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異世界ツーリング  作者: おにぎり
第五章~帝都グダード
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307日目

本日投稿、一話目

307日目


 謁見を願い出たのが昨日の午後、謁見するのが今日の午後。

 キルマウスが有力なのかもしれぬが、この国の人のフットワークは変なところで軽いように、伊勢には感じられる。

 いまだに基準がわからない。


 さて、それはともかくとして、宮殿は大きい。

 なにはともあれ、巨大なのである。

 白一色の大理石で構成され、屋根は巨大なドームが乗っている。全体の大きさは見てとる事が出来ないが、高さは30mは超えているだろう。

 この国の建物は、どれもこれも迫力があり、伊勢の語彙ではそれを表現する事も出来ないほどだが、この宮殿はさらに別格であった。

 壮麗という言葉が似合う、この国の権威の源泉となる人物が住むににふさわしい、見事な建物であった。


「さあ行くぞ。入れ。時間がもったいない。眺めるのは後だ。すごいのは当然だ。早く来い」

 建物を眺めている伊勢とアールを急き立てて、キルマウスが呼びつける。この男の辞書に情緒という文字は存在しないのであろう。不憫な事である。

「キルマウス殿、さあ…」


 廷臣がキルマウス一行を案内し、待機の部屋に連れていく。

 廊下は、異常なまでに完璧に清掃されており、ちり一つ落ちていないかのようだ。途中で何人かの人とすれ違う。皆、キルマウスに会釈をし、キルマウスもそれに応じて行く。会釈の傍ら、伊勢らを値踏みするような目線を飛ばしてくるが、それも仕方が無いだろう。

 なにしろ伊勢はキルマウスの指示により日本のスーツを着ているのだ。異常に目立つ。本当にやめたい。やめてもらいたい。


「こちらでお待ちを」

 待機の部屋に着いた。中の調度も一級品だ。この中の物一つで奴隷が何人も買える位の価値があるのだろう。国家元首の権威を保持するためなのだから、一概に無駄ではない。無駄ではないが無駄である。この金で、公共工事などをすればもっと生産性が上がるのに、などと考えてしまう伊勢を小市民と責める事は出来まい。


 そのまま数十分待たされた。キルマウスは部屋付きの男性召使に果物を切らせてバクバク食べている。

「お前らも食え。食いつくしても良い」

「はい」

 アールがそれに応えて、パクパク食べ始める。この二人の強心臓には誰もかなわぬ。

「おい。希望を聞かれたら、陛下の御心のままに、と答えておけ」

 これは重要である。伊勢はしっかりと心にしまった。

 更に15分ほどして、廷臣が呼びに来た。

 さあ謁見だ。


「セルジュ一門当主、キルマウス・セルジャーン!進み出るが良い!」

 開け放たれた扉の陰に立たされて待機していた伊勢らの耳に、廷臣の大きな声が聞こえた。

 キルマウスが黙って扉を抜け、進んでいく。

 伊勢らは彼の後に続いた。

 柱の林立した長方形の部屋。20メートルほど先の一段高くなった所に、皇帝が座っていた。

 30歳ほどの男である。

 鍛えられた長身をしている。少しカスラーに雰囲気が似ているかもしれないと伊勢は感じた。

 周囲には文官、武官、付き人合わせて15人ほどが整列していた。

 キルマウスは静かに堂々と進み出て、玉座から10mほど離れた場所で止まった。

「キルマウス、話すが良い」

 皇帝の横にいる廷臣がキルマウスに声をかけた。それを受けてキルマウスは大きな声で応じた。


「キルマウスでございます。陛下におかれましてはご機嫌も麗しく、本日この謁見をお許しいただきました事を深く感謝いたします」

 キルマウスにもマトモな挨拶が出来た事が、伊勢の密かな驚愕である。

「キルマウス、久方ぶりじゃ。ほかならぬお前ゆえ直答を許す。ちこう寄れ。」

 皇帝が直接声を発した。低い声である。キルマウスだけが進み出て、伊勢、アール、レイラー、アミルは離れた所に残った。


「キルマウス、元気だったか?最近のファハーンはどうじゃ?」

「はい。おかげさまをもちまして、健やかにやっております。最近のファハーンですが…なかなかに面白い事になっております」

「ほう、話せ」

 皇帝は多少、興をそそられたようだ。眉をピクリと持ち上げた。

「は、後ろに控えております3人。3級戦闘士にして学者のイセ・セルジュ・シューイチロー、二級戦闘士にして異国の大魔法師のアール・セルジュ・シューイチロー、そして商人のアミル・セルジュ・ファルジャーン、3人の功績でございます」

