一年と124日目
本日3話目
一年と124日目
伊勢とアールは街道を西に向かって走っていた。夜の無灯火である。ジャハーンギールまではヴィシーから250キロくらいだ。何事もなければ二時間で着ける距離だが、無灯火なので5時間くらいはかかるかもしれない。月があまり大きくないのである。
何度か遠くに馬蹄の音が聞こえた気がするが、今のところ敵も味方も姿は見ていない。もしかすると、知らないうちに追い抜いているのだろう。
街道の途中にある関所は、落とされていた。関所の兵は皆殺しだ。そこらじゅうにゴロゴロと死体が転がっている。
もう、確定だ。ジャハーンギールは攻撃を受けている。伊勢は沈み込みそうになる体を、むりやり動かした。体が動けば心も付いてくる。心が動けば体も動く。人間なんてそんなもんだ。そんなもんなんだ。
伊勢もアールも、淡々と、西に向かって走る。
3時間後、ジャハーンギールに着いた。
ジャハーンギールは陥落していなかった。耐えていた。城壁の上にはかがり火をたかれており、門は焦げているが、しっかりと閉ざされている。
「よし、よし!」
思わず声が出てしまった。
モング達は、城から一キロくらいの草原に天幕を張って寝ていた。偵察に行ってみたが、警戒はそれなりである。おそらく夜襲を警戒しているのだろう。
夜だからモング軍の規模は分からないが、小さくは無いことは確かだ。野営地から城まで、兵たちが何度も歩いた小道が出来ている。周囲の木を使って投石器を作っている事も確認できた。
「さて、どうやって城に入るか…」
「ん?まっ直ぐ行けば良いんじゃないですか?」
ん?言われてみればそうである。よく顔は知られているのだ。「開けてくれ」、と言えば開けてくれるだろう。
「それもそうだな…じゃあさ、モング共を少し驚かせていかないか?」
「何やるんですか?」
「これから考える」
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「ふあぁぁぁぁ」
あくびが出ちまう。
明日には落とせるだろう、って時に歩哨とはついてない。ドルジはそう思っていた。
今日は惜しいところまで行った。一部の部隊はこの何とかって街の中に入って、住民をぶっ殺しまくってきやがったのだ。明日には俺も、街に攻め込んで、アルバールの綺麗な娘どもを犯しまくる。どうせなら寝不足ではなく絶好調の体で犯してやりたい。外国の綺麗な娘の腹の中に、たっぷりと子種をぶちまけてやるのだ。
仲間の中には犯すより殺す方が良いって奴もいるし、金目の物しか興味のねぇ奴もいる。だがドルジは女だ。若ければ若いほどいい。乳がようやく膨れてきたころの、若い初モノの娘の中に子種をぶちまけるのは最高の気分だ。犯す時は、全部の穴をきっちりと犯す。これがドルジの信念だ。ああ、殺してから犯すってのも、またちょっと違った塩梅で悪くねぇからな…犯しながら殺すってのもまた…うん、全部やる事にしよう。
まあいずれにしろ、家族の前で犯すってのが一番おもしれぇ。特に父親の前で初モノの娘を犯すのが最高だな。ジジイババアの前で孫を犯すってのもなかなか乙で良いもんだ。ああ…まったく楽しみでならねぇ…
『よう兄弟。元気か?わりいが黙っといてくれや』
ドルジが幸せな想像に浸っていると、森から背の高い男が出てきた。これ見よがしに綺麗な女を連れていやがる。嫌な野郎だ。
『なんだてめぇ。抜け出して一発やってきたのかよ。いい女じゃねぇか。今日の襲撃で捕まえてきたのか?』
『いんや、コイツはもう少し前にだ。明日の城攻めはどうなんだろうな』
そんな機会がどっかであったのか?…まあ良い、要領の良い野郎だ。それにしても良い女だ…
『明日には落ちるだろ。後ろの投石器も、明日には出来上がるからな。…おいてめぇ。黙っておいてやるから、女、貸せ』
『コイツは貸せねぇ。俺の嫁にするんだ。だが兄弟に最高の酒をやろう。椀出せ』
椀になみなみと注がれた酒は強く、甘く、最高だった。
『コイツは良い酒だ!この国の酒は最高なんだな!ああ早く犯しまくりてぇ!』
『おいお前。みんなで飲んだ方が酒はうめぇ。口うるさくねぇ奴、二三人連れて来い。注意しろよ、チクられたくはねぇからな!』
コイツは気前のいい野郎だ。ドルジは近くで歩哨していた、バザルとジブデを呼んだ。いい酒が飲めるってのは、良い女が抱ける次に良い事だ。バザルもジブデも、一言でついて来た。ああ、この酒を飲みながら、女を犯したら最高だろう。
『おい、てめえら、どうだ俺の酒は』
『最高だな兄弟。おめぇの女ぐれえに最高だ』
『おめえ、こんなうめぇもんを出すなんて気前のいい奴だな』
『俺は酒も良いが、あんたの女を見てるとムラムラしてたまらねぇぜ!ああ、早く街の女を犯したい!』
