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異世界ツーリング  作者: おにぎり
第六章~戦争と平和
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一年と118日目

一年と118日目


 キルマウス旗下の部隊は2000名、そのうちヴィシーに救援に向かうのは1800名である。

 全軍が騎兵。騎兵を使って砦を組む、というのはまったく意味が分からないが、それも遊牧民クオリティである。

 砦建設にとっては騎馬は役に立たないが、今となってはこの部隊構成は天祐なのであった。これが歩兵なら三日かかるところだ。まあ、早く残存部隊と合流し、休みをとりたいと伊勢は思う。

 

 伊勢たちは部隊を先行して走っていた。斥候の役目を兼ねている。道は無いが、地面は良く見えるのでそれほど問題は無い。タイヤのパターンもブロックパターンに変形チートで変えてるし、車体形状だってオフロードっぽく変えているのだ。4stマルチのオフローダー。謎バイクである。


「アール、なんかさ…気合いを入れないといけないとは思うんだけどさ…イマイチはいらねぇんだよな」

「ロスタム君みたいな人がいないからですね」

「そうなんだよ」

 あの時のロスタムみたいな被害者を見ないと、頭で理解しているだけで心に響かないのだ。気合が入らない。

「ヴィシーでも、ほっとけば同じ事が起きるって、わかってんだけどさ」

「そうなんですよね。…何なんですかね」

「さあ…モングって何なんだろうなぁ」

 人は人、と皇帝陛下の前で一席ぶった伊勢だけれど、モングを人とは思えないのだ。彼らにもモラルとか、公徳心とかが有るようには見えないのだ。裸緑猿の亜種のようにも見える。人の形をした、何か別の物に見えるのだ。何のために攻めてきているのかもわからないし、無抵抗な村人を殺して遊ぶ気持ちも分からない。七歳の女の子を…どうしてそんな事が出来るのか、理解できないのである。


「相棒、考えない方が良いですよ」

「うん」

 伊勢は第6軍との合流予定地点まで先に行って待つ事にした。来たときの経路と同じなので、道は覚えている。道では無くて荒野のダートなので、出来るだけ丁寧に走る。アールも先を見ていてくれるから、時々アドバイスを伊勢にくれる。ライトは消す気は無い。目立ちはするだろうが、合流地点まではこのまま行く気だ。距離を考えれば、敵は地平線の遥か彼方なのだから。


 それなりに快調に走って、合流地点の廃村に着いた。何かがあって捨てられた村だ。日本では過疎で村が消えるが、この国では戦乱と、盗賊と、魔獣と、水の枯渇で村が消える。どちらも違う意味でシビアだと思う。

 幸いにも井戸は使えるし、地下式の巨大な溜池もあるので水の補給は出来る。馬は大量の水を必要とする為、常に水場は意識しておかねばならない。


 テントを張って、アールとおにぎりを食べていると、騎馬の斥候がやって来た。多分、第6軍の部隊だ。彼らの砦の方がここには近い。

「何者だ!」

 またこれだ、と思いながらゆっくりと両手を上げて立ち上がった。徐々に犯罪者扱いに慣れてきた気がする。

「伊勢・セルジュ・修一郎とアール・セルジュ・シューイチロー。セルジュ隊に属している。ここで合流の予定だろ?先に来て待っていた」

「もしかして武芸大会と紙の?」

「そうだ。我々だ」

「おお!確かに!会えて光栄です!」

 ようやくこれで話が通じるようになって来たようだ。実に喜ばしい。売名行為をがんばった甲斐があるというものだ。でも、おにぎりはあげない。

「部隊の残存兵力はどの程度残ってる?」

「まとめられたのは5割ですね。1500騎です。もっといるでしょうが、いかんせん夜なので」

 5割使えるなら上等と考えるべきだろう。キルマウスの1800と合わせて3300。まだ足りないけど、ひと揉みでやられるような数では無い。

「どういう状況でやられた?」

「いつもは200位なんですが、いきなり5000位の大軍が襲いかかってきました。あっという間に指揮官連中が射倒されて、混乱している間に馬を殺され人も殺され…」

「わかった、ありがとう」

 斥候は報告の為に部隊に戻っていった。これでもう「何者だ!」と言われる事は無いだろう。



^^^

 結局、午前2時位に全軍が村に到着した。村とその周辺は騎馬と兵士でいっぱいである。

「イセ殿、軍議です」

「え?何で俺が呼ばれるんだ?」

 伊勢は単なる一戦闘士である。隊の中での役職は特に持っていない。軍議に呼ばれても困るのだ。

「さあ…呼んでこいと言われただけですので…」

「わかった。すまんな」

 考えてみれば伊勢にはどこで何をすればいいかなんて、全く分からないのだ。とにかくヴィシーに入城する事しか考えていなかった。自分でも思うが、間違いなくアホであろう。

「相棒、行ってみましょうヨ」

「ああ、そうだな」


 そういう事になった。


「よし、そろったか。途中の水場で馬を休ませる。今日の午後、ヴィシーに入る。西から接近する。俺達の接近はばれる。平地だからな。広がって大軍に思わせろ。砂煙も盛大にな。敵が逃げたら追う。何かあるか?」

 誰も何も言わない。馬で深夜まで移動してきたのだ。頭だって働いていない。まあ良いのではなかろうか。西から接近するのも良いと思う。

「よし、寝ろ。出発は7時だ」

「「「は!」」」

 みんないい返事だ。本来ならば帝軍の指揮権はキルマウスには無いはず。だがアハードなどの現場指揮官は率先して従っている。指揮系統の一本化を意識しているのだろう。やはり優秀な軍隊だと伊勢は思う。


