ガチッ…―バンッ…―ガチッ…―バンッ
砂漠に銃声が響きわたる。
「相棒、どうですか?」
「うーん、結構発熱するなあ…連続発射は怖いかもしれないね。シリンダーをもっと肉厚にして、熱容量稼いでも良かったかも。それに、もっと小口径で良かったかもね」
「あと、遅発が怖いですね。単に不発なら良いですけど」
「ああ。ヘタしたら手が吹き飛んじゃうからな…」
伊勢とアールは郊外の砂漠に銃の試射に来ていた。最近はそう暑くないので、かなり楽だ。
さて、銃の事である。
ライフルは意外と簡単に作る事が出来た。前装式なので、重要な部分は引き金を引いてハンマーを落とす機構だけなのだ。
銃身はアールの変形チートで作成。ライフリングは正直言って、適当である。火薬の粒度も何回かテストして、ほとんど最適化できたと思う。
そんなのでも、アールが撃つと300mくらいでも当たるのだ。伊勢の射撃成績は…その半分くらいだ。
問題はリボルバーだ。撃てるし、十分な威力もある。もちろん安全装置など無いが、リボルバーだから、まあ良いであろう。弾を一発抜けば良いだけである。
だが、怖い。
テストなので、銃を固定して紐を使って遠くから引き金を引いているが、それでも怖い。
六発も撃つと、チンチンに熱くなってしまうのだ。それでも大丈夫なのかもしれないが、暴発が怖くて伊勢はビクビクしてしまう。
アールの言ったように遅発も怖い。不発だからと言って、もう一回引き金を引き、その後に不発の弾が発射位置で無いのに爆発したら…イセの手は召されてしまうかもしれぬ。実際にさっきのテストでも不発があったのだ。弾薬の信頼性も問題があるであろう。
小心者の伊勢としては、到底使う気になれないデンジャラスアイテムなのであった。
「まあ、撃てるのはまあわかったから良いか…後でもう一丁作って、いろいろと試験をしに来よう」
「はい、相棒」
「お次はコイツだ。先に離れてくれ」
伊勢は30センチほどの丸い鉄の棒を地面に据えた。直径は10センチくらいだ。棒の両端からは20センチくらいの脚が出ていて、立てられるようになっている。以前の実験で指向性地雷が失敗したので、今度は単純なパイプ爆弾である。
地面にちゃんと据えられている事を確認すると、伊勢は棒の端から出ている導火線に火をつけた。全力で走って、アールの待つ遠くの窪みに転げこんで軽く耳をふさいだ。
―ドーンッ
内臓を叩くような、どでかい爆発音がした。いや、衝撃波である。
「ぁ…ぅ…」
「ああ?!なに?!」
「ぁいぼぅ!聞こえますか?!」
「ああ?!ああ!聞こえるよ!…やりすぎたかもしれん!…火薬が多過ぎる!…これは!あぶない!」
火器の開発にはもっと時間が必要なようである。
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二人は銃のテストのついでに、軽くツーリングがてら、焼き物窯のあるニグラート村に寄って行く事にした。最近まで、危険なほど熱かったので、あまり走っていなかったのだ。
ファハーンの周りに限らず、この世界では主要街道以外にも、バイクで走れる道はかなりある。雨に崩されたヘタな日本の林道よりずっと走りやすい。なにしろファンタジーな魔法で道を作っているから、舗装されていなくてもそれなりに地面は硬く締っているのだ。ファンタジー万歳なのである。
「えいっ、やっ、ほっ。ふふふ」
アールはタイヤが小さな段差を越えるたびに、そんな気の抜ける声を出しながら走っている。のんびりとしたものだ。久々だから楽しいのだ。
周りの景色は枯れ草がちらほら見える程度の乾いた大地だが、それでも人が住んでいる。オアシスや数十キロも離れた扇状地から地下水道を引いて農業を営むなど、日本人の感覚では到底理解しにくいが、ここではそれが当たり前の事なのだ。
