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異世界ツーリング  作者: おにぎり
第六章~戦争と平和
78/135

一年と125~127日目

8/13投稿一話目

1年と125日目


「相棒、起きて下さい。30分で軍議だそうですヨ」

「あ、ああ…」


 アールの声で、伊勢はけだるいながらも目を覚ました。6時だ。3時間しか寝ていない。眠い。眠いが仕方ない。

 大急ぎで支度をして、アールの作ったおにぎりを食べて、アールにまたがって指揮所に向かった。平たく言うと役所である。

 途中で兵士や町の人が挨拶をしてくれる。イセとアールを知っているのだ。中には中隊の兵もいた。伊勢も片手を上げながら答えた。嬉しいものである。


「ぐ、軍曹殿!!」

「やあファルダード!…耳が無くなってしまったな。だが元気そうだ」

「こんにちはファルダードさん」

 久しぶりに会ったファルダードは右耳を失っていた。剣を受けたらしい。右の聴力も半ば無くなってしまったそうだ。だが命はある。

「まあお前は元々大した顔はしていないからな。久しぶりでなければ、違いに気がつくのも難しいところだ」

「ぐぐ、軍曹殿!ひ、ひどいですな!」

「ははっ」

 ファルダードとはこんな感じで良いのだ。


「中隊の仲間は何人死んだ?」

「な7人死にました。ふふ負傷除隊も8名。ででも、ああの頃よりずっと、つ強くなりました。いい今は第3、第4兵団は、て定数200名になってます。ほほ補充には、み見習い兵が来ます」

「わかった」

 それ以外にはなにも言えない。詳しい話は後で聞けば良い。こわばった伊勢の左肘に、アールがそっと軽く触れてくれた。触れた所から溜まったものが少しだけ、抜けていくような気がした。


^^^

 伊勢のもたらした情報は、軍議前にすでに周知されていたが、軍議の場で伊勢がもう一度おさらいした。基本的な戦略は単純だ。4日耐える事である。


 耐えれば援軍が来て勝てる事が分かり、一同の顔に光が戻ったかのようになった。

 あとは、具体的な防衛に関する打ち合わせとなる。作戦面に関して、伊勢とアールに特に手伝えることは無い。基本的にはセオリー通りやる以外にはないのだ。細かいところは、ファルダードや一郎が良くやっている。調整は、ダリウス執政官が政治力を駆使して行っている。民兵がいるので、人手も十分ある。

 伊勢とアールはとりあえず、アフシャールの支店付近の民兵を15人ほど押しつけられて、遊軍という扱いになった。居ても居なくてもいい子扱いである。極めて妥当であろう。


 都合良くも、アフシャールの支店が、民兵の中継地点になっているとの事。心配だったのもあり、さっそく行く事にした。


「アフシャール!よう、久しぶり」

「おおお!これはイセ殿ではないかー!!いつ来られた?!」

「今日の未明だ。モングの陣を燃やして来た」

「すごい!さすがであーる!さあさあさあ!はいってくだされ!」

 アフシャールは目が真っ赤だ。色々と対応しているので、殆ど寝ていないのかもしれない。でも、いつも通りのハイテンションだ。流石である。


「相棒、ボクは近所の人たちに挨拶してきます」

 アールはそう言うと、ご近所に走っていった。料理を教え合っていたり、宴を開いたり、仲のいい人たちだったから、心配で、会いたいのだ。アールが色んな人と仲良くなるのは、伊勢も嬉しい。


「アフシャールの所は無事か?」

「ええ!ウチの店はもう、誰も傷ついてませーん!ただ…商売には痛い!」

「蜂蜜村は?」

「あそこは山中のゴミみたいな村ですから、大丈夫でしょう」

 ひどい言い分だ。だが事実である。

「まあ、誰も死んでなくて良かったよ」

「…ですな」

 アフシャールの顔はひどく疲れている。だがまあ、生きているのだ。


^^^

1年と127日目


「アールさん!お願いします!南門です!」

「はーい!相棒!」

「あいよ」

 伊勢とアールは南門に急行した。


「アールさん!あの破城鎚を!」

「はい、分かりましたヨ」

 敵は破城鎚を城門にぶつけようと、盾に隠れて押していた。200mくらいの距離がある。アールは城壁の上を走って、斜めのポジションをとると、良く狙って射た。

―ドバンッッ

 鉄弓とワイヤーの弦がものすごい音を立てる。矢はわずかな放物線を描きながら、敵兵に突き刺さった。盾に隠れていても意味は無いのだ。当たれば死ぬ。

 5人ほど射殺すと、破城鎚を残して敵が逃げ出したので、火矢を10本ほど撃って燃やした。


 こんな具合に、伊勢とアールは遊撃にふさわしい仕事をしていた。街のいろんなところに部下の民兵を置いておき、何かあった時には呼びに来させて出撃するのだ。大抵、必要とされるのはアールの弓の力だけである。長大な鉄弓によって、指揮官や、投石器の操作兵を狙撃するのだ。

