一年と128日目
1年と128日目
夜のうちにファルダードの第3兵団が敵を強襲し、多くの馬と敵兵を殺して、朝方に帰って来た。正確な戦果は確認のしようがないが、数百のオーダーらしい。まったく…凄い部隊だ。この部隊を自分が訓練していたなど、伊勢自身にも信じられない事である。
「今日には敵敗残兵と援軍が来るでしょうなあ!」
アフシャールは朝からハイテンションである。このハイテンションは普段は若干めんどくさいが、苦境の時には実に良いカンフル剤となるだろう。籠城戦にはもってこいである。
「ヴィシーから170サング(250キロ強)だからね。計算上は今日あたりには来るはずだ。キルマウスなら間違いなくジャハーンギールが攻められている事を推測しているからな」
伊勢にも推測できたのだから、キルマウスなら当然だ。
「相棒、おにぎりをいっぱい作っておきましたヨ」
「よし、アールでかした!これで今日の戦闘中の飯の問題は解決だ!特別にアフシャールもひとつ食って良いぞ」
許可を言う前に食われていた。釈然としない思いを感じる伊勢である。
「アール殿!うまいですなぁー!このコメという穀物が、わーが国でも出来ればいいのですが!」
「米は獣人の国、ナードラなら作れますヨ。気候が温かくて水が沢山ないとムリなんです」
「うーむ、残念!しかしこの国の…」
―伝令!伝令!
「敵襲です!南門を含め総攻撃!」
「相棒!」
「おうっ」
朝から総攻撃とは…モングも乾坤一擲かもしれない、と伊勢はそう思った。
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敵は盾を頭上に掲げ、梯子を持ってどんどん寄せてくる。後方からは弓で援護をしてくる。防御側は城壁の上や塔から矢を放ち、敵の頭上に石を投げおろし、煮えた油をぶっかけ、槍で突く。
伊勢とアールが南門に来たときには、もうおそろしい勢いで戦端が開かれていた。城壁の下で、門の前で、死が量産されていた。
「弓兵は相手の弓兵を優先的に狙え!軍曹殿もそうしてください!」
「わかった!」
三郎が門の上の城壁で指揮をとっている。伊勢はすぐにそれに従った。
「アール!指揮官を弓で潰してくれ!遠くの弓兵から狙うんだ!」
「はい、相棒!」
伊勢とアールは南門横の城壁に登って、射程内の敵を撃ち始めた。
伊勢は革ジャンの上に鎧を着て、ヘルメットをかぶっている。とはいえ上椀や脇のしたには鎧は無い。矢は革ジャンくらいなら、苦も無く貫通してくるので非常に怖い。なにしろ角度さえよければ、2mmくらいの圧延鋼板なら抜いてくるのである。体の殆どを盾で隠し、注意しながら撃つしかない。
一方でアールは敵の矢を完全に無視して、体をさらして撃ちまくっている。アールの体に当たっても傷はつくが、それだけなのである。変形チートですぐに治るのだ。チートさまさまだ。
「イセ殿!私も戦いまーす!!」
「アフシャール!お前は石を投げつけろ!石が足りない!家を崩してレンガをたくさん持ってこさせろ!」
「はい!」
アフシャールはそこらの住民に指示して、誰かの家をぶち壊し始めた。可哀想だが仕方が無い。それにしてもアフシャールは行動に全く迷いが無い。鎧も着ていない普段着姿だが、やる気だ。
敵は梯子を城壁にかけてくる。こっちは二股のついた木の棒でそれを押しやる。石やレンガのおまけつきだ。弓を持っている敵兵は、伊勢とアールが次々に討ちとる。伊勢にも何本も矢が当たるが、相手の矢ではこちらの鎧を貫く事は出来ないのだ。鎧の無い所は根性だ。
アフシャール達がレンガを袋に入れて持ってきた。そのまま城壁近くの敵兵に投げ始める。
「アフシャール!そんな恰好で戦うな!死ぬぞ!…アフシャール!…アフシャール!聞け!」
「相棒、ボクが!」
アールが城壁から身を乗り出して石を投げるアフシャールを、力ずくで引き戻した。彼の眼は興奮で瞳孔が開いてしまっている。狂気の目だ。兵士でもない友人のそんな目に、伊勢はぞっとした。アールから受け取った彼を、城壁の上に横倒しに押し倒した。
「このバカが!俺の言う事を聞け!…そこの兵の死体から鎧と兜を剥いで着ろ!早くしろ!早くしろ!」
アフシャールはガタガタと震えながら、兵士の死体から鎧を剥いだ。血だらけの鎧だ。伊勢の鼓動も早くなった。
「俺の伝令はいるか?!」
「はい!ここにいます!」
「よし!他の地点の状況を確認してこい!東門に行って、そこの伝令に俺に報告させろ!俺はここで戦ってるからな!行け!!」
「はい!」
伝令は断続的に矢が降ってくる道を駆けていった。余程運が悪くなければ当たりはしない。
ひっきりなしに撃ち続けていたために、矢が無くなってきた。
「誰か矢持ってこい!早く持ってこい!矢をくれ!」
「こっちにも無い!」
「俺にもくれ!」
あちらこちらで声が上がる。
