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異世界ツーリング  作者: おにぎり
第六章~戦争と平和
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361日目

361日目


 敷地は大体25mプール位のサイズがあった。それよりも、もう少し大きいかもしれぬ。裏側の短辺に水道が面しているので水の便も良い。実に良い敷地だ。

 賃料は月に300ディル。家が無い事を考えても、この広さなら妥当なところか、少し安いらしい。

 まあ、いずれにしろセルジャーン家が、ここに住め、と言ってきたのだから、そうしなければならないのだ。不動産屋など存在しない。自分の一門のコネによる斡旋がすべてである。付き合いも面倒な事だが、それがなければ生きられない世界なのだ。


 とりあえず、大工を呼んだ。 

「大工さん、3階建てで、この敷地の3割を使う建物はいくらで建つ?見た目はこだわらない」

「8万あれば十分」

「日数は?急ぎなんだ」

「一月」

「半金出せば着手してくれるか?」

「もちろん。アミルさんの店の紹介だ」

「よし、のちほどざっくりと計画を絵にして持って行く」

「わかった」


 大体その程度、という事はわかった。伊勢の手元資金は4万である。鍛冶屋の親父が『誉』を一台売るごとに約1500ディルが入ってくるが、出荷が始まって間もないため、今ここから受け取れる金は5台分の約7000ディル。ガラスペンの収益の計算は来月だが、キルマウスに贈答用として、高値で大量に売りつけてある。

 微妙に金が足りないが、まあ何とかなるだろう…すでに親父の店の受注は85台、ガラスペンはフル生産なのだ。『誉』をうっている以上、ペンはそのうちパクリ品が出てくるだろうから、短期的に頑張らねばならない。収益を考えれば魔石バーナーの販売を見合すべきであったかもしれないが、伊勢も親父も『誉』を世に出さずには居られなかったのだから仕方ないのである。何度も言うが、バーナーはパワーなのだ。


「アール、家を作るんだけど、希望はあるか?」

 伊勢は、庭を見ながら絵を描いているアールに訊いた。彼女の描いている絵が見えてしまいそうだったので、とっさにレモンの木を見て視線をそらせた。

「相棒、ボクはマトモな厨房と、外から直接入れるガレージがあれば良いです」

「じゃあ一階は厨房とガレージと俺の部屋とアールの部屋。あ、作業場兼ガレージは別途作ろう。」

「あと、お風呂があった方が良いですね。」

「それは水道の近くに離れの半地下で作ろう。そのくらいは自前で出来るし。」

「窓はガラスにしちゃいましょう。ボクが変形チートで作っちゃいます」

「二階は居間にして仕切りは少なめに。3階は各自の部屋」

「庭はレンガ敷きにしてしまいましょう、砂は埃がすごいので」

「一階は土間を表から裏まで貫通させる、それ以外は土禁」

「基本的には、はだしで歩きたいですもんね」

「だね」

「ロスタム、セシリー、希望は?」

「…えっと」

「ロスタム希望なしっ、と」

「ええっ?!」

『外階段を付けて玄関を二階とするのはいかがですか?』

「セシリーの案は採用」


「よし、じゃあ大工に発注してくるよ。あとビジャンにも会ってくる」

 「こんな感じ」を上手く形にして貰うのだ。伊勢としては、何とかしてくれ、とお任せの気分である。

「行ってらっしゃい」

「行ってきます」


^^^

 伊勢が行った後、アールは絵の続きを描き始めた。

 昨日の夜、相棒が宴の合間に、タバコを吸いながらレモンの木を見ていたので、それを思い出して描いている

 絵は面白い。何でも描けるから。

 アールはあまり話すのが得意ではないから、絵を描く方が話すよりも伝わる気もする。

 相棒の絵は、多分もう何百枚も書いたと思う。

 昔の絵を見返す事は殆どないけれど、多分だんだんとタッチが変わって来たと思う。前みたいに正確に描こうとは、最近はあんまり思わない。思った風に描こうと思っているし、上手いかどうか分からないけど、その方が良い絵になっている気がする。まあ気分の問題だ。

 

 帝都ではアールはなにも出来なかった。

 相棒が一生懸命訓練して、一生懸命戦ってるときに、なにも出来なかった。つまらない、何の役にも立たないアドバイスをしただけだ。くだらないアドバイスを聞いた相棒は、「わかった」とだけ言って、戦って、全部に勝った。

