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異世界ツーリング  作者: おにぎり
第三章~北東部
35/135

132日目~133日目

本日投稿も二話です。1/2。

 132~133日目


 中隊は闇の中を進んでいく。明かりはつけていない。

 人間の目は現代人が思っているより性能が高いものだ。慣れてしまえば、月明かりさえあれば全く問題ない。人間だって、元は野生の獣と同じだ。

 とはいえ、今日のように月が細いとかなりつらく、目の前の道が何とかなんとなく見える程度であった。はぐれてしまう危険があるから、伊勢は兵の背中に、小さな短冊状の白い布を結ばせた。縦列になった場合、この布で前の人間を視認しやすい。

 騎馬兵はもう少し簡単で、進む方向さえ間違えなければ馬に任せてしまえばいい。馬は人間よりずっと夜目が聞く。方向は星を見ればわかる。星の見方を、伊勢はこの世界に来てから学んだ。

 

 どうやらこうやら自操車を進める。

 斥候には、かなり先まで騎馬を進出させている。

 馬蹄の音は広く平原にとどろくので、駆けさせてはいない。村の近くに族が残っていた場合は危険だからだ。

 伊勢は敵と接触する事は半ばあきらめている。こちらは歩兵であちらは騎兵なのだ、移動速度がまるで違う。

 しかし、可能性があるならできるだけの事はしなければならない。

 精々やるだけやる、のだ。


 ファルダードと第1小隊長の一郎が乗った戦闘車両に伊勢とアールは乗車している。ロスタム少年とサイガも一緒だ。

 ロスタムは襲撃の様子を詳細にしゃべった。

「奴らは武器はほとんど全員が弓を持っていたと思います。遠目ですけど、眼に自信がありますから間違いないです。後は、槍を持ってた奴らが半分くらいはいたと思います。鎧はさすがにわかんないです。奴ら、村の近くの丘の陰から出てきてあっという間に攻め込んできました。あれじゃ、門を締める時間も無いと思います。大部分の兵が村内に突入して家の外に出ていた人を一気に殺して…他は一軒ずつ嬲り殺しです。後は…村の外も偵察に出てました。俺が見つかりそうになったのもそいつです。俺の犬を殺しやがって」

 

 すごい。伊勢は驚いた。

 これだけ詳細に語れるとは。観察力が鋭いのか、冷静さがすごいのか、単純に頭のキレがいいのか、記憶力が優れているのか…わからないがコイツはすごいガキだ。

 敵の装備や動き方が大体わかった。価値のある情報だ。完全に奇襲だという事は、偵察を行って情報収集をしているということだろう。

「や、や槍の長さはどどのくらいだ?」

 ファルダードが訊いた。 

「そうですね…多分、馬の長さの倍くらいだと思いますけど…馬に乗ってかけ抜けてる所を見ただけなんで」

 それでも大体はわかるものだ。4m以上の馬上槍だろう。

「敵は村の女性をその場で強姦したのか?」

「その辺はわかんないです…村の生き残りに聞けばわかるかもしれないですけど」


 ロスタムは話を続けようとする。

「で、奴らは女の人たちを縛って替え馬にくくりつけたりして…村の北に去って行きました。たぶん逃げるのはえーと…」

 伊勢はさえぎった。伊勢なりの考えがあるのだ。

「待てロスタム。サイガ、お前はこのあたりの地形には詳しいはずだ。そうだな?今までの話で逃走経路の予測を立てろ。…ロスタム、こいつの話に筋が通っていなかった場合、このナイフで刺せ。その時は、こいつは裏切ってモングと通じている遊牧民だという事だ。」

「は、はい!」

 ロスタムがギラギラとした目でサイガを睨む。彼はサイガが怪しいとみたらためらい無く刺すだろう。家族のかたきなのだ。今ロスタムがここにいるのはコイツのせいかもしれないのだ。


「まて!、まってくれよ!そんな裏切ってなんか無い!話すから、ちゃんと聞いて判断してくれよ!」

「うるさい。俺の村を……筋が通らない話をしたら殺す。話せ」

「わ、わかった。お前の村は小さな小さなオアシスがある村だろ?そうだろ? …うん、北側に長くワジが走ってるよな?北西にゆっくり曲がりながら。それが怪しいと思う。ワジの中を通るか、上を通っていても良いけど…ワジに沿っていくつか井戸が掘られてるんだ。水はよく出る。

