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異世界ツーリング  作者: おにぎり
第六章~戦争と平和
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一年と116日目

1年と116日目

 

「イセ・セルジュ・シューイチロー、アール・セルジュ・シューイチロー、両名はすぐさま参陣し、セルジュ一門の幕に連なれ。」

 使者は伊勢宅の居間でキルマウスの命令書を読み上げると、それを丁寧に畳んで伊勢に手渡した。ではよろしく、という感じである。投げっぱなしの気配がする。


「使者殿。これだけじゃ何が何だか分かりません。キルマウスは…キルマウス様はどこにいる?状況はどうなっている?」

 あまりに傍若無人な指示だった為、キルマウスをつい呼び捨てにしてしまったが、伊勢は何事も無かったようにスル―した。

「キルマウス様はヴィシーの北東に滞陣中です。現状は小競り合いがちらほら。いまはこちらの砦を4つを拡大しようとしているところです。12日前の情報です」

 つまり状況は大して変っていないと言う事だ。

「何で俺達を呼ぶのですか?」

「それは存じませんが、イセ殿の武を期待されておられるのでは?」

 この男は単なるメッセンジャーなのだろうか。まあいい。


「わかった、今日中に向かう事にします」

 伊勢は使者を返して、出発の準備を始める事にした。この世界の戦争準備がどんなものだか知らないが、日本の戦国時代だと陣太鼓がなった瞬間に全力疾走である。そのつもりで動かないとまずいかもしれぬ。

 1分1秒が大事だと言う事を、伊勢はモングとの戦闘で良く理解している。

 伊勢は何事かと居間に集まって来た家人たちに、矢継ぎ早に指示を出した。


「すぐに出発する。俺は武器と鎧と金を用意する。アール、持って行く食料と自分の武器を頼む。ロスタム、アールの手伝いを。後で親父やレイラーやアミルさんやファリドに伝えておけ。マルヤム、実験を続けろ。分からなくなったら止めろ。セシリーも執筆を。ビジャン、俺がいない間、この家を頼む。ロスタムも、だ」

「はい、相棒」

「は、はい、師匠」

「あいよ、旦那」

「はい、ミスターイセ」

「……任せろ…」

 一斉に動き始めた。良いコンビネーションである。バタバタと慌てながらも、20分ほどで準備は終わり、アールにまたがって家を出た。

「行ってくる!できるだけ早く戻ってくるよ!」

「行ってきます!」

 伊勢とアールは手を振る家族をミラーに見ながら、出発した。何か出陣の儀式などがあるかもしれないが、そんなものは知らぬ。今一つ現実感が無いが急ぐだけだ。

 

外門の門番は顔なじみだったので、止まらずに軽く左手を上げて街道に出た。あとはアクセルオンだ。

「アール、調子はどう?」

「最高です!」

 当然だ。アールの調子はいつも絶好調だ。

「よし、10時間以内に向こうに着こう」

「はい!」

 距離は大体1200キロくらいだと思うから、時速120キロで走れば良いだけだ。途中で休憩と食事を入れても、まあ…大変だが、無理な距離では全くない。この程度のロングツーなどバイク乗りなら皆やっている事だと思う。

 伊勢はアールのスロットルを回した。160キロ程度まで加速して、この速度で巡航する事にする。耳栓をしっかりしてるし、道が良いから大丈夫なのだ。なにしろファンタジー的な魔法を使って整備しているのである。


「相棒ーーー!気持ちいい!やっぱ飛ばすのは最高です!!」

 アールが気持ちよさそうなので、他の自操車がいないところで260キロくらいまで出してみた。法定制限速度なんて無いのだから全く問題はない。自己責任である。

「相棒!!最高!!楽しーい!!」

「俺はちょっと怖いぞ?!160まで落とすからな!」

「はーい」

 アールは若干不満そうだが、200キロ以上で異世界の道を走るのは、結構おそろしいものがある。何かの動物が飛び出してくるかもしれないし、変なものが落ちているかもしれないのだ。何よりも、基本的に伊勢は小心者なのである。


 2時間ごとに停車して、水を飲んで、アールの燃料補給をする。彼女の燃料はガソリンタンクに、その辺の木片や草を突っ込めばいいだけだ。炭素と水素が原料に入っていれば、合成チートでオクタンに変えてくれる。実にエコなチートである。


 このあたりの景色は大して変わらない。岩の多い砂漠か、礫の多い砂漠か、砂の砂漠か、岩山があるか、ずっとまっ平らなのか、畝っているのか、そんなものだ。結局は砂漠なのだから、どれでも一緒である。

 月に照らされた夜の砂漠はいつ見ても綺麗だと思うが、昼の砂漠はひたすら過酷な色をしていて、人に剥き出しの脅しをかけて来ているようで、とてもプレッシャーを感じる。怖いと思う。多分、どんなに慣れたこの国の旅人でも、そう思うはずだ。

 ただし、伊勢にはアールがいるから、こんな砂漠でもバンバン160キロで進んでいけるのだ。なんとすばらしいことか。彼らはいくつかの関所を越えながら、北東を目指す。


「だんだん草が増えてきたな」

「そろそろですね」

 北東部に近づくと、徐々に草木が多くなってくる。乾いている事には違いはないが、ここの乾燥は命を奪うほどではない。夏にはそれなりの雨が降る、地中海の気候に似ている

 さらに1時間ほど走ると、何度か走った事のある懐かしい道に出た。もうジャハーンギールの近くなのだ。寄り道したい気分を抑えつつ、さっと街の様子を遠目で見てやり過ごす。みた感じでは変わりは無いようで、伊勢もアールも安心した。


