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異世界ツーリング  作者: おにぎり
第六章~戦争と平和
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360日目

360日


「あー、ついた」

 帝都からの帰途で自操車の車輪が壊れたので、一行がファハーンへ到着したのは一日遅れだった。

 やはりよく知った街は安心感が違う。実に良い。我が家に向かう道もまた懐かしい。

「セシリーには初めてだな。もうすぐ家に着くよ」

「はい」

 このくらいの会話なら、セシリーにもなんとなくわかるようになっている。

 さて、あの角を曲がれば…あれ?

「アール?なんかおかしくない?」

「相棒、家が無いですね」

「師匠、…ないです」

「イセ君、無いね」

「ミスターイセ?」


 伊勢たちの家は無くなっていた。敷地だけが、ぽっかりとそこに開いていたのだ。実に不思議だ。おかしなことである。

 床下に仕込んでいた『大切なものボックス』も破壊されてなくなっていた。泥棒に入られた時よりひどい。

「ふむ、何か大変な事が起きたようだ。アミルさんの店に行って訊いてみようか」

 驚きが過ぎると冷静になるものである。単に麻痺しているともいう。

 一行はそのまま自操車でアミルの店に向かった。


「こんにちは。久しぶりホスローさん。家が無いんだけど…」

「はい。急遽引越す事になりまして。聞いておられないと言う事は、連絡が入れ違いになりましたか…」

 アミル番頭のホスローの言葉で、全員がすっと胸をなでおろした。何か物騒な事に巻き込まれたのではないかと、危惧していたのだ。

「でも何でまた?」

「あそこ、悪くない住宅地なもので…色々実験とかしてたので、音とか臭いとか煙が…追い出されました。地主が新しく家を建てるらしく、石材は下取りに出されました。荷物は当店にて保管しています。『大切なものボックス』の中身もございます」

 うむ。確かにこちらが悪い。

 狭い庭で無理は承知だったのだが、やはり無理であった。

 周りの家には迷惑をかけていたので、一応使える失敗作の石鹸とか、菓子折りを持って謝りに行っていたのだが無理だったようである。悪いのは全面的にこちらなので何も言えないのであった。