 その他の水場は東の方にある泉でこれは40サング(60キロ)は離れてる。ここに向かったのなら、もう捕捉は出来ない。諦めるしかない。

 でも、多分来た道を帰ると思う…だから…」


「わかった。ロスタム、こいつの話におかしい所は無いか?」

「はい、おかしくないと思います。俺も同じ考えです」

 サイガは明らかにホッとした顔をしている。

「なななら、そのほ方向で計画を詰めましょう。歩きですね」

「ああ、自操車は使えないな。サイガ、お前の仕事はまだ終わって無いぞ?お前は最後まで来るんだ。案内人として雇ってるのだからな?でなければ今すぐ死ぬか、だ」

「は、はい…」

 サイガは耐えるように目をギュッとつぶって頷いた。



 出発から3時関して、何事もなくプーリー村に着いた。今は午前0時だ。

 村は見るからに…荒れている。ドアが破られ、壁がたたき壊され、そこらじゅうに死体や血が散乱している。

 皆殺しだ。

 村に明かりはほとんど灯っていない。

 たまに置かれた松明に照らされて、道端の白い死体のシルエットが浮かび上がってくる。

 道に転がっているものは死体か、何かのゴミだ。両者の割合はだいたい半々だ。

 伊勢は恐怖よりも先に、違和感しか感じなかった。

 頭では理解しているが、伊勢の心がまるで追い付いていない。

 状況の展開が早過ぎるのだ。

 道に老若男女の人間が転がっている。変な格好で。おかしな話だ。

 半日前までは、ここはごく普通の寒村だったはずだ。おかしな話だ。


 光景も変だが、最も変なのは、自操車が入ってくるのを見ても、村人がほとんどリアクションも起こそうとしない事である。

 誰もかれもがボーっとしてフラフラしながらさまよったり、なぜかレンガを持っていたり、その辺の地面に座り込んでいる。

 生きるのを放棄してしまっている。

 考える事を放棄してしまっている。

「相棒…」

「ああ」

 アールが絶句している。彼女には初めての体験だ。もちろん伊勢にも。

 アールにはこの状況が正確に理解出来ている。

 だが理解出来ているだけで、わかっていない。彼女も心が追い付いていない。伊勢達や、他のみんなと同じだ。

 でも、それでいいのかもしれない、と伊勢は思った。

 頭で考えて、状況に対応し、動く事はできるのだ。

 それでいい。今は心なんかいらない。頭と行動。

 重要なのはそれだ。

 

「だだ誰か!状況を説明できる人はいるか?!おお俺達はジャハーンギールから来たへ兵士だ!」 

 ファルダードが村全体に聞こえるような声で呼びかけた。

 村人から彼の呼びかけに答える声は上がらなかった。うつろにこちらを向いているだけだ。

 伊勢はイラついた。時間が無いのだ。

 兵士たちは伊勢の後ろで各自体を休め、携帯食を食べている。食わなければ戦えない。

「だれかいないのか!」 

 ファルダードに続き、伊勢も怒鳴った。

「ああ、あたしが話すよ」

 数分して、50過ぎの老女が出てきた。ババアだ。薄汚いババアだ。

 この世界では50歳を過ぎれば本当に老けて見える人間が多い。


「ああ、ロスタムが連れて来てくれたのかい…すごいね…。あたしはマルヤムだよ」

「マルヤム、時間が無い、何人連れ去られた?敵は何人だ?強姦はしたか?」

「連れ去られたのは22人。子供も含めて女はみんな攫って行った。敵の数はわからないけど…あんた達と同じくらいだね。たぶん。強姦はしてない。今頃楽しんでるだろうさ」

 このババアは大したものだ。

 訓練されたわけでもないのに、この状況で村の被害も敵の様子もちゃんと確認して、整理して、頭を動かしている。

 無駄に年をとっているわけではないのだ。

 ロスタムといい、このババア…マルヤムといい、強い人間がいると、とても助かるものだ。伊勢は感嘆した。


「今頃楽しんでるなら、捕捉できる可能性があるというものだ、月が細いのが何よりいい。ファルダード、指示を。」

「は!だ第一小隊、第二小隊は、て敵を追撃する。ぶぶ武器と迷彩用具、水と3食分の、け携帯食だけ持って行け。そそれ以上ならどうせ補足でで出来ない。かか顔に墨を塗らせろ。

サブロウ!で伝令をもう一人ヴィシャーの街に出せ。う馬は使わないから、きき騎馬兵は残して連絡員にしろ。ええ衛生兵を、3名この村に残して住民の手当てをさせろ。それ以外は俺達と来い!

ハムラー伍長、ニーグ伍長、ラハン伍長、各小隊長に一人ずつ付いて、助言と支援をお願いします。皆、い以後は、徒歩だ!は走るぞ!」

「「「は!」」」

 文句のつけようがない指揮だと伊勢は思った。追認の意味で、彼に一つ頷いておいた。

 ファルダードは大した指揮官になると思う。立派な男だ。



 サイガとロスタムが予想した所では、プーリー村から3サング、6サング、10サング(4.5キロ、9キロ、15キロ)、の地点に十分な水量の井戸があるそうだ。それ以上先だと45キロ地点になるそうだから、もう捕捉は無理だ。そこまで移動して戦う事などはできない。

