132日目-幕間
132日目2 幕間
部隊は急遽、ロスタム君の村を助ける為に出発することになった。出発準備に追われている傍らで、相棒とアールはサイガさんとお話をしていた。
「サイガ、どういう事だこれは?」
相棒が案内人に雇った遊牧民のサイガさんに問いかけている。見たことも無いくらい冷たい目だ。
「なにがですか。何の事言ってるかわかんねぇですよ」
「ここはお前の部族の縄張りだろうが。何でモングがここにいるんだ?あ?白山羊族はモングについたのか?おい!」
アールは、たぶん初めて相棒の怒っている姿を見た。
アールには怖くないけれど、今の相棒は本当に怒っている。めったに怒る事のない彼にしては珍しい事だ。
「し、しらねぇですよ!なんの事だか。白山羊はモングなんかについてねぇですよ!少なくとも俺はしらねぇです」
サイガにとっては相棒は『軍曹』なのだ。物凄く怖いと思う。
「サイガ…俺はお前を信用して無い。お前は今から自分の部族の無実を、お前自身で証明しないと死ぬぞ?
…今から攫われた女子供を助けに行く。お前が助けるんだよ。白山羊族の代表としてな。そして捕まえた賊に白山羊の無実を証言させろ」
「何で俺が!俺はそんな代表なんて…」
「出来ないなら、裏切ったって事だ。裏切り者は殺す。白山羊が裏切ったなら白山羊は全部殺す。お前が最初だ」
「わわ…わかりました…」
「ちゃんとやれ。……おい一郎!お前の小隊から兵を出してコイツを見張っておけ!逃げたら刺せ。……アール」
「はい相棒、ロスタム君ですね?」
相棒はホッと少しだけ頬を緩めた。
「うん、頼むよ」
「はい」
ロスタム君は壁際に立って、そわそわしながら出発準備を見ていた。
「こんばんは、ロスタム君」
「こ、こんばんは…えと…」
「ボクはアールですヨ」
ロスタム君はどうしていいのか分からないんだ。
必死で助けを求めに来て、それが形になった今、自分が何をしていいか分からなくなって焦燥しているんだ。
「ロスタム君。まだロスタム君にできる事がありますヨ?」
「本当ですかアールさん!何が出来ますか?」
「正確な情報ですヨ。情報が戦いでは一番大事ってボクの相棒が言ってました。
あ、相棒っていうのは、あの『軍曹』って呼ばれてるここで一番偉い、怖い人です。本当は怖くないですけどね」
「情報…?」
「ロスタム君がまだ話して無い情報があると思いますヨ。
敵の装備、戦い方、逃走した方向、予測される逃走経路、近隣の地形、水場、そんなところです。正確じゃ無きゃダメですヨ?」
アールの言葉を聞いてロスタムの顔が変わってきた。
自分の記憶を掘り起こして、色々な事を猛烈に考え始めたようだ。眼に火がともった。
「アールさん、ありがとうございます」
「どういたしまして、あと、村までの道案内もロスタム君の仕事ですからね?」
「はい!」
ロスタム君はこれでしばらく大丈夫だ。一人で集中させてやった方がいい。
ファルダードさんの方も大丈夫だろうし、小隊長さん達も大丈夫だ。
やっぱり相棒が一番心配だ、とアールは思った。
アールが相棒の近くに行くと、相棒は指の根元で少し乱暴にタバコを吸っていた。
相棒が緊張し、葛藤している時の癖だ。
「相棒?怖いですね」
「うん、怖い」
相棒が怖いのは一つじゃ無い。いくつも怖いんだとアールにはわかっている。
自分やアールが死んでしまうのが怖い、兵士たちが死んでしまうのが怖い、捕まった女性らを助けられないのが怖い、それで期待にこたえられないのが怖い、ロスタムや兵士たちから責められ失望されるのが怖い。
戦っても怖いし、戦えなくても怖い。全部怖い。
相棒は強くは無い。
悪い人になれるほど恥知らずでも無く、すべてを開き直れるほど単純でも無い。
自分で道をゴリゴリ切り開いていけるほど傲慢もないし、何でも受け入れられるほど寛容でも無い。
プライドが高いし、恥ずかしがり屋だ。お人好しだ。
何でも出来るけど、なんにも極められない人だ。
そして、傷つきやすい人だ。とても痛がりだと思う。
彼は傷ついた事を決して忘れられない。
傷は彼の中でずっと血を流している。
たぶん、一度傷ついたものを乗り越える事は、彼には出来ない。
そう言う人だ。
でも、それでもいいと思う。
それがアールの相棒なら、そんな相棒で良いとアールは思う。
だからアールがいるのだ。
「相棒、どうやっても怖いです。どっちでも怖いから、精々やるだけやりましょうヨ」
「精々やるだけやるか」
「はい相棒。ボクは相棒を知っていますから」
「うん」
「だから大丈夫なんです」
「うん」
「だってボクがいますから」
「うん」
くすり、と相棒はアールを見て笑ってくれた。
あ、これならもう大丈夫だ、とアールは思った。
もう、相棒はわかっている。
大丈夫だ。
「ぐ軍曹殿!出発します!」
「よし!」
「ちゅ、中隊出発!!」




