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異世界ツーリング  作者: おにぎり
第五章~帝都グダード
57/135

337~338日目

競技三日目


 今日の競技は槍。

 伊勢にとっては得意の得物だ。しかし、昨日の採点官の事を考えれば楽観はできない。相手の軽いあたりでも一本負けにされたり、こっちの有効打はとってくれないかもしれない。一回戦に強い相手を配置されているかもしれない。

 相手には申し訳ないが、木槍で殺すつもりで行かざるを得ない。クソが。

 試合はトーナメント制。槍の試合で優勝するためには7回勝たねばならぬ。


「やあイセ。随分順位を上げたよな!」

 このさわやかクソ野郎はなぜ俺に話しかけてくるのか…伊勢はそう考えたが全くわからぬ。おそらく彼にしてみれば、一人でいる伊勢に善意の声かけをしているつもりであろう。「俺は良い人だ」と思いたいだけの偽善である。クソが。

「でもイセ。昨日みたいなイチャモンの付け方は良くないぞ?採点官もちゃんと見てるんだからさ」

「……ええ」

 うるせぇクソ。

「まあ、正々堂々とやろうよ。な、イセ」

 てめえにとっての正々堂々なんて知るか!クソが。


「相棒、相手の目を良く見て下さい。勝てます」

 頭にきて、乱暴にタバコを吸う伊勢に向けてアールがアドバイスをした。

「わかった」

 伊勢は灰皿にタバコを投げ捨て、顔を引き結んで競技場に向かった。


 

一試合目

 伊勢は相手ではなく審判を睨んだ。

「おい審判さん。名誉に反する事をあなたがしたら、必ず私はあなたを殺してやるからな。誓ってだ。昨日の騎射競技の件は知っているだろう?」

 審判は伊勢をまっすぐに見て答えた。

「『軍曹』のイセ殿ですな。私は心配無用。ただし、そうでない者もいますから注意してください」

「ありがとう」

 伊勢は素直に頭を下げた。このクソ競技大会でマトモな奴に会ったのは久しぶりな気がする。


 試合自体は一瞬で終わった。


三試合目

「おい審判さん。名誉に反する事をあなたがしたら、必ず私はあなたを殺してやるからな。誓ってだ。昨日の騎射競技の件は知っているだろう?」

 もう、このセリフは伊勢にとってテンプレートになった。この場ではこれが無ければ始まらぬ。

 審判は伊勢から微妙に顔をそらしながら、笑ってごまかす感じだ。明らかに黒である。まあいい。相手を倒せば同じだ。

「はじめっ!」

 低くかまえたまま、ジリジリと近寄ってみた。相手はどっしりして動かぬ。牽制の突きを遠間から飛ばしてみると、一応の対処はしてくるが、中途半端である。

 結論、弱い。槍の下手なファリドと同程度である。ビジャンでも余裕でコイツに勝てる。

 伊勢は相手の槍に細かく牽制を入れると、左手前腕に向けて払いを入れた。小手があるから折れてはいないようだが、もうこの試合では使い物にならないだろう。

 審判が一本をとらないので、そのまま無防備の相手の胸を突き、倒れた所を石突で更に腹を突いた。

 相手が動かなくなったので伊勢の勝ちである。

「審判、お前の顔は覚えたからな。後で名前もしっかりと調べさせる」



七試合目

「おい審判さん。名誉に反する事をあなたがしたら、必ず私はあなたを殺してやるからな。誓ってだ。昨日の騎射競技の件は知っているだろう?」

 審判は伊勢のこの言葉を無視した。よって黒は確定である。

「皇帝陛下に礼!…はじめ!」

 相手は身長が高い。190センチ近くありそうに見える。リーチもそれだけ長く、力も強いだろう。細かく数合槍先を合わせてみるが、強いし上手い。さすがに七回戦まで上がってきた人間だけはある。

 相手の利点は体格とパワー。伊勢の利点は速さと技術とスタミナ。

 相手の手が長いから非常に懐が深く、難儀であるが、相手も伊勢の動きの速さに同じように思っているだろう。細かく小さく槍を合わせて、相手の槍先を左に導き、突いた。―ギリギリで浅かったがこれは入れられる。

 もう一度細かく小さく…相手が伊勢の足を払ってきた。足を浮かせて槍からはずし、隙の開いた胸に槍を突き出した、相手はかわそうにもかわせず、喉元の防具に槍を受けた。

 審判は一本をとらない。

「まだやるか?あなたの槍は強いなぁ。後で名前を。」

 相手は声が出せないようだ。手を振って降参した。

 伊勢は勝った。


 アールのアドバイスは良くきいた。


^^^

競技4日目


 最終日の競技は剣である。

 剣なら何でもいいし、盾を使っても良い。ほとんどの人間が盾剣士だ。

 伊勢は手製の125cmほどの木刀で戦う事にしている。別に武器は何でも使えるが、やはり日本刀のような両手剣がスタイルに合うとおもう。気分の問題だ。


「やあイセ!昨日は大活躍だったじゃないか!俺に追いついてきたな!」

「…ええ」

 黙れさわやかクソ野郎が。ナチュラルに上から話すな。上位種のつもりだなてめぇ…下等な俺達にお言葉をくれる優しい自分、ってか?

