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異世界ツーリング  作者: おにぎり
第三章~北東部
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134日目

134日目


 尋問は夜のうちに終わらせた。

 当初の伊勢が懸念していた白山羊族の裏切りは無かったようだ。サイガには謝らねば…いや、アイツに謝ったら尻の毛まで要求してくるから強気で行こう。

 

 ただ問題は、モングが大規模魔境を抜けてこのあたりに来るルートを確立しているという事だ。

 今回の敵からの情報でルートの存在と場所はわかった。

 そのルートに砦を築くなりして潰せば、一時的には少なくとも侵入を抑止できる。

 ただし、抜本的な解決にはならない。軍事など相対的でしかないから、そういうものなのだ。、政治と外交でモングを抑制できれば良いが、どんなカードがあるかなど伊勢にはチンプンカンプンであるし、手が打てない以上は全く関係無いのである。


「先生、俺を先生の弟子にしてください!っっ汚ねぇっ!何すんですか!」

 何をする、とは伊勢が言いたいセリフである。朝っぱらの歯磨き中に、いきなり『先生』呼ばわりされたら口の中のモノを吹いても仕方が無かろう。そうであろう。

「ごふっ…お前、ちゃんと考えたのか?お勧めしないが…」

「先生、俺は神様がよくわからないんです。先生は神様を信じていないんでしょう?」

「ああ、信じてない。というか、あくまで俺個人にとってだが神様なんてどうでもいいな」

「だからです。俺は神様を知りたいんです。」

 妹が死んで、その時の伊勢の不用意な言葉が影響したのかもしれない…

 伊勢は強く責任を感じて怖くなった。


「で、何で俺なの?神学でも習った方がいいだろう?」

「こういう例えが正しいか分からないですけど…家の形を見るなら、中から見るより外から見た方がわかると思うんです…」

「…あー、そうか。まあ半分くらいはそれで正しいのかもな。俺にはわからんが」

 ロスタムが言ってる事は俯瞰しようって事なのだろう。やはり頭の良い子供だ。

 ただ、家の形を見て理解するなら、外からも中からも壁をはずした所も土台の作りも見て、同じものを自分で設計できるくらいじゃないと、「わかった」とは言えないと伊勢は思う。

 そして、そこまでは人間は絶対にたどりつけないのだ。そうも思う。


「―よし。…わかった。だが、俺の知識はこの国の標準とはかけ離れているからな。覚悟しろよ?…あと先生はやめろ」

「はい…師匠?」

「あー、まあ…他に思いつかないからそれで行こうか?」

「はい師匠!」


「アール、それにマルヤム、ロスタムが俺の弟子的な何かになる事になった。宜しく頼む」

「ああ、やっぱりですね。では宜しくお願いしますねロスタム君」

「旦那も色々抱え込むねぇ…良いんじゃないかいキシシ」

 のんびりアールに変な声で笑いやがったマルヤム。まあ、良いんじゃないかな?

「よし、食事が終わったら荷造りだ、急げよ」

「はい相棒もぐもぐ」「はい師匠」「あいよ旦那」



 正午ごろにヴィシーの兵士団が来た。騎兵だけの60騎である。

 出迎えは伊勢が行う。一応、この中隊の書類上の最高指揮官は伊勢だからだ。


「出迎え御苦労さま。ヴィシー第一騎兵団のバルギーだ。責任者は君か?」

 高圧的な人間である…下手に出ると付け込まれるかもしれないと思い、伊勢は心の警戒心をあげた。

「私がジャハーンギール第三兵団訓練中隊指揮官のイセ・セルジュ・シューイチローだ。君が引き継いでくれるのか?」

 対等な姿勢の伊勢の言葉に、バルギーと言う男が片方の眉をあげた。

「状況を確認したい。教えてくれぬかイセ殿」

 屈しない伊勢に多少は態度を改めたようだ。日本とは違って、譲ると際限なく付け込まれる事がここでは多い。正直言って疲れるが仕方ない。


「ええ、当方はジャハーンギールの歩兵訓練中隊約100名。一昨日の21時に街道上の休憩所で宿泊中、モング騎兵隊の襲撃を受け壊滅したプーリー村住人からの救援要請を受け、即時に自操車で進発。

 翌0時にここプーリー村に到着。一部を村に残し復興と手当てをし、残り80名程度は徒歩で敵のモングを追撃。午前2時半、北東10サングの地点で敵85名を捕捉。払暁戦にてこれを撃破。敵は全滅、死者60名捕虜25名を確保。当方の被害はゼロ。捉えられていた約22名の女性を解放、このうち死者は1名。

 女性をこの村に戻し、捕虜を尋問中。魔境を越境できるルートの存在を捕虜が自白したので、その真偽を確認していただきたい」

 伊勢はメモを見ながら喋った。


「…騎兵隊を歩兵が捕捉して、相手を全滅させ、味方の被害はゼロだと?…それを信じろとでもいうのか?

