一年と311日目 幕間
一年と311日目 幕間
アールは毎朝買い物に出かける。何と言っても『昼飯屋』なのだ!
「おっかいものー かいものがー たーのしーいなー♪」
楽しいのでつい歌ってしまう。
メニューは毎日考えて変えている。とは言っても、職人達が昼時のお腹が減った時にチョイと摘まむ、というのが昼飯屋のコンセプト。簡単な料理だ。
大抵はパンに何かの肉と野菜を挟んで、ソースをかけて、木のトレーに人数分を詰めて置くだけ。だけど組み合わせで、意外にたくさんのメニューを作れるものだ。昼時になると職人の弟子がやってきて、一言声をかけて、勝手に持って行く。お金は一週間に一度受け取る。
正直言って全然儲からないけれど、そんな事は良いのだ。なにしろ楽しいのだ。
絵を描くときは楽しいけれど、集中しているからあっという間に時間が過ぎてしまう。楽しみながら描く、って感じでもない。
でも、大量の料理を作っているときは楽しみながら作れるし、それが売れていくのはすごく達成感がある。
菜園で材料となる野菜やハーブを育てるのも楽しい。
若い職人の弟子や小僧たちも喜んでくれる。
この前なんか、石工の弟子がタダでお風呂場をなおしてくれた。ピザの石窯を格安で作ってくれたのも彼だ。
そう、これが『昼飯屋』のちからなんだ!
相棒が魔石バーナーに夢中になるのが、アールにはいまいちよく理解できなかったが、今なら完全に共感できる。
相棒にとっての魔石バーナーは、アールにとっての昼飯屋なんだ!
そうなんだ!
『おはようございます。チュリッチさん』
『おー、おはよう!ついに来たかアールちゃん!そろそろ来るころだと思っておいら待ってたぜ!さあ、どんな辛い木の実が欲しいんだい?!』
獣人さんの店では小売りはしてないんだけど、アールには特別に分けてくれる。以前、ニチリッチさんと友達になったからだ。今ではこの店の獣人さんや、遠くナードラから荷物を運んでくる獣人さんとも仲が良い。獣人さんはアライグマみたいで、明るくて、とても良い人たちばかりだとアールは思う。気持ちがまっすぐで、話していて気持ちが良い人たちだ。
『今日は薄黄色い草の根っこ、黒いつぶつぶの実、白いさらさらの実、茶色のつんとがりの実をください。いつもと同じ量でお願いしますヨ』
『あいよ!まいどありっ!』
獣人さん達はなぜか新しい固有名詞をあまり作らないので、香辛料の名前を覚えるのは結構大変かもしれない。『薄黄色い草の根っこ』は生姜、『黒いつぶつぶの実』はコショウ、『白いさらさらの実』は芥子、『茶色のつんとがりの実』は山椒だ。彼ららしいと言えばらしいのだが、アールとしてはちょっと不便だ。
『そんなことよりアールちゃん!おいらの娘が生まれたんだぜ!見てって見てって!』
『おお!おめでとうございますチュリッチさん!見せて見せて!』
チュリッチさんは奥から30センチくらいの大きさの、黒く短い毛におおわれた塊を抱いてきた。よく見てみると、小さな口と目がある。
『にー』
『チュリッチさん!鳴きました!』
『おっぱいが欲しいみたいだね!ほら飲みな!』
チュリッチさんは胸を出しておっぱいをあげ始めた。赤ちゃんは、にーにー言いながら、匂いで乳首を探して吸いついた。コクコク飲んでいる。
『チュリッチさん、すごいです!かわいいです!赤ちゃんは…すごい!』
『おいらの子だからねっ!当然だぜ!』
チュリッチさんは本当に幸せそうだ。いきものはすごい、アールはそう思った。こんなに小さく生まれて、大きく育つんだから。
小さな子をみているだけで、なぜか嬉しくなる。
今日は良いものを見た。これも昼飯屋のちからかな?
アールはそんな事を思った。




