363日目
363日目
「こんちはーラヤーナちゃん」
「こんにちわ、…イセさん」
「うわ、随分と、疲れてるね…」
「ちょっと、でも大丈夫です。マルヤムさんなんて全然余裕そうなのに」
ラヤーナは疲れていた。一日中、『誉』のペダルを踏んでいるのだ。ガラスペンの製造のためである。
ずっと、机に向きっぱなしなので、今の彼女には適当に気を抜きながらやれる店番の時間が何よりも嬉しいようだ。
「ラヤーナちゃんに訊きたいんだけどさ。この国って誕生日の祝いするの?」
「え?7歳の時だけですけど?なんでですか?」
やっぱり、と伊勢は思った。一年近くいるが、誕生日を祝っている人なんて、ついこの前の自分自身しか見た事が無かったのだ。
「いやね、俺の国では毎年の誕生日を祝う風習があってね。簡単な贈り物もしたりするんだよ。それで、明後日アールの誕生日だから…」
「行きます!!!」
そんなに気合入れて叫ばなくても…憧れのアール様はそんなに大事か…
「じゃ、じゃあ明後日の午後にモラディヤーン家で行うからマルヤムにも言っといてくれ。…高価な贈り物はダメだよ?」
「はい!!」
「じゃあ、親父に話があるから呼んでくれるかい?」
「はい!!」
疲れていたはずの彼女は、アールの話ですっかり元気娘になってしまった。
「親父。コイツを使ってみてくれ」
「なんだこりゃ」
「ここに親父の魔法で目盛りを刻むんだよ」
伊勢が親父に渡したのはノギスである。モノを挟んだりして二点間の距離を測る、定番の測定器具だ。アールに部品を作ってもらい、それを伊勢が自力で調整して作ったものだ。
伊勢もこの前まで気づかなかったが、この国にはノギスが無いのだ。伊勢にしてみれば、ノギスなしで加工業が出来ると言うのが驚きである。
「おめぇ…コイツは…!」
親父はすぐに気がついたようだ。さすがである。この便利さを知らず生きてきた親父の四十数年は、長くつらい人生であった事であろう。この幸せに気がついてしまったからには、もう戻れないのだ。パラダイスロストである。これは知恵の実である。
「親父、コイツは便利だぞ?『誉』の生産が一段落したら、コイツを作って売りだすんだ。測定に使える部位はここ、ここと……目盛りの刻み方はこうだ…」
これがあれば親父の仕事もはかどることは間違いない。工房の業務効率は多少上がる。
こういう細かい改善が一番重要なのだと、伊勢は思い返した。バーナーはパワーだが、バーナーだけではダメなのだ。
「ところで親父、明後日アールの誕生日でな。身内で宴を開くが来るか?」
「行く」
親父とはいつも話が早くて良い。
その後、アミルの店にも行って、アールの誕生日の事をつたえると、長女のアフシャーネフが出席するとの答えを貰った。昨日のうちに、ファリドとビジャンにも伝えてある。
さて、問題は伊勢からアールに送る誕生日プレゼントであった。どうしたらいいのか分からないのだ。
彼女は装身具を身に付けない。人型からバイクへの変化の時に気を付ける必要があるし、そもそも煩わしくて好きではないらしい。気にいっているのは、ラヤーナが作った、一部の髪飾りだけだ。
服もよく似合うものはオーダーになってしまうし、カバンというのもなんとなく違うと思う。布製小物は、刺繍のハンカチをアールから貰ったばかりだから渡しにくい。
食べ物や飲み物は論外。消えて無くなってしまうものはダメだ。
さて困った。
何かないかと考えつつ、商業区から広場にかけてをフラフラと伊勢があるいていると、占いの小さな屋台が出ていた。
占いなどというモノは端から信じていないし、いつもなら確実にスル―してしまう伊勢ではあるが、今日は考えが至らないので何かヒントを貰おうかと思い、入ってみる事にした。33年生きて、おみくじ以外では、生まれて初めての占いである。
「どうも、…占いの店ですよね?」
「はい。どうぞ座って?」
中にいたのは30歳位の女性だ。勝手にジジイかババアを想像していた伊勢は当てが外れて蹈鞴を踏んだが、促されたのでとりあへず座ってみた。
「兄さん、何かお探しですか?」
微妙になれなれしい。
「ええ、明後日に相棒の誕生日なんですが、誕生日の贈り物をしようと思いまして。それを何にしようかと探してます」
「あなたの相棒というのは、大切な…女性ですね?」
「ええ…」
当たり前である。大切な女性でなければ悩みなんかしないのだ。ファリドやビジャンあたりなら、酒と羊の脚一本送って終わりである。
「では少し探ってみましょう。wzぇrctvyぶにmzうぇxrctvybんせdrfちゅ……」
女性は手のひら大の水晶の原石に手をかざし、あっちこっちから覗きこみながら、変な呪文を唱えた。アルバール古語風味だが、伊勢の言語チートで翻訳されないと言う事は、ただのデタラメである。
「なるほど、その女性というのはとても心の優しい人で、あなたを愛しているようですね。頑固なところもあるけれど、実は繊細で、芸術を愛する心を持っていますね。色鮮やかな服装が似合う方のようだ」
この国の若い女性の99%以上はそうであろう。
「ああ、女性は美しい人ですね。姿はおぼろげですが、その心の美しさが水晶を伝って見えてきます。その女性が求めているのは、自分だけに与えられる深い愛。そして自分が与える愛の対象、つまりあなたです。」
占い客の99%はそう言われて喜ぶのであろう。
「あの…すいません…占いはもう良いので、普通に相談に乗ってもらえますか?」
伊勢はちょっと面倒くさくなったのである。
「え?ちょっとまだみてますから…」
「俺の相棒は20歳位だと思ってください。恋愛関係ではありませんが俺の最も大切な人です。向こうも俺をそう思っています。欲しいものは特にないはずです。あれば言ってきますので。好きな事は絵を描く事ととツーリ…馬で散歩する事。外見は6フィンを越える長身の美女です。
…俺は何を贈れば良いですか?占いでは無くて、女性として…どう思います?」
勝手に喋った。普通に相談に乗って欲しいのだ。
「アンタもその女も、爆発すればいと思う」
「え?」
「何よその惚気ばなし。本当にイライラする。もうどうでもいいわ、お金なんかいらないからさっさと帰って。なにさ、幸せな話ばっかりして、なにが俺の最も大切な人、よ。虫唾が走るわ。私だって偶にはそんな事言われたいわよ。長身の美女?よかったわね!欲しいものは特にないはず?うらやましいですこと!馬で散歩?優雅ですこと!
何だっていいじゃない。石ころでも渡して、いつもありがとう、とか言えばいいじゃない。バーカ。しね。」
伊勢はハッとした。
その通りである。まさに、この占い師の言う通りであった。
「占い師さん、あんたの言う通りだ。ありがとう…流石だ。おいくらですか?」
「え?」
「いや、助かった。おいくらですか?」
「5…あ、いや10ディルで」
「はい、ではこれで、どうも!ありがとう!」
伊勢は晴れやかな顔で占いのテントを出ると、鉱石屋に向かったのだった。
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