「これで繋いでください!」
見習い兵が矢を30本くらい束で持ってきた。まだガキだ。15歳くらいだ。
「手元に矢が無いのか?!近くの民兵と住民に敵の矢を拾わせてここに持ってこさせろ!」
「お、俺は命令は…」
「俺の名前を使え!お前は民兵と住民に指示したら補給所に走れ!」
「はい!」
ガキは走って行った。脚は速い。
「アフシャール!大丈夫か?!」
「イセ殿!大丈夫だ!!―っつぅ」
アフシャールが左手に矢を受けた。城壁の上に転んだ。斜め前からアフシャールに矢を放ったらしい敵は、伊勢が射殺した。
「見せろ!」
左手の中指と薬指に矢を受けていた。中指はもう駄目だ。伊勢はナイフを抜いて、皮一枚でつながっている中指を切り取った。水をぶっかけて洗い、ポケットから包帯を出して薬指と一緒に巻いた。
「いいか?血が止まるまで抑えていろ。下がれ」
「まだ戦える!」
「うるせぇ!手が使えなきゃ戦えねぇんだよ!言う事を聞け!」
伊勢はアフシャールの顔を手の平でぶん殴った。
「下がれ!良いから俺の言う事を黙って聞くんだ!言う事を聞けバカ野郎!」
アフシャールは口をパクパクさせながら転がるように城壁を降りていった。
「アール!矢はあるか?」
「相棒、あと20本くらいです!普通の矢はあるけど…ボクの弓には合わない!」
身長が高く、手が長いアールの弓は、普通の弓よりもだいぶ大きい。当然、矢も長いのだ。短い矢では力を十全に発揮しない。
「仕方が無い、大事に撃て。民兵!矢は集まったか?!」
矢を拾い集めていたオッサンが転げながら持ってきた。50本以上はある。
「よし、他の連中にも分けろ。もっと持ってこい。頼むぞ」
「わかった!」
オッサンが不器用に走って戻っていった。
「イセ軍曹殿!伝令です!」
「話せ!」
「東門も攻撃されてますがここよりはマシです!間の城壁もここよりひどい攻撃は受けてません!」
「よし!西門に行って同じ事を確認してこい!西門の伝令に交代して、あっちの奴をここに走らせろ!急げ!」
「はい!」
ここが一番の激戦ならそれでいい。他にきつい所があるなら行かなくてはいけない。
アールの矢不足で圧力が減少し、敵が破城鎚を押し出して来た。
「軍曹殿!こっちで何とかします!」
三郎が叫んで、紐のついた壺を次々と投げ始めた。2割くらいが当たって砕ける。
「火矢!」
火矢が撃たれると、破城鎚が一気に燃えあがった。アールが提供したガソリンだ。
一緒に燃えあがったモング兵が松明のように歩き、ゴロゴロと転げまわるが、すぐに動かなくなった。黒い煙がもうもうと辺りに漂う。
アールは自分の鉄弓から普通の弓に持ち替えて撃ち始めている。
最初の数射は外していたが、すぐにコツをつかんで当て始めた。流石だ。
「アール、お前はまだ大丈夫なのか?おかしくなったらすぐに言え!頼むから!」
「はい!大丈夫!」
この大丈夫は大丈夫だ。伊勢は戦場をもう一度見まわした。煙のおかげで見にくいが、敵の圧力も減ったようだ。
城壁の上から内側を見下ろすと、すぐ下にアフシャールがいた。
「アフシャール!指の血は止まったか?」
「イセ殿!止まった!」
彼の顔は蒼白だが…多分大丈夫だ。
「よし、お前は民兵と住民に指示をして、レンガを上に集めろ。圧力がへっている今のうちだ。お前自身は無理をするな!人を効率的に動かせ!」
「わ、わかった!」
アフシャールはまた動き出した。
伊勢は自分の体を確認した。
左の上椀に矢を一本受けたが、ヘロヘロ矢だったので傷はそんなに深くない。動く分には全く問題ないし出血もない。他は矢の撃ち過ぎで親指の皮がむけたくらいだ。弦の引き方を変えれば問題ない。
まだ、戦える。大丈夫だ。
伊勢はヘルメットを脱いで、しゃがみ込み、水を飲んだ。弓の引き過ぎで、肩と背中が、熱く熱を持っている。
ふと下を見ると、指が転がっていた。アフシャールの中指だと思ったので、ひろってポケットに入れておいた。
「イセ軍曹殿!伝令です!」
「報告しろ!」
「東門は激戦!今のここよりひどいです!」
「よしわかった。俺とアールは東門に行く。お前はここに留まり、状況が悪化したら報告に来い。」
「わかりました!」
「アール!行こう!…三郎!東門が厳しい!俺とアールは支援に行く。いいか?」
「はい軍曹殿!お任せを!」
門の前で破城鎚が燃えながら各坐しているから、それが邪魔して新たな破城鎚で攻められる事はそうそう無い。耐えられるだろう。
「アフシャール!いるか!?」
「おうっ!」
「俺は東門に行く!お前はここでレンガを引き上げて、三郎の指示に従え!絶対死ぬな!」
「わかった!」
よし、忘れた事は無いか?大丈夫か?…わからん。
行こう。東門でまた、同じ事をするんだ。
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