「ふむ」

「端的に申し上げますが、この3人、我がアルバールにおいて双樹帝国がごとき、紙を作り上げましてございます」

 キルマウスの言葉が謁見の場に浸透するまで数瞬かかった。

 遅れて、おぉ…という小さな声が、そこかしこから上がった。


「後ろの者たち、直答を許す!ちこう寄れ!ああ、レイラーか、久しぶりじゃな!…して、どうやって作った?!」

 皇帝は目に火がともったようだ。たちまちに声が変わった。

「陛下、開発者から直接お聞きになるがよろしいかと」

「よし、話せ!」

 伊勢の出番である。


「陛下、ま、まずはわ、我々がファハーンで作った、実際のモノをご覧にかけたいと存じます」

 少し噛んだ。皇帝の付き人に紙とガラスペンを手渡した。

 皇帝の手元に届くのを待って、続けた。

「陛下、私の服装をご覧になってお分かりの通り、我々の出身はこのアルバールではなく、遠く海を渡った日本という場所でございます。

 お手元の紙は、私こと伊勢と隣におります大魔法師アールの祖国、日本で過去に作られていた製法を、商人アミル殿と共同でファハーンで再現したものです。」

「ニホンとな?!聞いた事が無い!」


「遠い遠い国でございますゆえ…身の恥となりますゆえ、祖国を出た理由はどうかご勘弁を…」

「まあ、よい。それで?どう作ったのじゃ?」

 皇帝は身を乗り出した。

「は、基本的な製法は、麻や綿や木の皮や草などを灰汁で煮て繊維を取り出し、水に分散させ、それをすくい取って乾燥させると、その紙になります。場合によっては他に石灰や粘土鉱物などを付け加えます」

「それだけの工程なのか…!」

 皇帝は伊勢の簡単な説明に驚いたようだ。そう、言葉で聞くと極めて単純だ。


「基本はそのようなものです。植物はセルロースというものの繊維を持っております。これはいわば草木の骨や腱のようなものです。この繊維を植物から取り出し、それらを絡み合わせて薄い板状にしたもの…これが紙です。

 使う原料や細かい製法は違っても、双樹帝国で作られているものも同じものです。また、使い終わった紙はもう一度水に溶かして再生する事も出来ます」


 一気呵成に攻めなければならない。伊勢は必死で言葉を手繰る。

「なんと…」

「紙の他にもう一つ献上したもの、そのガラスでございますが…それはガラスペンです。先端をインクにつけ、吸わせてから紙への書き心地をお試しを…」

 皇帝が目で合図すると、すぐに付き人がインクを持ってきた。

 皇帝はペンをつけ、インクを吸わせると伊勢の紙に、恐るおそる何かを書き始めた。一瞬で満面の笑みが彼に浮かぶ。

「すごい!これはいい!」


「ここに、私が紙の製法を記した書類をお持ちいたしました。いま陛下がお持ちの紙は、私が二カ月ほどで作ったものですので、最高のものとはいえません。この国の学者と、優秀な職人達の力を使い、陛下が支援なさるならより良い紙が出来るかと存じます。価格と生産量の詳細な試算はしていませんが、羊皮紙の100倍は下らぬかと。

 そして…ここにいる我が友、レイラー・モラディヤーンの持ってきたものは、アルバールで作られた紙に書かれた初めての本でございます。題名は『運動の法則』」


 付き人が伊勢から製法書を、レイラーから『運動の法則』をうけとり、皇帝に手渡した。

「陛下…」

 今度はレイラーの番だ。


「陛下、それなるは我が父ベフナームと私の共著でございますが、その元になったのは我が友イセとアールの持つ異国の知識でございます。彼らは物理や数学や医術に関する、驚くべき先進的な知見を多数持っており、お手元の『運動の法則』はそれを我が国に伝える為の端緒でございます。はばかりながら、その一冊は今まで書かれた本の中でも、最も重要な本の一冊であると自負しております。

 陛下、我が国の学者が彼らに学べば、より深く神の英知を理解する事が出来ると、レイラー・モラディヤーンとベフナーム・モラディヤーンは確信しております」


 皇帝は感慨深げに手元の本を見た。

 手にとってパラパラとめくる。数分間そのまま時が流れた。

「ふむ…余には正直言って理解できぬが、それでも新しい事だけはよくわかる。レイラー大儀であった。これは複製して学者どもに研究させるとしよう」

「はい、宜しくお願いいたします」


「イセとやら。お前たちの祖国、ニホンというのはどこにある?どういう国じゃ?人口は?軍は?王は?人の暮らしはどうだ?」

 皇帝は矢継ぎ早に質問してきた。伊勢にとっては、この質問が一番答えにくい。なぜならこの世界に日本は存在しないからだ。

 しかし、ここでへたれる訳にはいかないのだ。

 アールと自分を、異端でないように印象付けなければならない。

 全ての為に、全力を出し切って言葉を綴らなければならない。絶対にだ。


「陛下…私とアールの国、日本の詳しい場所はお答えできません。それを他国に秘密にすることは日本に生まれた者の義務であり、私と私の先祖たちの名誉が掛かっておりますので。ただ、遠く遠く海を渡った場所、とだけお答えしておきます。

