355日目
355日目
伊勢たちは帝都グダードを離れ、ファハーンへの帰途についた。アールが小型自操車を引っ張っていくので3泊5日の予定である。
グダードでは特に個人的に親しい人たちも出来なかったので、壮行会のような大々的な宴会では無く、セルジュ一門の身内のみの軽い宴となった。
「またなんかやれ!どんどん作れ!モングの事は俺に任せておけ!」
とはキルマウスの談である。
宴の席でアミルからいいニュースを聞いた。魔石バーナー『誉』の王都での注文状況だ。ガラス工房や細工師から35台の受注を確定し、すでに生産を開始している、との事である。すばらしい。やはり見る人が見れば、良さがわかるのである。やはりバーナーはいい…
彼はキルマウスと共に後ほどファハーンに帰る事になっている。
小型自操車はアールに引かれて、時速30キロで順調に距離を稼いでいく。普通の自操車の5倍の速度だ。引っ張られている方はガタガタと大変だが、速さの誘惑には勝てぬ。できる事ならもっと飛ばしてしまいたいが、その為には乗っている人間に鋼鉄の尻が必要である。尻の強化は現代知識チートでもどうにもならぬ。
ところで伊勢は二級戦闘士になったらしい。武術大会の優勝が戦闘士協会内で評価されたのだ。二級になったからと言ってなんと言う事も無いのだが、まあ悪い気はしない。これでアールの級と同じである。それはなんとなく嬉しい。
日が大きく傾いてきたころに、休憩所の塔が見えた。ゆっくりと城壁の中に入っていく。
「やあ。ファハーンへ行くんだが何か聞いてないか?」
「とくにないなぁ。いつもと同じだ」
軽く手を上げて挨拶し、情報交換も行う。相場や商売のネタなんて簡単には明かさないので、なにも無い事が分かればそれでいいのだ。
「よし、じゃあ野営準備。女性メンバーが多いから気をつけろよ」
泊るのは屋根のある宿泊施設だが、気分は野営と大して変わらない。屋根があるだけの外、という感じである。靴が脱げない以上、日本人的にはそんなものだ。
料理なんて簡単だ。
グダードで買ったパン。干し肉&干し野菜の味噌スープ。乾燥果物。以上。加熱魔法で水を温めるので10分で出来る。
基本的にこれと、米と、でっち上げの乾燥パスタのローテーションである。涙が出るくらいバリエーションに富んでいる。
「「「いただきます」」」
そう言って作業のように食べる。楽しむほどの食事では到底ないし、ジャハーンギールで新兵を訓練してからは食事を作業のようにとる事ができる。
その方が楽なのだ。
後は、片づけを手際よく行い、体を水で拭いて、各自勝手に毛布にくるまって寝る。それだけだ。
伊勢が食後の一服でタバコを吸って戻ると、みんながまだ一緒に座っていた。
「どうした?片付けは済んだろ?寝ないのか?」
「もう少しで寝ますよ。相棒、誕生日おめでとう」
「ああ、誕生日か…」
伊勢はこの世界に来てからの日数を、もう正確には数えていなかったので、自分の誕生日が分からなかった。代わりにアールが数えてくれていたらしい。ありがたい。
「これ、ボク達からです」
アールからは青い鳥の刺繍のハンカチ。レイラーからは小さめの銀の文鎮。ロスタムとセシリーからは革のベルトだった。
「ありがとう」
嬉しいものだ。喜ばしい誕生日なんで…たぶんここ数年なかった。
「ありがとう…」
「どういたしまして、ケーキはないですけどね」
くすって笑って、アールが言う。
「ところで師匠っていくつになったんですか?」
「33だ」
「「「33?!」」」
このリアクションも久しぶりに聞く。ははっ
「何だレイラーも知らなかったのか?はははっ」
「ふふふ、相棒は実はオジサンなんですヨ」
そうなのだ。オジサンなのである。おどろけおどろけ。
「ははっ」
「ふふ」
伊勢は嬉しくて、なんかホッとして、ちょっと恥ずかしい事になりそうだったから、外に出て空を見上げた。
星はいつもと同じように綺麗だった。




