322日目
本日四話目ですか、切りが良いのでここまで投稿します
322日目
一晩過ごした伊勢とアールは、あさになってビクビクしながら娼館を出た。探知魔法によると悪意は…感じない。女将の目線が少し可哀想なものを見る目になっているのを感じるだけだ。心をえぐる以外は、特に実害はない。
夜のうちにカスラーとその部下が片付けてくれたのかもしれない。
伊勢は怒られることを覚悟しながら屋敷に戻るのだった。
「ところでアール、どうやって帰るんだ?」
「相棒、太陽の向きからして、あっちですヨ」
「うん…」
セルジュ一門の屋敷に帰った二人を待っていたのは、カスラー先生の激怒である。
「先導役を間違えて娼館に入り、そこで女を身請けするとは…何をやっているのだお前らは!」
こんなに怒られたのは久しぶりかもしれないと伊勢は思った。
しかし、怒られるのも当然なのである。一つまかり間違えば殺されていたのだから。伊勢やアールだけじゃ無く、警備を担当していたカスラーの部下の身にも危険があるのである。
「すまないカスラー。こちらの全面的な過失だ…身請けの件はその…同郷だったもので…」
「すいません、カスラーさん」
「うむ…もういい。敵は8名片付けた。まあ手出しはしにくくなるとは思うが…この方法はイマイチだな」
カスラーは苦笑している。
確かに馬の練習のために外に出たいから、餌になって敵を釣る…本末転倒のような気もしてくる。
結局、後ほど一門の兵を30人ほど連れて、帝都近くで練習する事になった。大抵は単純な方法の方がエレガントで正解なのだ。
午後、セルジュ一門の屋敷の使用人に頼んで、娼館に金を届けてもらい、セシリーを迎える事になった。
3万200ディル。帝都に持ってきた金のほとんどが消えてしまった。つまり財産の6割は消えて無くなったのだ。伊勢はアミルからの身入りは多いものの、親父とロマンバーナーを開発していたりするので、いま一つ金がたまらないのである。
「イセ君。娼館に行くとはうらやましいね。私も見聞してみたいよ。」
とはレイラーの言葉である。彼女にとっては娼館も経験と学術の場になってしまうのかもしれぬ。
「レイラー、あんまり楽しい所じゃないぞ?少なくとも俺にはな」
「そうかね」
そうなのだ。日本では風俗などにもいった事のある伊勢だが、こちらの娼館のように奴隷がやっていて…というのは何か切なくて楽しめない。まあ別の理由でも楽しめないのであるが。
「師匠、誰か来ましたけど…あの人ですか?」
くすんだ金髪が、屋敷の使用人の後ろに見え隠れしている。あのような髪色をしているのはセシリーに間違いないだろう。
「ほう、カトル帝国の人かね?」
「カトル帝国じゃなくてアメリカの人なんですヨ?」
「アメリカとはどこだね?!」
「アメリカとは、ボク達の国の一地方です」
いつの間にかアメリカが日本の一地方にされてしまったが、まあ勘弁していただこう。アメリカ人は逆だと思っているのだから、お互いさまである。
セシリーは伊勢たちの前に来ると、両手をついて頭を下げ感謝の挨拶をした。彼女の元世界の生活ではそんな習慣はなかっただろうから、こちらに来てから染みついてしまったのだろう。
『ミスター伊勢、ミズアール、本当にありがとうございました』
伊勢は軽く手を振ってから、みんなに彼女を紹介した。
「みんな、彼女はセシリー・メンフィス18歳。2年前に攫われて奴隷になった。国を出た理由はあえて聞いていないが、まあ俺と似たようなものかも知れん。言葉がしゃべれないので、教えてやってくれ。」
次はセシリ―の番だ。
『そこに座って。みんなを紹介する。これは弟子アトモスフィアを感じさせるロスタム。そちらの女性は友人で学者のレイラー・モラディヤーン。あとは…この家の主人はキルマウス・セルジャーン。セルジュ一門の長。その警備担当者は俺たちの友人のカスラー・カスラーン。』
仲間を紹介すると、セシリーはロスタムとレイラーに笑いかけながら、深く頭を下げて、『宜しくお願いします』といった。
