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異世界ツーリング  作者: おにぎり
第五章~帝都グダード
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291日目

291日目


 キルマウスから「近いうち帝都に行くから準備しておけ」と言われてもう40日近くである。

 伊勢達はダレている。

 新幹線に乗ってちょっとそこまで、という風にはいかないのはわかってはいるが、遅い。40日である。40日あればひと夏のアバンチュールを5回は繰り返す事が出来るであろう。ただしイケメンに限る。


 とりあえず紙を頑張って3千枚ほど作り、ガラスペンを50本ほど用意してもらった。ガラスペンはペン先だけガラスのタイプや、全体を総ガラスにするタイプ、軸やら装飾の形状をいじったタイプなど、ラヤーナがなにも言わずとも考えてくれている。さすがに親父の娘であった。

 

 ジャハーンギールから海藻の灰が十の壺いっぱいに届いたので、最近はこれを使って石鹸の実験をしている。たぶん、そのうち上手く行くだろうが、まだ条件出しに苦労しているところだ。ただ、ロスタムが初歩の代数や比の計算をマスターし始めたので、多少は楽になりつつある。いずれにしても、パワーをかければ何とかなるレベルだと伊勢は考えている。


 伊勢自身は紙の件が終わり、石鹸に注力するにしてもアールもマルヤムもロスタムもいるので、別件を進める事にした。魔石バーナーのシリーズ化である。


 伊勢と鍛冶屋の親父は、魔石バーナーにすっかり魅せられてしまった。やっていて面白いのだ。なにしろ火力はパワーなのである。ロマンである。

 ロゴも考えた。伊勢の発明した製品には『技』、親父の店の製品には、『鉄』という漢字が親父の金属変形魔法で彫られる。例えば魔石バーナー量産型一号には『鉄ノ技』と彫られているわけだ。

 ちなみに魔法師よりもはるかに希少な、超一流の鍛冶屋にしか使えない金属変形魔法による彫金だから、コピーの心配はかなり小さいのである。そもそも正確な図面が描けるのは伊勢だけだから、コピーや技術の伝承はなかなかに難しいであろう。


 魔石バーナー量産型第一号、その名もバーナー『誉』は、すでに受注を始めており、ファハーン中の製造業者から賞賛をうけた。すでに11台の受注が確定し、その他からも見学やら何やらの引き合いも多数受けているのだ!やはり見る人が見れば、わかってもらえるのである。なにしろ、すでに親父の鍛冶屋の工場内で一般的に使用され、有用性がプルーフされているのだ。すでに北部の大都市へラーンとその周辺都市、帝都グダードとその周辺都市に向けて洗脳済み…もとい教育済みの営業マンが出発し、バーナーの布教に余念が無い。

 

 そして今、伊勢と親父が取り組んでいるシリーズ第二弾『護』、第三段『栄』である。

 『護』はフライホイールを搭載し、空気流量の安定化を図っている。これは魔法での駆動が可能だ。比較的大容量、大熱量の用途に対応する設計である。一方で栄は宝飾関係の職人を対象として、より小さく、応答性良く、そしてバーナーの方向を多少変えられるように設計してみた。

 両者ともまだ試作に入ったばかりであるが、完成が実に待ち遠しく、伊勢のニヤニヤが止まらないのであった。

 

^^^^^

「久しぶりだな」

 気晴らしを兼ねて自宅の一階厨房で、アールと一緒に昼ごはんの、生パスタのアンチョビ入りペペロンチーノを作っていた時に、外から懐かしい声がした。

 カスラーだ。


「おおカスラー!久々だな!元気だったか!」

「カスラーさん!こんにちは!」

 伊勢もアールも突然の再会にビックリした。

 久しぶりの顔である。この世界は危険があるし、戦闘士などという危険な仕事をしている以上、会えない人間の事は常にどこかで不安なのだ。

 実に嬉しい再会であった。

「入ってくれよ。アール、カスラーに水を頼む。今は昼飯作ってたんだ。一緒に食おう」

「よし、じゃあ遠慮なく」

 カスラーは食堂に入ってきて椅子を引いて座った。きびきびとしてカスラーらしく、実に絵になる所作であった。

 

「カスラーさん、相棒の弟子みたいな雰囲気がある可能性があるロスタム君と、住み込み使用人のマルヤムさんです」

 アールがロスタムとマルヤムを連れて来て紹介する。

「弟子のロスタムです」

「マルヤムだよ。カッコいいお兄さんだキシシ」

 2人はぺこりと挨拶して、自分の席についた。

「ほう、イセが弟子をとって使用人までいるとは偉くなったな」

 いたずらな目で笑う。この三十路男はそういう仕草が結構似合う。イケメンだから何でも似合うのだが。クソっ。

「おいおい、やめてくれよ。アミルさんとこには?」

「ああ、さっき挨拶してきた。…聞いたぞ?色々やってるらしいな」

 その色々がどんな色々かはわからないが、確かに伊勢は色々やっていた。この世界に来てからの波乱万丈の怒涛っぷりは伊勢を翻弄し、濁流に翻弄される木の葉のごとく押し流してきたのだ。伊勢はそう思っている。自業自得という文字は、彼の辞書から消滅したらしい。