 それまでの井戸のどれかにいる事を願うしかない。

 隊はすぐに、出発した。


 中隊は小さなワジの中を小走りで行軍していく。下は固い砂地だ。両側は5mほどの高さの小さな崖になっている。

 急ぎ過ぎないように、力を残すように、セーブしたペースで走り続ける

 伊勢の案で、兵士の背中に付けさせた小さな白い布が、暗闇の中を踊っている。はぐれない為の目印だ。

 はぐれるのが一番危険なのだ。

 始終、誰かが倒れる音が聞こえる。

 こんな暗い中を走っているのだから当たり前である。地面の凹凸に足をとられて何度も倒れ、すぐに起き上がる。槍は覆っているから倒れても、まあ切れる心配は無い。

 ロスタム、サイガも先頭で案内している。子供のロスタムは村に残そうと思ったが、残しても無意味だと思い連れていく事にした。

 ロスタムは子供なのに、ここまで来れたのだ。最後まで、付き合えるだけ付き合って、案内してもらった方がいい。

 その他、ラハン伍長が先頭になって馬蹄の痕跡を確認しながら追っている。この男は追跡のプロといってもいい。この状況では非常に頼りになる。


「隊長さん!そ、そろそろ初めの井戸です!」

 すぐに4.5キロ地点の井戸近辺までついた。30分くらいだ。500mは下がって、先に3名の斥候を出した。

「これを持って行け。何も無かったらこちらに向けて長く3度、光を放て。敵がいたら短く3度放て。そしてそのまま偵察し、もう一度光を放ってから戻ってこい」

 伊勢は携帯用のLEDライトを渡した。兵士はLEDライトの使い方は知っているので指示をすぐに理解した。

 斥候は短く伊勢にこたえて、すぐに消えた。


 斥候の消えた前方の闇を、みんながじっと見ている。

 しばしして、長い光が三度見えた。

 ここに敵はいないのだ。


「中隊前進!」

 ファルダードの命令で行軍が始まる。先程の繰り返しだ。

 息音と足音の中に、時折小声のするどい指示が飛ぶだけだ。

 分隊長たちははぐれないように懸命に努力している。何よりもそれが一番怖いのだ。

 ―ザッザッザッザバタンザザ

 走って倒れて起きて走って倒れて起きて走る…俺達がやってきた訓練とまるっきり一緒だ…

 素人が考えた訓練通り…

 伊勢はすこし、可笑しくなった。


 9キロ地点の近くに着いた。先程と同じように斥候を出す。

「ロスタム、水をこまめに、喉が渇く前に飲め。倒れるなよ、置いていくぞ!」

 伊勢は厳しい声をかけた。

 12歳なのだ。昼間に肉体労働をして、俺たちに知らせる為に20キロ走り、自操車で戻ってきて、更に徹夜のマラソンである。

 これが伊勢なら、潰れているかもしれない。そもそも助けを呼びに走れたかどうかも自信が無い。

「はい。大丈夫です」

 それがこれだ。顔色は暗くてわからないが、口調はしっかりしている。翌日はともかく、夜中は頑張れ通せそうだ。

 このガキはすごいガキだ。


 前方をじっと見ていたファルダードが伊勢のもとに小走りにやってくる。

「ぐ軍曹殿、いませんでした。前進します。こここの井戸で、か各員の革袋に水を補給します。」

「わかった。」

 前進だ。次に、いる。そう思って走る。

 次には絶対にいる。


 各員、かなり疲れてきた。途中で小休止をとる。とはいえ点呼を行って水を飲んで終了だ。

 また、走り始める。

 走って走って走る。

 闇の中をずっと走っていると、この世界に自分達しかいないような感覚にとらわれてくる。

 両側の壁と、砂地の地面と、自分達だけだ。

 他には闇だ。

 闇というのは、それだけで怖い。

 心に沁み込んでくるものだと伊勢は感じた。

 

 ロスタムも良く走っている。

 徹夜で何十キロも走りどおしているのだ。

 すでに体も心もガタガタのはずで、顔色は暗くて読みとれないが、死にそうに疲れている事だけは間違いないだろう。

 この中隊でロスタムが一番頑張っている。間違いない。

 二番目以降はどうでもいい。他の連中は訓練された大人の男だ。


「こ、このあたりで…」

 ロスタムが制止の声をあげる。息も絶え絶え、という声だ。

「ちち中隊止まれ!」

 15キロ地点の井戸に着いたようだ。

 ロスタムの声に従い、ファルダードが隊を停止させた。先ほどと同じように斥候を出す。

 斥候は黒く墨を塗った顔で一つ頷き、黒い闇の中にかすかな足音を残しながら溶けていった。

 各員がワジの崖に寄り添い、思い思いに水を飲む。

 分隊長が自分の分隊を集め、小声で一人ずつの状況を確認していく。 

 点呼、報告、食事の指示、装備の確認が黙っていてもなされている。

 とても機能的で美しい良い光景だ、と思う。訓練がそのまま生かされている事を伊勢は感じた。

 これが俺達のやってきた事だ。

 素人の伊勢が考え、一生懸命に兵士たちと共にやってきた成果だ。


 斥候の報告が遅い。ジリジリとしながら待った。

 前方の闇を、中隊幹部達が睨んでいる。兵士たちもだ。

 伊勢達の後ろで隊員が動いている音がするが、誰が動いているかは見えない。闇だ。

 

 

 15分ほどして、光が短く3度、瞬いた。

 

 敵がここにいる。





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