 まあ、そうだろう。やった本人の伊勢でも信じられないような戦果だから当然の反応だ。

「こちらは俺が訓練をしているからな…モングの死体は10サングの距離にあるワジの周囲に転がっている。確認に行くといい。装備品は剥がして持ってきている。捕虜25名は村長の家に押し込めてある。少々尋問によって痛んでいるがな」

「…どうやって倒したのだ?」


「秘密だ。俺の商売の種だからな。さて、捕虜に関してだが、戦闘をし捕虜を得たのは我々だ。そちらにもある程度は引き渡すが、15人は我々が貰う。敵の装備も8割貰おう。問題ないか?」

「ここはヴィシーの管轄領域だ。我々に権利があるはずだ」

 やはりそう来たか、面倒だ、と伊勢は思った。その辺をあまりこだわるつもりは無いのだが、装備品を引き取る代わりに村人に多少の金を渡すつもりなので無条件には引けない。


「命をかけて戦ったのは我々だ。君らではない。ヴィシーの民を救った我々に対して、名誉を知っているヴィシーの兵士たる君らは、その報い方も知っているはずだが?そうでなければ我々はまた戦って勝ちとらねばならん。結果が示しているように、我々は強い。君らはどうだ?」

「…捕虜は15名引き取りたい。敵の鹵獲品は8割持って行って良い」

 良い落とし所だ。10名も捕虜が残れば十分である。


「良かろう。鹵獲品は今の村人に供与した後、我々が買い取るという形をとる。後ほど若干の金銭を村人に渡すから、その書類を作成する。

 勝手に村人を移動させたり、奴隷にしたりはしないでくれ。…ああ、名誉あるヴィシーがそんな事をするわけが無いな、失礼した。

 ファルダード!捕虜を15名引き渡すから選べ!それと三郎に鹵獲品供与と買い取りの書類を作らせろ!…ああ、紙は俺が出してやる」


「…イセ殿。名を聞かぬがあなたはどこの方だ?」

「さて…話すと長くなるのですよ。異国出身でファハーンのセルジュ一門に連なる市民です。…ああ、それと天涯孤独となった村人二名を私の使用人にしたが、よろしいな?…では我々は夕方までに村から退散するので、後はよろしく」

「うけたまわった。」



 伊勢とアール、マルヤムとロスタムは、村の近くの丘に来ていた。ここに、マルヤムの夫のジーフィーと、ロスタムの両親メフラートとフィザーン、妹のミナーを埋める。

 中隊の兵士が4人、手伝ってくれた。

 この村では、遺体を埋葬して、数年後に白骨化したものを取り出し、焼いて粉にし、それを畑や大地に撒くそうだ。

 ただ、伊勢達は今日この村を出ていくので、遺体を掘り出したりはできない。ただ、埋めるだけだ。 

 北向きの丘の緩やかな斜面を掘って埋める事にした。


 伊勢とアールで淡々と掘っていく。アールが変形チートでシャベルを作ってくれたので、楽だ。

 村からは、布にくるんだジーフィーを伊勢とアールが運び、ミナーをロスタムとマルヤムが運んできた。ジーフィーは枯れ木のように痩せた老人で、とても軽かった。ロスタムの両親は兵士が運んだ。


 1メートルほどの深さの細長い穴を掘った。

 三つは大きくて、もう一つはとても小さい。

 中に4人の遺体を入れて土をかけ、アールが近くから一抱えもある石を持ってきて、その上に置いた。


 それだけだ。


「この国の葬儀はどうやるんだ?」

「普通は神官が古語で祈りをささげるけどね、なんて言ってるかは知らないよ」

「そうか」

 伊勢は少し考えた。

 別に何でもいいんじゃないかと思う。

 彼らが生きてきた事も、死んだ事も、笑いも涙も、理由なんてないのだ。

 だから、ギリギリ少しは救いがあるのだ。


「ロスタム、マルヤム、お前らが、好きな言葉をかけりゃ良いんじゃないか?」

「爺さんとは30年も腐るほど話したからね。もう良いよ」

 それならそれで良い。

 マルヤムがそれで良いなら何だっていいんだ。


「ロスタムは?」

 ロスタムはじっと考えた。

 死体は妹のミナーとは思えなかった。

 ただ、ミナーの形をしているだけだと思った。

 ミナーは昨日まではいたけど、今日はいない。

 父さんと母さんだって同じだ。

 ここに埋めたのはカタチが同じだけの、モノだ。

 でも、なんだか、もったいなくて、悲しい。

 カタチに、力がある。

 モノをここに埋めただけなのに、涙が出てくる。


「ロスタム君」

 アールが無表情に、静かに呼びかけた。

「ロスタム君の思い出だけです」

 思い出だけ、か。

 思い出か。

 墓も、死体も、ただのカタチだ。

 ロスタムの心に打った印か?標識みたいなもんか?

 それなら意味なんて無いけど、自分にだけは意味がある。

 ロスタムはそう思った。

 だから、


「俺は死ぬまで忘れない」


 それだけ言って、墓を見た。 



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