「状況はわかった。荷物はありがとうございます。で…新しい家は?後、留守居のマルヤムとビジャンは?」

「ご案内します」

 ホスローは徒歩で先に立って案内してくれた。


「ここです」

「え?」

「相棒、なにも無いですね…」

「はい、土地は貸すので、好きに使ってくれとセルジャーン家が…」

 工房の多い職人街の外れの土地である。親父の鍛冶屋もそれなりに近い。

 伊勢の見た目では、土地は100坪くらいありそうだ。前に比べたら少なくとも倍以上に見える。外壁の中である事を考えれば、十分な広さだと満足すべきだろう。

「状況はわかった。マルヤムは?」

「ご案内します」

 ホスローは徒歩で先に立って案内してくれた。


「ここです」

「え?」

「相棒、親父さんの店ですね」

「はい、下働きのババア(自称)として住み込みで働いています。ビジャンさんは元の下宿です」

 確かにマルヤムは器用で要領が良い。鍛冶屋の妻を30年もやっていたから経験もあるのだろう。

「状況はわかった。案内ありがとう」

「私も鍛冶屋さんに用事があるのです。バーナーの事で。素晴らしいです、あれは」

 ホスローにもようやく魔石バーナーのパワーがわかったようだ。見る人が見ればわかるのである。良く売れているようで実にすばらしい。いや、売れて当然か。


「こんちわー、ああラヤーナちゃん」

 伊勢が店に入っていくと、ラヤーナが店番をしていた。見慣れた風景であるが、なんか疲れた顔をしている。

「ああ、アールさん!お久しぶりです!イセさんも…なんか大人数ですね?」

 確かに大人数だ。伊勢・アール・レイラー・ロスタム・セシリー・ホスロー、計6人も連れて歩いているのである。レイラーなどは家に帰らなくてよいのであろうか。

「親父いる?それとウチのマルヤムが世話になってるって?」

「はい。呼んできます。…お父さんは『誉』の注文がすごくって気が立ってます。『護』に手がつけられていないので…」

 ラヤーナは軽やかに店の奥の工房に消えていった。ロスタムが顔を染めて小さなため息をつくが、もう彼女は他の男と婚約済みである。不憫とはこの事である。


「おう。久しぶりだな。『誉』の注文がファハーンとへラーン、一部は帝都からも合わせて60台を超えていてな。『護』は全然触れねぇ!クソ!『栄』は一応でっち上げたがほったらかしだ。」

「素晴らしい売れ行きだな親父。生産は大丈夫なのか?」

「全力だ。休みはねぇ」

 なんというブラック企業であることか。休みなしで肉体労働など危険過ぎる。伊勢は慄然とした。

「鍛冶屋さん。その『誉』なのですが…帝都グダードから追加で25台の注文がきまして」

「わかった」

 親父はなにも言わずに受けた。なんという男である事か。休みなしで働いて一言の愚痴も言わないとは、まさに鋼のような男である。まあそれだけの金が動いている、というのもある。

「ところでイセ、お前の所のババアは使えるな。娘とガラスペンを作らせてる。他の弟子二人と『誉』二台でフル生産だ。」

 だからラヤーナが疲れた顔をしてるのか。

 そんな話をしていると、腰を叩きながらマルヤムがやって来た。


「旦那、遅かったじゃないか。あたしゃここの親父さんに寝取られそうだよキシシシ」

「そいつは困った…。ご苦労だったなマルヤム。面倒をかけてしまった。…ただ家が無いからしばらく親父のところに置いてもらえないか??」

 マルヤムの下らない冗談を軽くながしつつ親父に提案すれば、すぐさまOKしてくれた。なにかと重宝なババアだから当然かもしれぬ。

 いずれにせよガラスペンを作ってくれれば、一本ごとに5%のロイヤリティが伊勢に入るので、互いに嬉しい事なのだ。


「よし…じゃあレイラー、工場見学をさせてもらおう。親父、良いよな?」

「ああ」

 その後、レイラーの「おおお!」「すごい!」などが工場内を飛び交ったのであった。


^^^

 さて、それはともかく家が無い。どうしたものだろうか。武術大会の賞金二万ディルもあるし、しばらくは宿に泊って…

「じゃあ、目途がつくまで私の家で暮らせばいいじゃないかね?お父様も喜ぶ。」

「相棒、いい考えです」

 そういう事になった。


「おおレイラーお帰り!何か新しい発見はあったかね?!おおイセ君!どうだったね帝都は?!」

 レイラーの父、ベフナーム・モラディヤーン先生はいつも通りハイテンションで、いつも通りに優しい。

 喜んで伊勢一家の居候を承諾してくれた。



 風呂に入った後、ベフナーム先生は帰郷祝いの宴を開いてくれた。

 いつもより少しだけ豪華な料理と、酒と果物があるだけの簡素な宴である。特別な出席者も特にいない。でも、それが良いのだ。

「それでイセ君とアール君は陛下に向けてそんな事を言ったのかね!!」

「そうなのだよお父様!二人ともかっこ良かったよ!「名誉あるものは~」なんてね!アバールの奴なんて怒りで顔を真っ赤にさせててね!」

 その辺の事を突っ込まれると、黒歴史的な恥ずかしさがある伊勢は、「ちょっとタバコを…」と言いながら庭に出た。

 

 モラディヤーン家の庭は大したものでもなく、レモンの木が申し訳なさそうに植わっている程度のものだ。金では無くて、庭を良くする気が無いのだ。 

 伊勢はタバコをくわえて空を見ながら、久しぶりに夜のファハーンの冷たい空気を味わった。

 グダードの空気とはまた違う味がする気がした。




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