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異世界ツーリング  作者: おにぎり
第四章~ファハーンの休日
47/135

240日目

240日目


「あー、暑いですね…昼間はキツイ」

 今は午前10時だが、素手に日は高く上っている。この地方の日差しは降り注ぐのではなく、叩きつけてくる。


 ロスタムの運転する幌付きの小型自操車に乗り、伊勢はアミルを連れて、親父の鍛冶屋に向かっていた。魔石バーナー改を見せるのである。

「イセ殿、この時期の昼間はね、奴隷にうちわであおがせながら寝るのが正解だよ」

「え?アミルさんそうしてるんですか?」

「私はしてないがね。金持ちは大体そんな様子じゃないかな?」

 人間を扇風機代わりにするとは大したもんである。小心者の伊勢なら、居心地が悪くて昼寝どころじゃない事だけは間違いなかろう。


「そうそう、イセ殿、蜂の件だが、なかば上手く行き、なかば問題があるようだ。遠心分離機にかけると壊れてしまう巣があるらしい。」

 まあ一発で上手く行くわけはないのだから仕方ないが、遠心分離機に問題があるのなら大変である。伊勢が行って向こうで機械を調整するしかないだろう。

「壊れていない巣もあるという事ですね?壊れた巣と大丈夫な巣、何が違うのか、巣の出来た時期か、巣枠の問題か、幼虫が育った巣なのか、巣の色、形、それか遠心分離機の問題なのか…そう言うのを良く調査させてください。」

「わかった」

 現場の様子がわからないから、それ以上は言いようが無いのであった。



^^^

「師匠、アミル様、到着いたしました」

 ロスタムが報告してくる。なかなかに街中での自操車の運転も上手くなり、余所行きの言葉づかいにも慣れてきたようだ。


「こんちはー。やあ、ラヤーナちゃん。来たよ。」

「こんにちは。待ってましたよ。イセさん」

 にこっと綺麗な愛想笑いを浮かべて、ラヤーナが親父を呼びに行く。ラヤーナの笑顔を見たロスタムが真っ赤になってきたが、小心者の伊勢は黙っていた。彼が失恋を知るのは、伊勢以外からにして貰いたいものである。

 

 奥で、親父が魔石バーナー改に木炭をセットしていたらしい。

「おう来たか。見ろ」

 いつも通り、異常に話が早い。言い捨てて、勝手に工房に戻っていく。

 伊勢とアミルが後を追って工房に入ると、もうバーナーは稼働していた。

 魔石バーナー改は試作品に比べて木炭の使用量を3割減らし、送風機構のペダルの改善など、全体的に使いやすくなるように設計しなおされている。主要部分は変わらないが、使い心地は向上した。道具なのだから使い心地は非常に重要なのだ。

 ちなみに試作品の初代は伊勢の家においてある。


 バーナー改を伊勢はもう何度も見ているし、そもそも設計したのも彼なので特に驚きはない。アミルはどうかと言うと…

「なんだね?これがどうしたのかね?青い火が出ているが?」

 伊勢は耳を疑った。彼には、このすごさがわからないのだ。何という事か。ロマンを共有できない!それでも彼は男なのだろうか!

「てめぇ!これ見てわかんねぇのか!すげぇんだぞこの"魔石ばぁなぁかい"は!」 

 親父は激怒である。まあ伊勢にも気持ちは分からんではない。


「親父…コイツのパワーをアミルさんに見せてやってくれ」

 伊勢の言葉を受け、親父はその辺の鉄箸をつかむとバーナーの炎を当てた。さらに親父がペダルを踏み込むと炎は白熱し、当てていた鉄箸の先端がとけて落ちた。

「どうだ!」

 それを見ても、アミルはこのバーナー改のすごさを、まだ今一つ分かっていないようだ。物を作った事が無い男はこれだから!

