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異世界ツーリング  作者: おにぎり
第六章~戦争と平和
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一年と117日目

一年と117日目


「キルマウス様、参上しましたよ。ご用件は何でしょう?」

 翌朝6時過ぎに伊勢とアールがキルマウスの所に顔を出すと、彼は朝からモリモリと食事をとっていた。周りにも一門の人間がいる。見覚えのある顔もある。名前は思い出せないが、帝都であった人なのだろう。ジャパニーズ・リーマン・スキルを動員し、「ドーモ」と言って軽く頭を下げておく。

「早かったな。いつ出た。お前らも食え。美味くは無いがな。砦を作っている。ここの兵は2000だ。帝都第4軍の一部と俺の兵だ。相手は200位の騎兵で遊びに来る。よほどいい回廊が魔境に開いているんだろう。」

「「いただきます」」

 伊勢は遠慮なく食卓について、食べる事にした。帝都のセルジュ屋敷で長い事一緒だった為、あまり遠慮もしなくなっているのだ。あんまりいろんなことを考えていると、キルマウスとは付き合えない。アールもパクパクたべている。


「昨日の朝にファハーンを出ました。ここに着いたのは今日の午前二時です。さすがに疲れましたね。それで、…ご用件は何でしょう?」

「おお、速いなあ!用件はな、お前なら、どういう砦を作るか聞いてみたいと思ってな。それだけだ」

「私は築城など分かりませんよ?土木の専門家でもないですし。私には進言できません」

 自分に無いものは出来ないのだ。責任は負いかねる。中途半端な自分を理解している伊勢だからこそ、中途半端さで他人に迷惑をかけたくは無いのだ。帝都の一件にしろ、最近の無理はもうウンザリなのである。

 ちなみに移動速度にビックリしている面々は見なかった事にした。精神衛生の問題である。


「イセ、別にお前の進言で砦は作らん。もう作っているしな。ただ意見を聞きたいだけだ。いいか?」

 ここでの「いいか?」というのは「わかってるだろうな?」という事である。言語チートとは関係ないある種のスキルが教えてくれるものである。

「は…」

 と、伊勢は黙って肯定するしかないのだ。組の構成員はキルマウス組長には逆らえないのだ。

「イセ殿、帝都グダードでは貴重な教えをありがとうございました!」

 ふと伊勢が見てみれば、東の顔ではなく、西の顔である。多分30代だと思うが…よくわからない。見覚えがある気もするが名前が出てこない。

「ああ、アハードさんお久しぶりですね」

 ナイスアシスト!アールが素晴らしい合いの手を入れてくれたおかげで、助かった。彼は帝国第4軍フシャング将軍の部下だ。どんな人かは忘れたが。

「ああ、どうもアハードさん。将軍はご健勝で?」

「ええ、殺しても死ぬ人じゃないですから。ところで、ここの砦は私が縄張りをしました!気がついた事はどんどん言ってください!よろしくお願いします!!」

 熱く答えるアハード。燃えているようだ。どうにもやりにくい。

「わかりました。気がついた点は進言させていただきます…」

「いやぁ!これで百人力だ!」

 間違いなく過剰評価である。胃が痛くなりそうな気がしてくる伊勢なのであった。


^^^ 

「まあ見ていけ、夕方に意見を聞かせろ」

 と、キルマウス組長に言われたので、伊勢たちは砦の建設現場を見回る事にした。


 セルジュ一門の部隊1600人と第4軍の400名、計2000名がこの地に寝泊まりしながら砦を構築している。正直言って、臭い。

 場所はカスピ海からヒンズークシ山脈に繋がる大規模魔境の南端。つまり、国境の最前線である。


 敵が出てくる所は分かっている。魔境の隙間だ。

 大規模魔境と言っても、ひと固まりなわけではなく、中小の魔境が大量に存在している、と考えた方が良いようだ。当然、隙間もあいているので、その隙間の部分をモングが浸透してくるわけである。

 この地点の隙間は前方の森に開いている丈の低い草の道だ。幅は500mと広いが、数キロほど奥に行けば小さく狭まっているらしい。こんな草の道が網目のように魔境内には存在しているのだ。当然、道のようには見えるものの、左右の魔境からは魔獣が出て来て襲われる。ここを通るのも命がけだと思う。


 さて、砦は現状兵士たちが寝泊まりしている地点にそのまま建設されている。隙間である草の道の出口から500m程の地点だ。これ以上魔境に近づいて建設するのは危険すぎると考えての事かもしれない。