やろうと思えば人はどこにだって住める。
そう思うと、アールのタイヤが噛みしめる乾いた大地も、伊勢の体を撫でる乾いた風も、自然の恵みのように思えてくるから不思議である。
日が高く昇って少し暑くなってきたので、伊勢は体に水をかけた。暑いときはこうして走るに限るのだ。水にトラップされた砂埃で汚れる分は、また後で考えればいいのだ。ヘルメットの中の顔だって汚れているが、バイクで走るって言うのは、そんなものなのである。
雨が降れば濡れるし、夏は暑くて、冬は寒い。日本では排気ガスで服も汚れるし、海沿いを走れば塩でべたべたになる。虫が当たれば痛い。転べばもっと痛い。
バイクなのだから当たり前だ。
それが何だというのだ。
それも含めてケセラセラ、である。
ニグラート村はファハーンから見て、南方の山脈に近くに位置する村であった。自操車ではファハーンから最短で2日かかるが、アールなら二時間もかからない。
「お、この道だったよな?」
「はい、相棒。ここから3.3キロでニグラート村ですヨ」
さすがアール。トリップメーターのおかげで距離感は完璧である。
しばらく走ると、すぐに村の城壁が見えてきた。3mほどの低い城壁だが、いざとなればこれが最後の生命線なのだ。
伊勢の、というよりキルマウスの窯のあるニグラート村は250人くらいの規模。ごく当たり前の牧畜と農業、それに村の産業として現金収入を得る窯業、これで成り立っている村である。窯がなければ何の特徴も無い「ザ・農村」なのであった。
だが、この辺鄙さが機密保持には最適なのだ。当然ながら、「秘密を漏らさぬと誓え。破れば殺す」という警告がキルマウスから出されている。サツバツ!
ちなみに、この国の窯業はソコソコ、というレベルである。
磁器は無いし、もちろん高温焼成も出来ない。だが、色タイルを作る事でわかるように、釉薬はそれなりに発展しているし、顔料の使い方もわかっている。焼成雰囲気についても理解している。
これならば、美しく白い素地のものが出来れば、上絵付けにもチャレンジできるかもしれない。伊勢はそう思っているのである。
このアルバールも双樹帝国も、焼き物の白さにはそれほどこだわっていないように伊勢には思える。
一方、セトモノの国の人間としては、「ガラス質でうっすら青白いのが磁器だろ」というなんとなくの思い込みがある。伊勢は、その思い込みのままに進んでいくつもりであった。
いずれにしろ、職人芸は現場に任せ、伊勢は「研究」の観点からアプローチする。一種の役割分担だ。
「こんにちわー」
「イセ様!アール様!いらっしゃいまし!」
村の前でアールから降りて二人歩いて中に入った。村人が次々と丁寧に頭を下げてくる。伊勢は手をあげて「どうもー」と答えた。アールは丁寧に挨拶を返している。
二人はここでは『様』あつかいなのだ。貴重な現金収入をもたらす窯の持ち主だからである。さらに新たな窯をこの村に作ってくれる。半ば運命共同体の農村からすれば、キルマウスを始めとして、伊勢やアールやアミルは聖人のようなものなのであった。まあ色々と忙しいキルマウスは、ここに来た事は一度も無いが。
新窯の打ち合わせのために、伊勢たちは2度ここに来ている。アールを初めて見た村人たちは、例によって驚愕したり怖がったりしていたが、今では聖人にして学者にして大魔法師様である。互いにニコニコしながら挨拶を交わす仲だ。神よご照覧あれ、これが人徳である。
伊勢たちはそのままにろくろ小屋に直行すると、粘土を水にさらしてスイヒしている職人を捕まえて聞いた。
「やあこんちわ、ドンヤーさんはどこです?」
「ぬはぁっ!イセ様、アール様!窯頭は丘に行ってます!」