レイラーは興味そそられる対象に目をキラキラさせており、ロスタムは真っ赤になっている。この色ガキは、年上の綺麗な女にはすぐにこれである。
『セシリー、立場上、君は俺の奴隷になってる。だから早く俺から自分を買い戻すんだ。金の稼ぎ方は後で相談しよう。売春はさせない。まずアールにいろいろ教わってくれ。アール、頼む。』
「はい相棒」
伊勢はアールに詳細を任せた。女性同士の方が色々話しやすくて良いだろうと思ったからだ。
『私には何もできません…』
セシリーは顔を歪めて言った。
なにも出来ない、その気持ちが伊勢には良くわかった。伊勢もそうだったのだ。今でも本当の部分で、根っこは、そうなのだ。
これは、単なる思い込みを越えたものだと思う。本当に辛いもので、実際に何も出来なくなってしまう。
伊勢は、妻に謝る事しか出来なかった。
セシリーは、媚びる事しかできなくなっている。
だからか…伊勢は気づいた。だから娼館で伊勢とアールにそれが通じなかったときに、あんな絶望的な顔をしたのか。
<アール…たのむ…彼女を助けてやってくれ。辛いんだよ>
<はい相棒?>
誰にも聞かせたくなかったので日本語で伊勢は言った。アールにはいまいち理解できていないようだが、アールに任せておけばいい。こういう事は、絶対に間違いない。
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伊勢とロスタムが武術の訓練のために席をはずしてしまったので、女性組だけが部屋に残された。
「セシリー君!イセ君とやアール君と同じ出身のキミは数学に詳しいのかね?!」
さっそくレイラーが問いかけた。伊勢と初めて会った時にもした、安定の質問である。
『レイラーさんが数学は出来るか?って』
『数学は苦手だし嫌いです…』
アールから通訳された言葉を聞いて、レイラーは愕然とした。数学が…嫌い?数学とは嫌いになるものなのか?苦手なのはわかる。しかし、神の言語を嫌ってどうすると言うのだ…理解不能である。
愕然としているレイラーにセシリーは悲しくなった。とにかく小さく笑いかけて『ソーリー…』と謝った。
「数学を嫌う人間など初めて見たよ!キミは面白いね!では好きな事は何なのかね!」
『えっと…私あんまり勉強は…えと、映画とか演劇とか好きです…』
「学問は好きじゃない。映画…活動写真とか演劇が好き。だそうですヨ」
学問が嫌い、と聞いてレイラーは愕然とした。学問が…嫌い?学問とは嫌いになるものなのか?苦手なのはわかる。しかし、神の(ry
もう一度レイラーに、セシリーは申し訳なさそうに謝った。
「か、活動写真とは何だね?演劇が好きという事はキミの国の神話にも詳しいのかね?
イセ君の教えてくれる神話は、豊饒の女神の大便を食事に出されそうになって怒ったヤクザの弟神が豊饒の女神を殺したら姉の太陽神がひきこもったとか…訳が分からないのだよ。面白いがね…」
訳が分からないと言っても、一応ちゃんとした日本神話なのだ。理系の伊勢にも、ざっくりの日本神話くらいはわかっているのである。
「ボクから答えるけど、映画、活動写真っていうのは動く絵の事ですヨ。物語に合わせて、大きな絵が実際の風景のように動くんです。音も付いてますヨ?」
「スゴイ!!!すごすぎる!!キミはそんなすごいものに詳しいのかね?!ぜひ教えてくれたまえ!」
レイラーは目をキラキラさせ始めた。物語に合わせて絵が動く?スゴイ!
『グレイト、ファンタスティック、だそうですヨ。映画について教えてくれって。』
『えっと…私の好きな映画は色々あるんだけど…例えばサウンドオブミュージックとか…』
うんうんと、目をキラキラさせるレイラー。
おずおずと、だが嬉しそうに話すセシリー。
たんたんと、通訳をしながら話を整理するアール。
この3人、意外と良い組み合わせなのかもしれない。
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