「今日は決勝で会おうな。じゃあな」

 しね。


「相棒、相棒の方が強いです。勝てます」

 頭にきて、乱暴にタバコを吸う伊勢に向けてアールがアドバイスをした。

「わかった」

 伊勢は灰皿にタバコを投げ捨て、顔を引き結んで競技場に向かった。


1試合目

「おい審判さん。名誉に反する事をあなたが…お前か。顔は覚えてるぞ?名前も調べた。後で殺すからな?…まあ好きにしろ。お前が止めなくても相手が動けなくなれば同じだ」

 案の定、試合が始まってしばらくして、相手は動けなくなった。

「すまない。一本も降参も認めない審判を恨んでくれ」

 こういうのは後味が悪い。クソっ。


5試合目

「ああ、昨日のマトモな審判殿。今日も宜しくお願いします」

「ええ、イセ殿。では双方精一杯どうぞ!」

 良い人には声をかけたくなるものである。

 試合はまた一瞬で終わった。


7試合

「またお前が最終戦の審判か。クソが死ね」

「おいおい、イセ。審判にそんな事をいうもんじゃないぞ?さあ、正々堂々やろう!」

 鎧と兜でわからなかったが…さわやかクソ野郎…お前か…その剣と盾を粉砕してやんよ…

「クソ審判、お前が審判で良かったぞ」

 簡単に笛吹くんじゃねぇぞ?このクソをギッタンギッタンにするんだからよ…


「皇帝陛下に礼!…はじめ!」

 初め、の声が終わる前に爽やかクソ野郎は突きを放ってきた。随分と都合のいい正々堂々だ。こういう人間はバカな分、他人の迷惑を感じないから幸せではある。

 伊勢はクソ野郎の突きを軽くはじくと、相手の左側に廻り、肩口に一発撃ち込んでみた。―ガッ、と盾で受けられるが、クソ野郎の表情は一変している。

 どうだ…片手剣なんかとはパワーもスピードも段違いなんだよ…その程度の防具じゃ骨も砕けるぞ?

 伊勢は軽く手を出しながら、クソ野郎の周りをゆっくりと回りって疲労を誘っていく。盾は重いのだ。そう長い間振り回せるものではない。いずれ疲れる。


 両手で強く殴り、片手で突き、片手面を打ち、引いてから足を払い、もう一度腕に両手で…、何度も何度も相手を動かし、疲れさせていく。クソ野郎はどんどん足取りが重くなっていく。

 更に10分、クソ野郎の足元はもうフラフラだ。伊勢もかなり疲れたが、動かしている方と動かされている方では、疲れの度合いは格段に違う。しかもクソ野郎はこれまで6試合も、あの重い盾を持って戦っているのだ。ご苦労な事である。

 破れかぶれになって斬りかかって来た。強く剣をはじいたら、手から離れてすっ飛んで行った。盾で殴りかかって来た。かわしてむしり取って、捨てた。へろへろの拳で殴りかかって来た。捌いて投げ飛ばした。砂を握って眼つぶしをしてきた。バレバレである。


「降参しろ」

 もうウンザリだった。これ以上は要らないのだ。

「うるせぇ!うるせぇ!!」

 クソ野郎は強者だからクソ野郎でいられたのだ。負ければ本当のクソ以下になってしまう。いい気分で下界を見渡す事も出来なくなる。…ざまあみろだ。

 クソ野郎は殴りかかってくる。剣は上手いが、徒手戦闘は全くダメだ。でも、コイツの心は折れない。

 伊勢はまっすぐに胴体にタックルして相手を倒し、その上に馬乗りになって殴った。面頬を殴られるのを嫌って、クソ野郎が左手を伸ばしてきたので、その腕をとってアームロックにかけて折った。クソ野郎は悲鳴もあげないで、残った右手で必死に殴り返してくる。この男もすごい根性だ。自分の傲慢さを手放さないだけの為に、全身全霊をかけている。

 伊勢はクソ野郎の右手の親指をとって折り、そのまま右手首も折り、馬乗りの状態から離れた。


「審判、止めろ」

 クソ審判は止めない。

 クソ野郎が立ち上がった。伊勢に向かってくる。右肩を向けて、まったく無意味な体当たりだ。伊勢はかわしながら膝を斜め前から蹴った。グキリと変な音がしてクソ野郎は横ざまに倒れた。


「審判、止めろ!!」

 クソ審判は止めない。

 クソ野郎はまた立ち上がった。足を引きずっているが、向かってくる。伊勢は引き倒した。頸動脈を締めようと思ったが、兜が邪魔でどうにも邪魔である。

 仕方が無いので、面頬を上げて素顔を殴った。クソ野郎は口から血を吹き、5発で動かなくなった。伊勢はクソ野郎を横向きにし、気道を確保して立ち上がった。


「お前は…」

 伊勢は手袋についたクソ野郎の血を審判の顔になすりつけた。声が震えた。

「審判、お前は絶対に殺すからな」

 クソ審判は震えているだけだ。怖がって済ませて、逃げようとしているのが、伊勢にはわかった。怖いから許して、罰は受けたから、ってか?

 許すつもりはないので、ここで殺そうかと悩んでいると右手が誰かに握られた。


「勝者、イセ・セルジュ・シューイチロー!」

 伊勢の震える右手を上げて勝ち名乗りをしてくれたのは、さっと横から出てきたあのマトモな審判だった。

 瞬間、歓声が轟いた。




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