「ラヤーナ、やれ」

 ごうを煮やした親父がラヤーナに指示した。彼女はガラス棒を持ってきてバーナーに座り、炎で棒をあぶりながらペンを作り始めた。以前に見た時より確実に腕が上がっているのが良くわかる。しばらくして、出来あがった。

「どうですか!」

「ほう、これは綺麗なガラスの棒ですな。細かな筋が入ってねじれている」

「「そっちかよ?!」」


 アミルにバーナー改のすごさを教えるのに1時間かかった。


「わかりました。バーナー改の方は私が間に立って売りましょう。…でもどうやって売れば…なにか提案はあるかイセ殿」

 まあ、機械なんて売った事が無いなら、戸惑うのはあたりまえだろう。

「いいですかアミルさん。この機械はすごいんです。ガラス工房や、鍛冶屋や金属細工師なら絶対に欲しがります。相手の現場に持って行って、実演すれば売れます。間違いない。

 実演する担当者をアミルさんの店から選んでください。俺と親父で機械について直接教えます。」

「俺の店からの売値は一万8千ディルだ。交渉の余地はない。」

 ちなみに、そのうちの8%が伊勢の取り分だ。

 アミルは高いと思ったようだが、伊勢と親父からしてみれば非常に良心的な価格である。感覚的には300~400万円くらいだ。まあ、物価も所得も日本とは違うから比較にはならないが。

 これだけのもので、製造元卸値が300万円なら十分に安いと伊勢は思う。

「アミルさん、俺と親父は共同開発で、他にも工作機械などを作っていく事があると思います。その専属販売代理店として、あなたの所に卸すわけだ。これは良い始まりになりますよ。」

「ええ…うーむ」


 多少の話し合いの後、問題なく商談は成立した。販売計画は後日に練るとなった。


「失礼します。はい、伊勢さん、これ」

 ラヤーナが応接室に入ってきて、お茶くみのついでに伊勢に先程バーナーで作ったばかりのペンとインク壺を渡した。

 

 さて、ここからがメインディッシュである。

「お、ありがとうラヤーナちゃん。…うん、よく吸うな…」

 伊勢がペンをインク壺に漬けた様子を見て、アミルが目をかっぴらいた。バーナーの価値はわからずとも、こういうものの価値はわかりやすいらしい。伊勢は絶対にバーナーの方がすごいと思っている。親父もだ。議論の余地は一切ない。

「さて、アミルさん。これはガラスペンです。書いてみます?」

「おお、これがペンとは!美しいな!鍛冶屋殿、羊皮紙を貸してくれ!」

 伊勢はなにも言わずに懐から紙を出してやった。アミルはさらりとその紙に試し書きを始め…二筆ほど書いたところで動きを止めた。紙を触ったり、こすったりし始めた。


「イセ殿、この紙は?もしや?もしや?!」

 伊勢は満面の笑みで答えてやった。自然に顔が笑ってしまうのだ。

「そのもしやです!ウチの庭で出来た紙です!」

「おおお!!」

 アミルは声をあげ、手元の紙にガラスペンで何やら書きつけ始めた。…アミル、アファーリーン、アーブティン、アフシャール、アフシン、アフシャーネフ、アヌーシュ……家族の名前である。

「アミルさん、そのペンと紙はどうぞ持って行ってください。近日中に、その手元の紙に、紙の製法をまとめた簡単な論文を書きますよ。二週間くらいですかね。」

 アミルは手元の紙をじっと見て、感無量であった。今までこの国で出来なかった事が可能になったのだ。

 事務処理も流通も行政も手紙などの通信も、これからこの紙のおかげでどんどん変わっていくだろう。その先端に自分がいる…

 自分の体と心が、神の指先にでもなったような気がした。


「イセ殿。素晴らしい。本当に素晴らしいよ」

 アミルは伊勢が紙を作ると言ったときに、心のどこかではムリだろう、と思っていた。それが見事に覆されたのだ。

「この紙はまだ最適条件じゃないけど…まあここから先は他の人に任せましょう。俺個人じゃ無理なんで」

 当初の話のとおりだ。アミルにも紙の生産を賄う資力は無い。伊勢もこれにずっと携わっているつもりはない。そもそもファハーンはオアシス都市なので、紙の生産には向かないのだ。後はお偉いさんが政治的な判断をして、生産拠点を決めればいいのである。


「キルマウス様には報告したいのだが…」

 そういうアミルに対して、伊勢は首を振った。

「中途半端ではダメだと思います。文書が出来あがってからにしましょう」

 小出しにするよりも、一気に出した方が面倒が無いと思う。


「ウチで作るガラスペンも売れそうだな…」

 親父がニヤリと笑った。

 職人と商売人の顔が入り混じった、町工場の社長の顔だった。

 男くさかった。




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