 あの時の相棒はすごかったと思う。でもその分、苦しんでた。

 相棒は人と競争したり、蹴落としたりするのが苦手な人間だ。相棒は敗者を見ないふりが出来ないから。

 だから、闘うのも苦手だ。怖がりでもある。

「相棒…」

 今でも相棒は、まだちょっと変だとアールは思う。なんかすごく、慌てている。家なんか別にゆっくりで良いのに…


『アールさん何描いてるんですか?』

 セシリーがやってきて、アールの手元を覗きこんできた。

『OH!グレイト!ミスターイセですね!綺麗な絵です』

『ありがとうございます。ボクが何を描いているか、相棒には言っちゃダメですよ?』

 セシリーは綺麗な娘だとアールは思う。最近の彼女の笑顔は、出逢った頃より良い気がする。

『ミスターイセも、あなたも凄いですね。綺麗で…何でも出来ます。あたしなんか単なる奴隷なのに』

 アールは思う。

 相棒は、ぜんぜん凄くない。弱い人だ。

 でも一生懸命に頑張った。頑張ったから凄い人だ。どんなに相棒が頑張ってるか、アールだけは良く知っている。

『相棒は凄くないですヨ。時々凄いだけです。でも頑張ったから…凄い人です。ボクが凄いかは…良くわかりません。』

 最近の自分はなにも出来ていない気がする。


『セシリーさん。セシリーさんの事を教えて下さい』

『私はこっちに来てからずっと奴隷で…』

 セシリーを娼館から引き取って一月以上経つけれど、彼女はいまだに自分の事をあまり話そうとしない。セシリーには自分を奴隷としか言えないんだとアールは思う。

『アメリカの生活を教えて下さい。セシリーさんが、よかったら』

 アールの言葉を聞くと、セシリーの目が揺れた。諦めたように、目を伏せて話し始めた。


『私はモンタナの田舎町の生まれで、両親は馬の調教をやってました。父は元海兵隊で、除隊してからしばらくたってからお爺さんの牧場を継いで、馬を預かって調教する仕事を始めました。母もモンタナの生まれでバーで出会ったそうです。典型的な田舎のアメリカンです。馬と銃と狩りが好きで、父さんも母さんもよく一緒にお酒を飲んでいた。単純で他愛無くて頭の固いお人好し。典型的なアメリカンです。周りは森ばかりでハイスクールまでは車で一時間もかかる場所です。でも山は綺麗で、空気はとても澄んでいた…。』


『私も馬が好きでよく乗ってました。8歳位から乗馬を初めて、年寄りのポニーを貰って…チッチと名付けてました。チッチはとっても大人しい馬で、賢くて…自分で状況を判断して動いてくれるから、子供の私が乗るには最高の馬でした。雑貨屋の姉弟のニコールとマイクが私の親友で、6歳のころからいつも遊んでいました。彼らの所にチッチに乗って遊びに行って、裏庭につないでおいたら、いつの間にか綱が外れて、裏庭で奥さんの作ってた野菜を全部食べちゃったことがあります。ふふっあれは面白かった。』


『ニコールとマイクとは一緒のハイスクールに行って、かれらは運動をやっていたけど、私は演劇を始めました。演劇は面白かった。20人くらいのクラブで…以前ニューヨークで劇団をやっていた人が引退して引越してきて、その人が色々教えてくれたんです。私の街は本当に田舎で、小さな娯楽にも飢えてるからハイスクールの仲間とバスを借りて私の街で公演したりしてね!』


『老人ホームとかにも公演に行きました。お爺ちゃんお婆ちゃんは本当に涙を流して喜んでくれるんです。後で私も隠れて密かに泣くんです。色んなのをやりました。古典から現代まで色々です。勉強なんかそっちのけです。演劇は観客との距離が近いのが良いと思います。上手くいっている時には一緒に舞台を作っている気がする。私はあまり役者としては向いていなかったから、本をなおしたり、演出を考えたり、衣装を考えたり、そういうのをやっていました。思ったように舞台が動いた時には、胸が爆発したみたいになるの!』


『ハイスクールに入って一年半くらいして、マイクがぼろっちい車を買って、近くの湖までドライブに誘われたから行ってみたら、途中で車が壊れて文句言いながら押して、でも街まで辿り着かなかったから車内で一泊しました。私たちはずっと一緒に育ってきたから、私は彼をブラザーみたいに思っていたけど、彼には初めからそうじゃ無かったみたいで。たぶん私たちはこのまま結婚するんだと思いました。…それからすぐにこっちの世界に来て…それで、終わりです』


 セシリーは、この世界に来て、初めて自分の話をした。懐かしかったけれど、最後にマイクの事を考えてしまったから、申し訳なくて、すこしだけ涙が出てしまった。

 今のセシリーは元娼婦の奴隷でしかない。汚れている。もう何百人も。汚い奴隷だ。ごめんなさい。ごめん。

 でも、私に出来るのはそれだけで…


 眉を寄せて潤んだセシリーの顔を見て、アールは何を言っていいのか分からなくなった。相棒以外の人と話すのはちょっと難しい。

 アールは自分の中にある相棒の記憶をかき回して答えを探ったが、よくわからなかった。

 ―なんか言わなきゃセシリーさんが…分からないなりに、なんとか口を開いた。

『セシリーさん、あの、その…ええと…ボクと一緒に…一緒に劇をやりましょう!そうだ!そうしましょう!』

 口に出してみると、なかなか良いプランなような気がした。

『え…だって言葉も出来ないから…』

『あ、うんそうですね…じゃあセシリーさんが書いたのをボクがアルバール語に訳して!それでっ!』

 そうだ。アールも伊勢も演劇なんか興味が無かったから、一度もマトモに見た事が無い。筋を覚えている話だってほとんど無い。でも翻訳くらいならできるかもしれない。訳したものを、更にこの国の作家に手直しさせても良いんだ。


『役者とかが…』

『役者もボクが何とかします!』

 アテはないけど、なんとかする。絶対だ。

『でも…』

『セシリーさん!ボク達は出来ます!』

『……は、はい…』


 セシリーさんは怖がってる。本当に怖いんだ。うまく出来なかったら、もう二度目のトライはできなくなるかもしれない。唯一の誇りで失敗してしまったら、彼女には、本当に何も無くなってしまうんだ。そうしたら…。

 アールはぞっとした。自分の言葉が、あまりに軽挙だった気がした…でも、もう…


 …絶対に、成功させる。


 アールは強く決意をして、セシリーの肩に手を置いたのだった。




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