 キルマウスが駐屯しているのはヴィシーの北東という話なので、まずはヴィシーに行かねばならぬ。ジャハーンギールからは約250キロほどの距離だ。途中で一度休憩し、ヴィシーに向かった。もう夕方だ。背中から夕陽が射しこんで、伊勢とアールの影法師が長く道に投げかけられている。さすがに疲れた。


 太陽が水平になる前に、伊勢たちはヴィシーに辿り着く事が出来た。ヴィシーは人口2万程の街である。

「何者だ!」

 バイクに乗っている伊勢に門番が槍を突きつけてきた。

「私は伊勢・セルジュ・修一郎、セルジュ一門のキルマウス様から参陣の命令を受け、向かう所だ」

 伊勢は一歩も引かずに言った。高圧的な相手に対して引いてしまうと、どこまでも押し込まれやすいのがこの国だ。

「怪しい野郎だ!モングに似てるじゃないか!その乗り物は何だ!」

 職務に忠実な門番である。伊勢たちは明らかに怪しいのだから当然の対応だ。


「これは俺の相棒だ。魔法師が変身している。…俺達はキルマウス様の命令を受けているんだ。これが命令書だ。それと…なんと言ったか…」

「相棒、第一騎兵団のバルギーです」

 アールが人型に戻って教えてくれた。ロスタムとマルヤムのプーリー村で、伊勢が引き継ぎを行ったヴィシー側の人物の名だ。伊勢は、アールの変身に、目を白黒させている門番の様子を無視して続けた。

「そう、バルギーだ。第一騎兵団のバルギー殿は俺の事を知っている。プーリー村のモングを処理した伊勢が来たと彼に言え。確認してこい。」

 門番はバルギーに向けて伝令を走らせたようだ。伊勢とアールは別室に移され、監視されながらタバコを吸い、水を飲んで待っていることにした。


 軽くウトウトしながら待っていると、1時間ほどしてバルギーがやって来た。電話も無いのだから早い方である。

「ふむ、確かにジャハーンギール部隊を率いていたイセ殿だ。確認した」

 バルギーはささっと門番に指示して、歓迎の水を持ってこさせた。できる男である。さりげなく気を使っていますよ、というアピールが実に上手い。


「バルギー殿、助かった。それで…我々はキルマウス・セルジャーン殿の所に参陣せねばならんのだが。陣はどこか分かるか?」

「セルジュ一門は北東60サングに陣を張っている。あそこに砦を築いているのだ。途中から道が無いから、明日、案内を付けよう。」

 伊勢は考えたが、せっかく急いできたのに、ここで一泊するのも業腹である。どうせなら早くいってしまいたい。そして早く片を付けて、ジャハーンギールの海の幸を味わい、ファハーンに帰りたい。

「バルギー殿、今日は月が明るい。夜でも移動は大丈夫だろう。これから移動したいから案内を付けてくれないか?」

「…まあ、良いだろう」

 バルギーは嫌そうな顔をしたが、了承してくれた。

「助かる。これで酒でも部下に飲ませてくれ」

 200ディルほど握らせてみると、彼の機嫌も治ったようなので、万事OKである。金は社会の潤滑剤なのだ。



 案内人は駄馬を二頭連れていた。一日で90キロを移動するから自分の替え馬である。伊勢には馬などという、クソを垂れながら敵よりも騎手の尻を痛めつけるだけの能力しか無い、無様な臭い生き物は不要である。アールがいれば全てOKなのだ。とりあえず、不満顔の案内人に30ディルほど握らせてやると、俄かにやる気を出したので、良しとする。

 パカパカと早足の馬の前を伊勢とアールは走っていた。どっちが案内しているか分からない状況だが、後ろを走ると馬が落ちつかないのだから仕方ない。

「相棒、大丈夫ですか?」

「ああ、大丈夫だ」


 大丈夫ではない。朝から1200キロ以上走ってきて、その上この夜のダートコースを90キロである。

 如何に伊勢がチートにより頑健な体を持っていようが、その能力は彼の遺伝子のマックス程度なのだから、所詮は人間である。正直言ってヘロヘロであった。もう寝たい。

 しかし、軍曹は泣き言は言わないのだ!少しだけ我慢できるという事は、永遠に我慢できるという事なのだ!

「よし相棒、後もうちょっとですヨ!」

「おう」


 伊勢からすれば、「もうちょっと」がかなり長かった気もするが、とにかくセルジュ一門の建設中の砦に着いた。午前2時である。

「何者だ!変な乗り物にモングみたいな顔!怪しいな貴様!」

「俺は伊勢・セルジュ・修一郎だ!キルマウス様に呼ばれたから来たんだ!何だその態度は貴様!ああっ?!」 

「相棒…」

 陣の番兵に怒鳴られて、とっさに怒鳴り返してしまった伊勢は、アールにたしなめられて反省した。昔より、沸点が低くなっている気がする。明らかに軍曹の弊害だ。きっとそうである。

「あ…すまん。朝から18時間も移動しっぱなしなもんでな。責任者に俺が来たと伝えてくれ。これがキルマウス様からの命令書だ。それと案内人をやすませてやれ」

 番兵の一人に帝都での武術大会を見た人間がいたから、身の保証は立った。伊勢は番兵に陣中に案内されると、適当な場所を勝手に使ってテントを張り、水を貰って、濡れタオルで体を良く拭いて、アールに起こしてくれるように頼んで、寝た。

 数秒で眠りにつけた。



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