「イセ、アール」

 幕を出ていくときにキルマウスから声をかけられた。

「お前ら、ダールの近くにいてくれ。初陣だ」

「わかりました」

 なるほど、そういう理由で呼ばれたのだ。よくわかった。やっぱり彼も親父なのだ。可愛い所があるものだ。

「何を見てる」

「初めて見る顔だと思いまして」

「抜かせ」

 一礼して天幕を出た。

「相棒?」

「ん?」

「頑張りましょうね!」

「ああ、そうだな」

 頑張らなきゃいけないな。


^^^

 7時に出発した。

 伊勢とアールはダールが指揮する200騎の騎馬隊の近くにいる。もっとも、彼の指揮は名目だけで、実質は副官のナルスが取り仕切っている。ナルスは体は小さめだが、冷静で目端が良く効く、優秀な男のように伊勢には見えた。

「イセ殿、アール殿!お二人一緒に戦えて実に光栄です。ジャハーンギールの士官から、お二人の事は沢山聞きました。鬼のごとき厳しく、鬼のごとく強かったと!」

「ああ、ダール殿はジャハーンギールで…失礼ですがその士官の名は?」

「第4兵団のイチロー殿です。勇気ある立派な戦士です。ご存知ですか?」

「ええ、以前は小隊長でした」

 いつのまにか兵団がさらに一つ新設されて、小隊長だった一郎がそれを任されているらしい。伊勢にとって懐かしい名だ。それにしても、いつまで一郎なのだろう…

「第3兵団のファルダード隊長のことは何か聞いていますか?」

「ファルダード殿についてはイチロー殿から聞きました。戦闘で耳を怪我したそうですが、今は元気だそうです。」

「そう…ですか」

 やはり、戦闘をしているのだ。死んでいる奴もいるだろう。もう聞くのはよそう、と伊勢は思った。嫌なニュースは聞きたくはない。特に戦の前の今は絶対にダメだ。


「私は毎日弓馬の術を訓練しているのです。イセ殿はいくさで一番大事なのは何だと思いますか?」

「数です」

「えっ?」

「必要なところに、相手よりたくさんの兵を投入する事です」

「…武芸とか、勇気は?」

「技術も気合も必要条件ですが、それがあるから勝てるわけではない。たたかいは数です。」

 ダールは、良い少年だ。キルマウスの息子とは思えないくらいにまっすぐだ、と伊勢は思った。少年の、幸せな幻想を、まだ持っているのだ。この戦いで、それは粉々になってしまうだろうが…指揮官としてはその方が良いのだ。幻想を持っていると、それに甘える事になると思う。


「ダール殿、戦闘時の指揮官の役割は、部隊の中で遊んでいる兵を出さない事です。適切に兵を動かし、部隊の全能力を出させる事。自分で剣など振るわなくても良いのです。」

「でも…私は一番に敵と戦いたい!」

「指揮官が一番先に突っ込んでいき、一番先に死んだら、残った味方は頭を失って皆殺しです。指揮官が剣を振って戦うのは、自分の兵を鼓舞するため。味方の心を支える必要があるときだけ、剣をふるうのです。指揮官の武術は、それで死なない為の武術です。私の武術もそれです。」

「……」

「指揮官は敵に狙われるから死にやすい。でも、味方の為に、決して死んではいけないのです。臆病に見えてもいけないのです。そして剣をふるう事に逃げてもいけないのです。」

「っ!剣をふるう事が…逃げ?!」

「時にはそうです。冷静な状況判断という責任から逃げて、剣をふるう者もいます」

 偉そうに…何を言ってるんだか…

 軽薄で下らない、上っ面だけの頭でっかちな言葉を吐く自分にうんざりだ。だが、多分この少年には、そんな言葉が効くんだ…ああいやだ。


「敵と戦わないと…臆病と思われて…それは私には看過できません」

「ダール殿。臆病でも、それに流されなければいいのです。猪のように勇猛な指揮官は敵よりも味方を殺します。臆病でも心の強い指揮官は、味方の損耗を減らし、敵を出血させます。臆病さを押さえつけるだけの、強く冷静な心があればいいのです。」

 伊勢の心は弱い。いつもギリギリだ。いつも助けてもらってる。


「イセ殿…あなたが言うのだからそうかもしれないが…でも私は……」

「…ダール殿、俺の弟子にロスタムという13歳の者がいます。ロスタムは武芸はヘタクソですが、さっき私が言った、強い心を持っています。奴は両親を殺され、妹を攫われながら、敵を冷静に観察し、長い距離を走って情報を俺に届け、更に徹夜で走って追跡もしました。本人には言えませんが…すごい男です。ファハーンにかえったら、ぜひあなたに紹介させてください」

 そう、ロスタムだ。

 ロスタムは伊勢なんかよりずっと強い。ダールとは年も近いから、良い友達になると思う。我ながら良い考えのように、伊勢には思えた。


「いずれにせよ…今日からの戦いが勉強になると思います。周りや副官のナルス殿、なによりお父上をよく観察すると良いかと」

「わかりました、イセ殿。そうします」

 良い少年だ。良い少年過ぎて頭に来るくらい、良い少年だ。アフシャーネフにぴったりだ。

 伊勢は小さな声でアールに話しかけた。

「おい相棒、大事に行こう。危ない目には会わせられん」

「ラジャです相棒。ボクらで守りましょう。無傷でアフシャーネフさんに返さないとですもんね」

 伊勢は返事の代わりにポンポンとタンクを軽く叩いて、心を必死に引き締めた。




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