「ま、まあなぁ…色々とやってるよ」

「戦闘士協会で聞いたが、お前らの二つ名がついてたぞ?『軍曹』のイセ、『無敵』のアール、だそうだ」

 やめてもらいたい。

 よりによって『軍曹』とは…アールの『無敵』はわかる気がするが…安易な中二の気配がする。親父の鍛冶屋にしろ…この世界のネーミングセンスは即物的すぎる。


「カスラーの方は何やっていたんだ?」

「俺は東南のナードラに行っていたよ。獣人の国だ。隊商の護衛をしてナードラに行って、現地ではアミルさんの長男のアーブティンさんと一緒に動いていた。

 ナードラは暑くて密林ばかりで大変だよ…獣人の言葉はイマイチ良くわからないしな」

 ナードラは地球で言うインドである。

 地球のインド亜大陸とはかなり違っていて、東の方には細い入り江が、ユーラシア大陸との間に楔のように入っていたりするが、全体の形状は良く似ている。セイロン島もあるようだ。

 ナードラは完全な部族社会で、無数の獣人の群れが基本単位になった国だとの事。国というより獣人文化圏と言った方が近いようだ。

 ヒマラヤという最強の要害と、獣人の夜間戦闘能力のおかげで防衛戦闘にかけては無敵だそうである。逆に獣人の飽きっぽく攻撃性の低い気質から、侵略戦争を仕掛ける事は全くないそうだ。実によい種族である。類人猿にも見習ってもらいたい所だ。


「それにしてもこの麺は美味いな…でだ、アミルさんに聞いたんだが、今度は帝都に行くんだろう?俺も行く事になった」

 それは良いニュースだ。

 カスラーとは久々に会ったが、すでに気心の知れている仲だし、道中の仲間たちとの橋渡しにもなってくれるだろう。

 なにしろ伊勢は戦闘士の仲間達とはあまり交流が無いのだ。どちらかと言うと、アールの方が戦闘士の中では良く知られているし、知り合いも多いのであった。

「それは良いな!でもいつ行くかは全然聞いて無いんだよ。近々って言われてもう40日だ…」

「え?明日だろ?」

「は?」

 何か聞こえた。そんな気が、した。

「明日から行くってついさっきアミルさんから聞いたぞ?…聞いて無いのか?」

 聞いていない。この無茶振りは何であろうか。

―ドンドン、扉を叩く音がした。

「ごめんください、アミルの遣いです」

 アミルの店の丁稚である。

 この瞬間に連絡が来るのか…伊勢は急な無茶振りに嘆息するしかないのであった。


^^^

 それからは戦争である。ト連送が打たれて来たのだから、突撃せねばならぬ。

 伊勢は鍛冶屋の親父のところに行って、詫びを入れた後に出発を告げて、文句を言われながら開発中の『護』と『栄』について話し合い、アールは荷物をまとめて、マルヤムは自操車の手入れをして不安な部品を調達し、ロスタムは右往左往していた。


 ―後は…

「アール、俺はベフナーム先生とレイラーの所に行ってくる。お前はビジャンに留守の間頼むと伝えてくれ!」

 マルヤムは連れて行かない予定だったので、留守中はババア一人になってしまい不安があった。彼女なら一人でも大丈夫だろう、というそこはかとない確信も伊勢の心の中にあるものの、そんな証明の出来ないものなど信頼できるわけが無い。この街の治安には少々問題があるのだ。

 そのため、下宿でひとり暮らしのビジャンに、留守中の事をお願いしてあったのであった。

「はい相棒、行ってらっしゃい。行ってきます」

「ああ、行ってきます。行ってらっしゃい」

 伊勢とアールはいそいそと、せわしなく家を出ていった。


^^^

「こんにちは、先生、レイラー」

「やあイセ君!今、君の所に行こうとしていたのだよ。キルス、お父様を呼んでくれ」

 伊勢が執事のキルスに案内されてモラディヤーン家に入ると、レイラーは神聖カトル帝国風のシンプルなワンピースを着て、片手にお茶を持ち、庭を見ながら何か考えていた。レイラーには似合いの仕草だ。彼女は常に何か考えているのだ。

「イセ君、私とお父様で、君の紙を使って本を書いたよ。ちょっと見てくれないかね。この本は…」

 傍らの本を左手に取り上げて、そこまでレイラーが言ったときに、ドバンッと扉が勢いよく開き…

「イセ君!本を見てくれ!」

 小さくて丸っこい、ベフナーム先生が登場したのだった。


『運動の法則』

 実に単純なタイトルだ。

 伊勢はレイラーから本を受け取って、革の装丁で、麻紐で綴じられた本のページをめくった。

 一枚目のページにはこう書いてあった。

『これはイセ・セルジュ・シューイチローとアール・セルジュ・シューイチローが祖国より伝えてくれた知識を元に書かれた。彼らは我々に新たなる地平を開いてくれる人間である。至高なる神の知に感謝をささげる。 ベフナーム・モラディヤーン、レイラー・モラディヤーン』