 アールは武術は下手だが、弓だけは最高に上手い。そしてヘタなライフルよりパワーのありそうな弓である。

 もう彼女が壁に立つだけで、敵が逃げていくくらいだ。伊勢はと言えば、アールに乗って移動するだけの運転手である。


 アールという鬼札を手に入れたおかげで、ジャハーンギールの防衛力は格段の安定性を持った。

 弓をとらせれば古今無双。一抱えもある石を投げて破城鎚を壊す。チート魔法とやらでナフサを大量に調達してくる。そして美人。

 今では、ジャハーンギールの守護天使、と陰で言われているのであった。

 彼女が姿を見せるだけで、士気はうなぎ登りだ。

 彼女が弓をとれば、敵は逃げてゆく。

 もうこの街は、10年かかっても落とせぬ。

 街の人曰く、守護天使が住まう神の街、なのである。


^^^

 夜。

 空にはくっきりと美しい三日月が浮かんでいる。

 今の時間はおそらく午前1時くらいだろう。

 

 ファルダード率いる第3兵団の4個小隊は、森の中の小道を無言で移動している。

 ジャハーンギール周辺の草原や森は、彼らにとっての庭だ。これまで、訓練で腐るほどこの森に潜って来た。眼をつぶって移動、などは到底無理だが、ここが何処なのかは夜だってすぐに分かる。


 この地点はジャハーンギールの街から3サング。まっすぐなら1時間もかからないだろうが、モングに囲まれている以上はそうもいかない。彼らはモングの目を避けるために長躯してきた。一度海に出て、船で10サング(15キロ)も西側に移動し、そこから回り込んで来たのだ。

 そのように訓練された、自分たちだからこそ出来る戦術機動だと、ファルダードは思っている。

 

 先日、軍曹殿が戻ってこられた。当日の朝、ファルダードがその一報を聞いたときには驚いたものだが、心のどこかでは当たり前に感じていた気もする。ジャハーンギールの危機に軍曹殿が戻ってこられる…なにもおかしくは無い。

 ただ、アール軍曹殿と2名でモングの陣を焼き払ったと聞いた時には、流石にあきれた。訓練されたファルダードだからこそ、そのような作戦がどれだけあり得ないか、分かるというものだ。だが、あのお二方なら、全くおかしくない気もする。


 お二人が戻られてからの数日間で街の雰囲気はがらりと変わった。侵入を受けて数十人が殺され、意気消沈していた街だったが、今では士気は万全だ。耐えて待てば援軍が来ることがわかったからだ。


 初日の敵陣への火計にも驚いたが、その後のお二人の活躍にも驚くべきものがある。急遽、指揮系統には入れられなかったため、遊軍という曖昧な役職で15人ほど民兵をつける事になった。

 正直言ってファルダードは申し訳なかったが、今では結果的に良かったと思っている。軍曹殿は15人全てを偵察と伝令に用い、アール軍曹殿の打撃力を最大化する仕組みを作ったのだ。

 実に軍曹殿らしい考え方だとファルダードは考える。


 この仕組みは非常にうまく機能した。アール軍曹殿の縦横無尽の働きにより、攻城兵器による敵の攻撃は事実上無くなったのである。悠長に押してくる事など出来ない。敵が攻城兵器を持ち出した瞬間、射程外から常識外れの強弓が撃ち込まれるのだ。

 攻城兵器が使えないなら、士気が十分で兵力もあるジャハーンギールが、落ちるわけがない。落ちるわけがないから、士気も上がる。それを見た敵の士気は下がる。素晴らしい好循環だ。

 

 最近ではアール軍曹殿を守護天使だとか、ジャハーンギールを神の街とか言ってる輩もいるが…下らない事だとファルダードは思う。

 軍曹殿にファルダードが隊の戦死者の事を話した時、軍曹殿はわずかに歯を食いしばられた。その軍曹殿を、アール軍曹殿はそっと気遣っておられたように見えた。

 天使や神は、そう言う事はしない。もっと違うやり方をする。人間だけが、そういう事をするのだ。ファルダードはそう思う。



 さて、ファルダードがいま率いている4個小隊152人はジャハーンギール最強の部隊である。

 あれから1年、訓練と幾度もの実戦を積み重ねてきた。怪我をした奴もいるし、死んだ奴もいる。ファルダードも片耳を失った。だが、強くなった。自分の部隊が世界最強とは思わないが、悪くないと思っている。この部隊しか出来ない戦い方をすれば、いい所まで行くんじゃないかと思っている。

 これから行うのは、モングの馬を強襲する作戦の仕上げだ。馬の無いモングなどゴミだ。畏るるに足りない。森から隠れて接近し、馬を殺し、また森に潜り、海から船で離脱する。実にこの部隊らしい戦い方だ。


 斥候が戻ってきた。馬はこの先で簡易的な囲いに入れられているらしい。繋がれてはいないが、まあ殺す分には大丈夫だろう。

 ファルダードの部隊が使うのは、毒矢だ。軍曹殿が、ファルダードだけに密かに教えてくれた毒である。卑怯かもしれないが、モングだって毒矢を使っている奴がいるのだ。使われても文句は言えまい。まあ練度の低い奴らが毒矢など使えば、逆に自分らが死ぬが。


「むむ無音で200ヤル先の、き切れ間まで前進、ク、クリックのあ合図で森から出て、し静かに強襲しろ。オオ、オニギリは左から行け。ニ、ニタマゴとキムタク、ハッパは俺と一緒にまっすぐだ」

 ようやく聞こえる程度の指示が、ファルダードから小隊長、分隊長を経て、部隊の全員に浸透した。

 

 偽装を施した影が、静かにまた、動きだした。




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