表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異世界ツーリング  作者: おにぎり
第六章~戦争と平和
70/135

一年と98~99日目

1年と98日


 この一月ほど、伊勢はロスタムに電磁気学の基礎を教えながら、発電機を作っていた。レイラーもほとんど一緒に作業しているし、座学にも参加している。ベフナーム先生もしばしばやってくる。

 今回は図面の書き方や、設計の仕方も、しっかりと教えている。いつもなら伊勢が日本から持ってきたPCでCADをつかってささっと設計し、図面を書いてしまうのだが、技術というものは一人だけがもっていても意味が無いのだ。親父の弟子も二名参加しているので、居間はさながら職業訓練所である。


 伊勢たちが紙と模型をひっくり返して、喧々囂々のやり取りをしている奥では、アールとセシリーが静かに話し合っていた。明日、セシリーの書いた『ファリスとロクシャーナ』が開幕するのだ。

 アールはスケッチブックの紙を8枚繋げて、大きな看板を書いた。あの、あまりに有名な、夜の庭とバルコニーのシーンである。正確にはアルバールver.だが。「おおファリス、あなたはどうしてファリスなの?」という具合である。

 アールが伊勢に隠しているので、伊勢ははじめてアールの絵を見た。まるで写真のように写実的で、素晴らしく正確な絵であった。上手い、というのを超越しているくらい上手い。確実にモデルになっているのは、帝都のセルジュ一門の屋敷だ。ファリスとロクシャーナの顔だけが、うまくぼやかされていた。

 その看板が、今日から劇場に掲げられているのだ。窃盗が懸念されたが、ポリカーボネートの板で覆われているので、その心配はないのであった。アールは存分にチートを使うつもりのようだ。


 アールとセシリーは、ただ静かに燃えている。


^^^

1年と99日目


 舞台裏の役者達は、飄々とした風を装いながら、みな静かに緊張している。初公演だ、当たり前である。しかも、今までこの劇団が手掛けてこなかった演目、悲劇をやるのだ。

 しっかり稽古はしてきた。自分の演技にも自信がある。でも客の反応が心配で、手に汗を握ってしまう。


「みんな集まりな!」

 座長のディーナーが団員を集めた。開園の前、彼女は必ずこうしてひとこと話す事にしている。父親がやっていたから、それを踏襲しているだけだ。

「いいかいみんな。『ファリスとロクシャーナ』はいい本だ。たぶん100年は上演されるよ。あたしたちが最初だ。…悲劇だけどそんな事はいいのさ。これは客が金を払って泣いても、それでも十分満足できる話だ。存分に悲しませてやろう。泣かせてやろう。あたしたちが、この話を演じきるだけで十分それが出来るよ。いいかい。いくよ!」


「「「おう!」」」


 セシリーは壁際からそんな団員を見ていた。自分もハイスクールでやっていた事だ。緊張、興奮、彼らの気持ちはよくわかる。

 でも、いまセシリーが感じているのは、それよりもずっと強烈な感情だった。怖くてたまらない。あと少しで全てが決まってしまうのだから。

 ミズアールは壁の小窓から客席を見ている。

「満員ですねぇ…あ、相棒だ。ああレイラーさんもロスタム君もラヤーナさんも、みんな来てますヨ」

 客席が満員だって事はよくわかっている。初上演には関係者が多く来るし、美しい看板のおかげで飛び込みの客だってわんさと入っている。本当に怖い事だ。

―カランカラン

 鐘がなった。時間だ。


^^^

―花の都ファルファーザにある格式の同じ二つの名門、古くからの怨念で新たないさかいを生み出し、流された血が―


―いや、早すぎるのかもしれない。星に宿されたとんでもない出来事が、この世に振りかかるような胸騒ぎが―


―あの人は松明に輝きを教えているかのようだ―


―あの人の名前を聞いておいで。もし結婚していたら、私のお墓が新床に―


―おおファリス!あなたはどうしてファリスなの?あなたが家名をお捨てになって、それとも私を愛すると誓ってくれたなら、さすれば私もこのキャピルヤーンの名を捨てて見せますわ―


―おやすみ!おやすみ!別れがあまりに甘く切ないから、朝になるまでおやすみを言い続けて―


―美しい暴君!天使のような悪魔!鳩の羽をした烏!狼のように貪欲な子羊!―


―夜のろうそくは燃え尽き、嬉しげにはしゃぐ朝の光が―


―行って生き延びるか、留まって死ぬかー


―おおロクシャーナ、どうしてまだそんなに美しいのか―


^^^

 アールは小窓から客の様子を覗いていた。

 客は劇に引き込まれているように、彼女には見えた。


 ファリスが毒を煽り、ロクシャーナが短剣で胸を刺し、二人の犠牲のもとにモンダーン一門とキャピルヤーン一門は和解し、幕が落ちた。


 幕が落ちても拍手は起きず、客はじっと黙っていた。しばらくして、客がこれで終わりという事を理解すると、彼らは立ち上がって一斉に文句を付け始めた。


 「どうして幸せにならないんだ…」

 「なんで死んだんだ!」

 「幸せにしてあげてよ!」

 「何でこんな終わり方なんだ?!」

 「なんだよこれ!」


 アールは客の反応に、脱力した。やっぱり悲劇は駄目だったのだ。これは、この国では受け入れられない…セシリーさんは…

 セシリーの方を振り向くと、彼女は嬉しそうに笑っていた。


『ミズアール。テストは成功です。おんなじでした。この世界の人も同じでした!!』

『え?でもこんなにブーイングが…』

『劇の最中には引き込まれてたでしょ?!終わってから文句を言うのは、感情移入してるからです!本当に幸せになって欲しいんです!だからテストは成功でした!』


 ああ、そう言う事か。

 なら、受け入れられていないけど、いるんだ。

 やっぱりこの世界の人も、元の世界と同じなら、もうセシリーは大丈夫だとアールは思う。

 彼女の中にあるものを形にしていけばいいんだ。それで充分。

 それが出来るのはセシリーしかいないのだ。


「アールさん、ありがとうござい、ました!」

「どういたしまして」


^^^

 伊勢らは余りのブーイングの多さに流石に辟易して、劇場を先に出た。

 泣きながら怒っている女性もいれば、ただ悲しそうだけど満足そうな人もいたり、戸惑ってる人もいれば、感動している風の人もいた。ただ全体に言えるのは、作品に対する文句のように思えた。

 伊勢は、どう二人を慰めるかを考えていたが、どうにもこうにもいい考えが浮かばず困った。


「レイラー、二人にどう言えば良いと思う?」

「わからないねぇ。そういうのは数学より難しいね。でも私はとても面白かったけどね。」

「ラヤーナちゃんは?…ああ、ごめん」

 ラヤーナは、ずーんと暗く沈んだ顔をしていた。

「いえ…大丈夫です。このお話は…胸が苦しいです…後悔はしてないけど、もう観たくないかもしれないです」


 ラヤーナの微妙な評論に伊勢が考え込んでいると、人ごみの後ろにアールの頭が見えた。彼女は背が高いのですぐにわかるのだ。

「おーい」

 アールとセシリーは小走りで走って来た。

「相棒、どうでしたか?」

「俺は非常に良かったと思うけど…ちゃんとアルバールの演劇になってたし。でも周りの評価は正直ちょっとな。」

 伊勢がそう言っても、アールとセシリーは胸を張って笑っている。

「テストは完璧に成功でした。劇団の人も分かってます。これでもう大丈夫です!」

「テストは成功、です」

「そ、そうか」


 なにやらよくわからないが、アールが大丈夫というなら大丈夫なんだろう。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