 日本という国は…水豊かで山河多く、人口は一お…一億二千万、常備軍はたしか22万、2600年続く皇帝が統治し、この国とは違う技術と魔法があります。

 私の隣にいるアールは、我が祖国の大魔法師で、この国とは異なる魔法を使います。

 人々の暮らしは豊かですが…飢えないからと言って幸せとも限りません…人は人、アルバールの民と根っこのところは同じでございます。親は子を慈しみ、子は親を敬い、人々は助けあい、罪を憎み、先祖と名誉を大切にする。

 だからこそ、私やアールはキルマウス様やアミル殿、モラディヤーン親子や他の様々な人たちと交わり、結果として陛下のお手元の紙を作る事が出来たのでございます。日本人もアルバール人も、己を律する限りは、人は人でございます。」


 もう、これ以上は無理だと思った。

 伊勢の全力だ。

 思う所を、思うままに言うしか無かった。

 しかし、間違ってはいないはずだ。


「人は人、か。ふむ。…ふむ。

 大義であった!お前達の功績は極めて大である!お前達、望みはあるか?!」

「は、陛下の御心…」

「北東部に支援をお願いします」


 アールが沈黙を破って、いきなり話し始めた。

 ざわり…と、変な空気が動いた。


「北東部はモング族の侵入を受け、危険な状態です。放置するのはこの国にとって自殺行為です。ボク達は北東部のジャハーンギールに行ったときにモング族とたたかいました。モング族はこの国の村を襲って、村人を皆殺しにしています。ボク達の弟子の村も皆殺しにされました。モングはそのうちにジャハーンギールを襲うでしょう。その他の大きな都市も襲うでしょう。へラーンもファハーンも襲われるでしょう。東が殲滅され、降伏したら…そうしたら次はここです。いくら大きい城壁があったって周りが丸裸にされたら負けです。援軍の無い籠城戦は勝てません。相手の補給は途切れません。モングは全軍騎馬で遊牧民。強いです。草原がある限り永遠に進軍します。東も西も関係ありません。人は人、アルバール人はアルバール人です。ボク達は日本人だったけど、今はアルバール人なのでこの国のために戦います。それが名誉だと思います。もうすでに北東部でモング族と戦いました。相棒もボクも頑張って相手を全滅させました。北東部の魔境はモング族の南下を抑えきれていません。みんな死にます。皇帝陛下、みんなを守ってあげて下さい。エルフを動かしても良い。あなたなら出来るはずです。おねがいします!」


 アールは顔を真っ赤にして言いきった。


 伊勢は周りを見渡してみた。

 キルマウスとアミルは唖然とした顔をしている。アミルなんか目がこぼれ落ちそうだ。レイラーは真剣な顔をしている。皇帝は睨んでいる。

 廷臣たちは色々だ。不愉快そうな奴もいれば、何事も無かったような顔をしている奴、面白そうだと思ってる奴、スッキリした顔の奴も武官に少しいる。

 

 いきなりの事だったが…伊勢はちょっと誇らしくなった。

 どうだよお前ら、お前らにこんなことは出来ないだろう。もちろん俺にも出来ない。

 これがアールだよ。俺の相棒だ。

 すごいだろ?

 ざまあみやがれ!


 伊勢も続けて言ってやった。

「陛下、状況は先程アールが申し上げた通りにございます。

 我々は約半年前にジャハーンギールの訓練中隊100名を率いて、村を皆殺しにしたモングの偵察部隊85名と戦い、これを全滅させました。捕虜から魔境を通るルートを割り出しましたが、いまだに有効な対策がとれていません。おそらく侵入ルートは複数あるでしょうし、これからも増える可能性が高い。

 相手は全軍騎馬ですから無理すれば魔境は抜けてこれます。どんどんと侵入を受け、魔境の南に橋頭保を作られたら東側は終わりですし、そうなればもう西も終わりです。国内不安により異民族の侵入を許して滅びた国など、歴史上枚挙にいとまがありません。団結が必要です。」


 廷臣の中には、伊勢とアールを胡乱げな目で見ているものが沢山いる。

 伊勢はカッとした。ロスタムとマルヤムの村は滅んだのだ。ミナーは死んだのだ。

 インパクトが必要だ、と思った。口調を変えた。

 気の弱い小市民が、切れてヤケクソになったのである。

 

「……俺の言ってる事が嘘だと思う奴は、実際に北東部に見に行くがいい。モングのクズどもと血みどろになって戦ってみろ。あいつらは7つの子供だって強姦して殺す奴らだぞ?城壁に守られて安心してんじゃねぇ。こんなのは砂上の楼閣だ。時間かけりゃ俺にだって落とせる。もう聞いただろう、聞かなかった事には出来んぞ?……大変失礼いたしました。」


 アールが伊勢の横でひそかに親指を立てている。

 どうだ、俺も言ってやったぜ!

 胸がドキドキして、血液の流れる音が聞こえる。

 伊勢もアールにそっと親指を立てた。脇の下は汗でびっちょりだが。


「キルマウス」

 しばらく無言だった皇帝が静かに話しだした。

「今、この二人が言った事は事実か?」

「はい、陛下。事実でございます」

「わかった、下がれ。」

「は」



 そうして謁見が終わったのであった。




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