 形状は正方形。角の部分を草の道に向けている。現状でも土塁が組んであるが、その上に更に版築のような壁を組むらしい。壁の上は歩けるようにするとの事。20か所の要所に防御塔を建てて、監視と防御を強化する、水は井戸、トイレは汲みとり、それぞれ千名の歩兵と騎馬兵を収容できる大きさにするとのこと。かなり大きいと思う。


 結論。良いと思う。

 正直言って、伊勢に進言できる事など何もない。トイレと井戸を離したほうが良いですよ、ぐらいのものである。実に下らないし、アハードは当然考慮しているようだ。この国は水資源が少ないからか、水を常に綺麗に、大切にするのだ。日本人も見習うべきであろう。


「アール、なんか意見ある?」

 伊勢にはもう無い。

「正方形じゃなくて、角をとがらせて辺を内側に若干湾曲させた方が良いですが…あんまり変わらないかもしれないですね。もう壁作っちゃってますし」

 伊勢には思いつかなかった考え方である。たしかにそんな城郭もある。首里城などはそうだった気がする。

「さすがだなぁ、他には?」

「この場所全体が砦なので、周りに罠を仕掛けまくって、木の根っことか壁で敵をキルゾーンに誘導してから殺す感じで…多分みんな考えてますよね」

「ああ、それは考えてるだろうな。まっ平らな平地だし」

「ですよね」

「うん」

 何の案も無くなったので、それで良い事にした。夕方まで考えたが、なにも出なかったのだから仕方ないのだ。無理なものは無理である。


^^^

 夕食の席になった。一同が集まって、話しながら飯を食う。


「で、考えは出たか?出せ」

 伊勢とアールはキルマウス組長に考えた事を列挙して伝えた。

「そんなもんか。まあ普通だな」

「はい、普通が一番です」

「それもそうか。まあ角は伸ばしておくか」

 その程度なら、今から修正しても事も無いのであろう。


「ああそうだ。お前ら。それがダールだ。アミルの娘と結婚する」

「はじめまして、ダールです。イセ殿、アール殿、噂は聞いていますよ」

 いたずらっぽそうに笑う15かそこらの少年だ。戦場が似合わない幼さを漂わせているが、じゃあ何歳からは似合うのかと聞かれても、分かるわけもない。

「ご婚約おめでとうございます。些少ながら絹を贈らせていただきました」

「ああ、それはご丁寧に」

 伊勢はちょっとしたアピールをしておいた。なにしろコネはパワーだからである。


「ところでキルマウス様、逆侵攻はしないんですか?」

「砦が出来たらな」

「それはそうですね」

 カメになっていても、相手が政変でも起こさない限りは勝てない。

「ここ以外の3か所の砦はどうなっていますか?」

「同程度だ。簡易的な基地機能はもう持っている。」

 ならば問題ないだろう。伊勢は状況がそれほど悪くないのに安心した。ただ、一時的なものかもしれないが。


「イセよ、いずれにせ…」

―伝令!伝令!

「申し上げます!ヴィシーがモングの攻撃を受けています!敵は4千!第6帝軍の陣が抜かれたようです!」

「っっ!!」

 ヴィシーが攻撃を…!

 一瞬、天幕内に静寂が走り、その後に全員が一斉にキルマウスの顔を見た。

「全軍出発準備しろ。ヴィシーを失えば補給が滞る。あそこの兵は400名だ。明日の昼には入城する。助ける。ここには200だけ残せ。第六帝軍の残存部隊と途中で待ち合わせて合流する。伝令出せ。」

 冷静だ。すごい。なぜかもう、半分勝てたような気がする。

 キルマウスの短い指示は有事だと極めて分かりやすいらしい。

 それにしても…安心したとたん、これだ。四千も投入してきたのなら本気の攻撃かもしれない。敵はこちらに本格的な橋頭保を持とうとしているのか。

 ヴィシーを失うと砦側も補給路を失う。つまり、終わりだ。モングは侵攻ルートと橋頭保を得る事になる。更に言えば、ヴィシーを失えばジャハーンギールだって敵の目と鼻の先だ。…この攻防戦は、極めて重いものになるかもしれない。


「相棒、がんばりましょう」

「ああ…」

 この戦争は、精々やるだけやる、とか思ってたらダメだ。やり抜かないと全てを失う。伊勢はそう思った。


 一時間後、部隊は出発した。

 また、夜の行軍である。



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