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異世界ツーリング  作者: おにぎり
第六章~戦争と平和
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一年と131日目

一年と131日目


 伊勢の筋肉痛はまだ引いていない。異世界に来て、この体を得てから、ここまで酷使したのは初めての経験だった。

「相棒、みなさん来てますヨ。そろそろ行かないと」

「うん」

 伊勢が椅子に座ってタバコを吸っていると、アールが呼びに来てくれた。アフシャールの支店に近所の皆さんを集めて、宴会が行われる事になったのだ。ご近所さんだけの、戦勝祝いだ。

 伊勢はどうも気が進まないのだが、せっかくの宴に出席しないなんていう失礼なことは出来ないから、ちょこっと顔を出そうと思っている。


 いつもの宴会場である支店の駐車場に行ってみると、25人くらいの人が集まって、各々自由に話をしていた。

「やあ!イセ殿!今回もすばらしーい活躍でしたなぁ!!」

 アフシャールは明るい。こんな奴でも、あんな目をしてモングに石をぶつけていたのだ。指も一本なくしてしまった。伊勢が拾った彼の指は、道端の木の下に埋めておいた。返しても何の意味もない。

「おお、アフシャール。お前もなぁ。今日は絶対に飲むなよ?傷に障る。へたすりゃ腐るぞ?」

「ええっ?!」

 アフシャールは急いでグラスをテーブルに置いた。もうすでに多少飲んでいたようだ。脅して正解である。


 宴は、特にこれといった挨拶もなしで始まった。ご近所さんの飲み会だからこれでいいのだ。

 いつもはとても明るい、気の置けない人たちの集まりなのだが、今日は少し皆に含む所があるようだ。知り合いや友人の中に死んだ者がいるだろうし、それも仕方が無い事である。

 アフシャールはいつも以上に明るい。間違いなく演技だが、それでもいいと伊勢は思う。これが彼の尊敬すべき所なのだ。


 アールは奥さん達と話をしている。何の話か知らないが、笑っているので良いのだ。

 伊勢はオジサン連中のなかには行って話をする事にした。


「イセさん。すごい働きをしてましたねぇ。ウチの娘なんて、アールさんを守護天使様なんて言っちゃって」

 だははは、と笑うオヤジさん。こういう笑いは良い、と伊勢は思う。よくわかったオヤジだ。さすがオッサンだけの事はあるのだ。

「でも、本当に良かったです。モングにやられなくて。一時はどうなるものかと思いましたけどね」

「俺らがいなくても守れてましたよ。まあ、一番の殊勲は援軍を率いていたキルマウス・セルジャーンとフシャング将軍でしょう。」

 彼らがジャハーンギールへの攻撃を推測できなかったら、今はこうして宴会など開けていない。キルマウスなら気付いて当然だが、ただの推測を元に、実際の大きな行動をとると言うのは怖いものなのだ。


「セルジュ一門のような強力な門閥が北東部にあればねぇ…」

 オヤジさんが漏らす。このオヤジは中々のものである。伊勢も同意だ。広域にわたって強力な支配力を持つ統治機構が、この地に存在しないのが悪いのだ。アルバールの中央政府が、もっと注力するならばそれがいいが…。地方分権なんてくそくらえ、だ。

「今回は、本当に良かった。また来ても負けませんけどね」

「ええ」

 この街の人は強い。人が強いから、守れるのだ。伊勢はそう思う。


^^^

 アールはアフシャールさんの所に行った。彼の指の主治医はアールなのだ。彼女は医者ではないけれど、この国の医者の多くよりはマシだと思う。


「アフシャールさん。飲んじゃダメですヨ?」

「やあアール殿!さっきイセ殿に怒られてしまいましてなあ!!」

 アハハハハ、と陽気に笑う彼だけど、アールは近所の奥さんから聞いて、知っている。

 相棒とアールがこの街に来る前日。モング族が街に侵入したときに、ファリバーさんがやられてしまっているんだ。彼が好きだった、気の強い女の子だ。

「アフシャールさんは、本当に立派に戦いましたヨ」

「ええ、私はあいつらを絶対に許しません」

 彼は噛みしめるように言った。アールには、なんて言って良いか分からなくなった。


「アール殿とイセ殿は…どうしてこの街の為に戦ってくれるのですか?」

「相棒は…」

 アールが戦う理由は簡単だ。相棒の相棒だから。

 相棒が戦うのは…相棒が相棒だから?答えは分かっているけど、うまく言葉に乗せるのは凄く難しい。絵で描く方が簡単な気がする。


 相棒がこの人たちを見捨ててしまえば、相棒の一部が死んでしまう気がする。相棒を知っているこの人たちも、相棒の一部のような気もする。訓練中隊の兵士たちも。

 自分の一部を切り捨てて平気で生きられるほど、相棒は強くないとアールは思う。

 相棒は、自分の過去も記憶も、今の全ての関係も、ひとつも捨てられない。捨てられるほど強くない。

 相棒は乗り越えない。ナマのまま全部抱えている。今までの、全部だ。

 相棒の記憶を持つアールは、知っている。


「相棒は…戦うのは…うまく言えないですけど、そうしなくちゃいけません」

「そうですか。…イセ殿がアール殿を見てますよ」

 では、と言ってアフシャールさんはご近所のおじさんたちの所に行った。


「アール」

 相棒がこっちに来た。表情には出していないけど、疲れている。相棒はあまり眠れていないから…PTSDなのかもしれない。

「相棒、行きましょう?」

「うん」

 相棒を連れて部屋に戻った。相棒はベッドに腰掛けたので、その傍らに立った。


「訳が分からないのは、怖いな」

「はい」

「裸緑猿のようだ」

「はい」

 相棒には、殆ど全部が怖い。だから、これでも彼なりに、出来るだけ怖くないような方向に進んでいる。化学反応で、自由エネルギーが小さくなるようなものだと思う。

 相棒は自分が死んでしまう事、それ自体は全然怖がってないけど、それ以外のこと全部が怖い。自分が死んだ後の結果が一番怖い。


 アールが本当に怖いのは、一つだけだ。


「相棒、ここにいますヨ」

「うん」

「ボクはいます」

「うん」

 相棒が小さく震えて歯を食いしばったので、アールは彼の前に両膝をついて、彼の肩に指先だけ、ほんの少しだけ触れた。

 相棒は長く震えたため息をついて、ゆっくりと体の力を抜いた。

「アール」

「はい相棒」

「そこに」

「はい、相棒。大丈夫。」

 アールはベッドの足もとに腰かけた。


 相棒は壁の方を向いて横たわり、眠りについた。




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