「ああ、どうもありがとう」
妙にリアクションの大きな職人に軽く礼をいい、村の横の小さな丘に向かう。ここに新窯を建設する準備をしているのだ。
丘と言っても、本当に少しだけ盛り上がっているだけ。頂上までは一分だ。周囲はまったいらだが、ここだけ盛り上がっており、その上に壊れかけの見張り塔が建っている。
たぶんこの丘の見張り塔が、この村が出来たきっかけのような気がするが、もはやそれも太古の昔の事。証明する事は誰にも出来ぬ。
そう、丘に窯を作る。連房式登り窯である。
伊勢は学生時代に研究室の恩師と地方に行った時、保存されている江戸時代の登り窯を見学した事がある。
シルバー人材センターから派遣されているらしき元職人のお爺さんが案内役について、大きな模型を使って内部構造も逐一説明してくれたものだ。実物の窯の内部にも案内してくれた。こちらは大学の先生と学生、専門はセラミックだけあって、お爺さんも随分と気合の入った説明ぶりだった。なかなかに面白かったと記憶している。窯の形状や内部構造も、結構よく覚えている。
それをここに再現しようと言うのである。
丘の斜面では3人くらいの人影がダラダラと働いている。決してやる気が無いわけでは無く、これがこの国の標準だ。せかせか動くと、暑さと日光で死ぬからである。決して例え話ではない。
「こんちはー、ドンヤーさーん」
「はいはいはい!」
伊勢が声をかけると、斜面から一人の小さな三十歳くらいの女性が、転がるように駆け下りてきた。彼女が窯頭のドンヤーである。職人達を束ねる人間にはとても見えぬが、配下の者は彼女に決して逆らわない。村長の娘でもある。
「こんにちは、ドンヤーさん」
「どうもこんにちは、アールさん。お疲れさまでした。で、イセさん、なんですか?」
どうもアールに対する態度と伊勢に対する態度が違うが、そんな事はもう慣れた。いつもの事である。ここに来てからもう二年。伊勢の顔は、この国では、残念な部類に位置するらしい事を理解している。彼は自分ではそう悪くも無いと思っているのだが…
それにしても気の強い女性である。伊勢は猫のような彼女の眼に、若干おされぎみである。ヘタレなのだ。
「今日はアールと近くまで来たので、寄ってみただけですよ。もう結構進んでるんですね」
「ええ、基礎の基礎だけですけどね」
窯を作るのには時間がかかる。基礎をつくり、その上に木枠を作って、粘土とレンガを盛って形を作り、乾燥させてから火を入れる。火を入れたら乾燥と収縮により亀裂が走るから、その亀裂に粘土を詰め、また乾燥させて焼く。それを繰り返して窯が出来るのだ。数か月は見ておかなければならない。
しかも、今回の窯は今までにない、連房式登り窯なのである。ドンヤーをはじめとして、村の職人達は一人前の腕をもってはいるが、新式の窯など見た事も作った事も無いのだから、更に時間がかかる事であろう。一年近くかかるのかもしれない。
ドンヤーは仏頂面だ。この国の三十路女がやると可愛くも無い。怖いだけである。
「…今までの窯じゃダメなんですか?こんな変なのじゃなくて、普通の窯がいいです。そうしてください」
ドンヤーはふて腐れるように、手に持っていた小石を投げた。
彼女の言う『普通の窯』とは穴窯の事である。斜面に溝を掘り、その上を粘土とレンガで覆ってトンネル状にしたような窯だ。火は一番下だけで焚かれる。温度はそれなりに上がるが、燃焼効率と熱分布は悪い。
「前にも話しましたが…これが上手くいけば、沢山の焼き物を具合よく焼き上げる事が出来ます。この窯の房は5つです。熱い空気は上に登っていくから、房ごとに風の流れを制御すれば熱だって全体に均一化するでしょう?そうすればより良いモノが出来る。双樹帝国の焼き物に負けないくらいのモノが」