ドルジは実に満足であった。酒も美味い、つまみのさばかん、とか言うヤツも美味い。隠れて密かに飲むってのも、また良いもんだ。しかもただ酒だ。タダより良いものはねぇ。
男はひとしきりドルジ達に酒をふるまい、いろんな話をすると、酒の残りを放り投げて笑いながら何かを言った。
<よしお前ら。もういい>
この男はもう飲み過ぎだな、ろれつが回ってない。ドルジはそう思った。
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「相棒!早く早く!」
「おお、こわすぎる…でも殆どにぶっかけてきた」
「じゃあ、後は手分けして点火しましょう!」
手分けしようとしていたが、一台に火をつけると、見る見る全てに燃焼してしまった。ガソリンというものは実に頼もしい。これが文明の力であろう。
「相棒!」
伊勢は数秒間、汚いキャンプファイヤーを見て呆然としていたが、アールの声にハッとして、彼女にまたがった。ヘルメットをかぶるのももどかしく発進していく。
「アール、火がすげぇ!」
小道をひた走って、ひたすら逃げた。ふと振り向いてみると、後ろが真っ赤である。絶対に投石器以外の所も燃えている。
「アール、何やった?!」
「薄くたくさん撒いてきました!」
どうやってやったかは知らないが、確かに凄い事になっている。それだけは間違いない。馬も暴走しているようだ…まあいい。
すぐにジャハーンギールの正門前に着いた。モングの陣が燃えている事に、見張りの兵から歓声が上がっている。伊勢は叫んだ。
「開門!開門!開けてくれ!伊勢修一郎だ!」
「軍曹殿?!ただ今開けます!!」
城門の上にいた長身の兵が伊勢を知っていたようだ。よく見えなかったが、中隊の兵かもしれない。兵はすぐに手配して、薄く門を開いてくれた。
「軍曹殿!あなたがあの炎を?!」
「ああ、俺達がやった…おお、お前は豆か!」
「はい!軍曹殿!アール軍曹殿もお久しぶりです!」
中隊で『豆』と名前を付けた、背の高い兵士である。豆はたしか第3小隊にいたはずだ。実に懐かしい顔であった。アールも豆の元気な顔を見て顔がほころんだ。
「豆、起きている責任者に合わせて欲しいんだ。寝ている奴は起こさなくて良い。休ませておいてくれ」
「はっ!」
豆は近くにいた見習いのような兵を動かして、伊勢たちの案内人にした。わざわざ自分で案内しない所が、評価できると思う。現場の主力は離れてはいけないのだ。
見習い兵は城門近くの商家に伊勢たちを案内した。ここを徴発して使っているのだろう。
―コンコン
「失礼いたします。イセ軍曹殿、アール軍曹殿をお連れいたしました!」
「軍曹殿!?」
三郎だ。第三小隊小隊長。懐かしい顔であった。随分と疲れた顔をしていた。
「三郎、ああ、ひさしぶりだなぁ。元気だったか?」
「はい、元気であります!」
「俺達はもう訓練教官では無い。普通に話してくれていいよ」
「はい!軍曹殿!」
ダメそうである。習慣というものは実に恐ろしい。
「まず、報告しておこう。場外で野営中のモングの陣に火を付けて来た。ただ、戦果の確認は出来ない。投石器にも火を付けたが…まあ全部焼けたとは思えないな。多少の時間稼ぎ程度のものだ。その他、かなり物資や天幕を焼いたと思う。殆どアールが良くやってくれた。」
「おお、凄い…」
「あいつらは、明日にはジャハーンギールを落とすつもりだった。今は分からんが…もしかしたら逆に死に物狂いになるかも知れん…。
…もう一点。ヴィシーも攻撃された。これは本日、帝軍とセルジュ隊が組んで、モング軍を叩いた。この敗走モング兵と、追撃する友軍がこちらに向かっている。約…10時間前の情報だ。友軍の規模は六千~七千。敗走兵は三千~四千だろう。休む前に俺が聞いておくべき情報はあるか?」
「この街を包囲するモングは約5千。攻撃は4日目。全軍騎兵。対する我々は正規兵800、民兵3千。その他住民もやる気は負けません。昨日は侵入され、かなり…住民を殺されましたが…撃退しました。穴もふさいであります」
「わかった。俺は眠る。必要な時に起こしてくれ」
この街は強い。正規兵も強いし、民兵組織もヴィシーよりもしっかりしている。城門さえ守れば、なまなかな事では落ちないだろう。3日を耐えればキルマウスの部隊が来る。そうすれば勝てる。必ず勝てる。
伊勢は隣の商家に案内されて、そこで体を拭き、水を飲んで寝た。アールは隣で寝た振りをしている。
さっき一緒に酒を飲んだモングの兵の顔は、もう思い出せなかった。
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