 簡潔で、どこか彼ららしい文章である。伊勢は返す言葉を失い、本を両手で持って2人に頭を下げた。

「力学の本なんだがね。自分達でもいい仕事が出来たと思う」

 ベフナームの言葉にページをめくってみた。

 目次がついていた。この世界の本には目次が無いので、実のところ、これも初めての試みとなるのだ。

 伊勢にはこの国の数学がわからないので、詳細には触れられないが、大まかなところでは物体の運動を数学的に解析した本らしい。天体の運動にも言及されている。

 100ページほどの薄い本ではあるが、これがこの国で初めて作られた紙に書かれた本であり、新たな知識の切り口になるのだ。

 モラディヤーン親子の誇らしげな佇まいに、伊勢の胸にも熱いものが満たされるのであった。


「ベフナーム先生、レイラー素晴らしい本です。…是非詳しくみたいところですが…急に明日から帝都に行く事になりまして…」

 レイラーと先生はピクリと眉をあげた。まったく同じ表情である。

「そうかね。では道中で説明する事にしようかね。キルス、準備を頼む」

 レイラーが何事も無かったように立ちあがってキルスに指示した。キルスは伊勢に申し訳なさそうな顔をして出て行った。

「えっ?」

「レイラー、気をつけて行って来なさい。向こうでホラディー師に挨拶を頼むね」

「はい、お父様」

「え?」

「イセ君、娘をよろしく頼むね」

「え?あ、はい…」


 そういう事になった。


^^^

292日目


 翌日の早朝に出発地点に集まった。というよりも今は夜中の1時である。もちろん、完全にまだ夜だった。

 まだ暑い時期なので、日が高くなる前に出来るだけの距離を稼ぎ、午後は寝るのである。

 隊は約150名。自操車が15台にラクダが50と騎馬が90。替え馬が多い。護衛はキルマウスの用意したセルジュ一門兵50名とファハーン所管の帝軍50名。いや、帝軍に関しては護衛というよりも、帝都に帰る部隊が同行しているだけである。セルジュ一門兵に関してはカスラーが指揮する。

 戦闘士はカスラーと伊勢とアールの3人だが、伊勢らは客だから護衛には含まれていない。


「お前達、朝飯は食ったか。食っていけ。今の時期はすぐ暑くなるな。おお、この山羊は美味い!食え」

 キルマウスに呼ばれて伊勢、アール、アミルらが天幕に行ってみると、すでにキルマウスはこの調子である。さっきまで出発準備でバタバタしており、疲れ切った伊勢からすると、実にウンザリなテンションの高さなのであった。当然、レイラーとロスタムは自分の天幕で寝ている。

「ああ、すまんな。お前らには連絡が遅れた。別件が無くなったので急遽出る事にした。強行軍だぞ。14日で行く。」

 ファハーンからグダードまでは700サング(約千キロ)以上の距離がある。それを二週間とは…一日に70~80キロ以上進む計算になる。魔法で敷かれた道が整備されているとはいえ、ウンザリなのであった。こんな計画の旅で自操車に乗っていたのでは、確実に伊勢の尻は崩壊するのだ。現代人の尻はセンシティブなのである。

「キルマウス様…出来れば私とアールも護衛をしたいのですが…自操車に揺られているだけでは…正直言って尻が持ちません」

 伊勢は正直に言ってみた。口実を考えるのが面倒くさくなったのだ。

「馬より楽だろ。ああ、お前らは馬には乗らんか。好きにしろ。ほら食え。水はあるのか?ワインが良いか?」

「あ、はい…どうも…」

 アールは挨拶だけしてバクバク食事を食べてるし、キルマウスは伊勢の適当なリアクションにも特に不愉快そうな顔は見せない。もっと気さくに接しても良いのかもしれぬ。そう思い、伊勢も食事をとる事にした。

 アールは、ロスタムへのお土産に、さらっと隠れて肉の塊を紙に包んでいる。周囲には完全にバレバレだが。

 やはり、紙は良い…伊勢はそう思った。


 そんなこんなで、隊は出発したのだった。


^^^ 

「綺麗だな…アール」

「はい相棒…ボクも嬉しいです」

 伊勢はアールの上にいた。

 とても気持ちが良い。久々に満たされた気分になる。

 伊勢はアールの上で、小さく腰を揺らした。

「うん、もう少し柔らかく…ああ、良い感じだ」

「こんな感じで気持ちいいですか?」

「うん、最高。極楽」

 伊勢とアールがこの国に来てかなり時間がたつが、思ってみればこんな事をするのは初めてだった。

「はは、アールも気持ちよさそうだなぁ」

「はい相棒。ボクも最高です。もっと思いっきりいきたいです」

「俺もだ。いっちゃおうか」

「はい、いかせてください!」

 アールの返事を聞いて、伊勢は右手をひらめかした。

「ああ、最高です!」



 そうやって…


 一台のマシンが、月夜に照らされた美しい砂漠の道を、冷たい空気を切り裂いて疾走するのであった。

 




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