「ふうん」
ダメだ。全然伝わらない。
蜂蜜の時は偉い学者様のレイラーと神の権威で納得させる事が出来たが、今回はそうはいかないのだ。権威の裏付けも信用も全然ない。キルマウスの権力と金の力で、無理やりに動かしているようなものである。
理論や理屈より、経験や実績を遥かに重視する風土だから仕方が無いのだ。経験と実績は常に正しいから、考え方は間違ってない。なにしろ新しい事をやって失敗したら、おまんまの食いあげで死ぬのだ。
世の中の「新しい事」は、ほとんどが失敗するんだから、簡単には挑戦など出来ないのである。
理論を説明し、熱風の対流がどうのこうの言ったところで、この人たちには通用しないのである。「ふーん。よくわからん。で、あんたは何年ろくろをひいて来たの?」ってな具合である。
ドンヤーのろくろ経験は25年。伊勢のろくろ経験は、体験教室の一時間。話にならぬ。伊勢は、経験もないくせに怪しげな事を言う、異邦人でしか無いのである。
伊勢はその場でしばらく説明をつづけてみたが、彼女の顔に納得の表情は生まれなかった。
「ドンヤーさん。相棒はこの国で始めて紙を作ったり、色んな事を知っているんですヨ。皇帝陛下にも会ったし、魔石バーナーだって作りました」
「ふうん…アールさんが言うなら…そうなのかもしれないですけどね…」
アールの援護射撃も通じないようだ。ドンヤーは紙なんてどうでもいいし、魔石バーナーなんて聞いたことも無い。皇帝陛下だって、あまりに偉すぎて想像がつかない。「ふうん。で、その皇帝とやらは何年ろくろをひいて来たの?」なのである。
「ドンヤーさん。ボクと相棒の国では400年も前からこの方法でやってるんです。絶対に上手くいきますから」
「え?400年も?」
「え?」
「聞いてない」
ドンヤーの眉がピクンと上がった。そうか…アミルを通じて話を運ぶ事が多かったから、一番最初の情報の伝達が上手くいっていないのだ。ここを詳しく説明しないといけない。
「俺の国は日本といいます。日本ではこの窯は400年ですが、俺の隣の国では…たぶん千年くらいの歴史があるはずです。この国では初めてですが、この方法でいける事はわかっています」
「ふむ」
「俺はこの方式の窯に入って、70歳の熟練の職人から詳しく説明を受けた事があります。俺はろくろを回した事は一度だけですが、モノを作る学者なので、焼き物のできる仕組みは理解しているつもりです」
「へえ」
「この窯は、俺の国の職人が400年繋いできた技を、俺がこの国に持ってきたものです。到底全ては持ってこれませんが、これだけを持ってきました」
「ほう」
「ドンヤーさん達、一流の職人の技をここに掛け合わせれば、絶対に出来るはずです。俺の国で出来て、ここで出来ないわけがない。そうでしょう?」
「うん…まあ、家に行って、図面のわからないところを教えてもらいましょうか」
彼女はまだ全然納得していないけれど、ほんの少しだけ前向きになったようだ。
日本の職人達と歴史に感謝である。
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伊勢たちは結局夕方まで村に滞在した。工房ももう一度念入りに見たから、何点か改良したり、アドバイスできるだろう部分も見つけた。
こういう、小さな所を繋ぎ合せて、伊勢とアールの信頼にしていくしかないだろう。
後は…
「アール、わかってたけど、やっぱり細かく足を運ばなきゃ駄目だな。電話もメールも無いから、伝言ゲームで話が上手く伝わらない」
「そうですね相棒。ツーリングにもなりますし」
「ははっ、だな!」
「それが一番です。ふふふ」
陽光は水平に近くなっているが、消える前には家に帰れるだろう。




