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異世界ツーリング  作者: おにぎり
第三章~北東部
33/135

131~132日目

131日目


「起床!出発準備!ファルダード!」

「は!」

 伊勢は夜中の3時に隊舎のドアをぶち開け、怒鳴りつけた。寝起きだというのに、すぐさま全員が跳び起きて直立不動する。実に体に悪そうだ。成人病のオッサンなら脳溢血で即死しそうな勢いである。


「今から哨戒訓練に出る。全員に一週間分の装備をさせ、隊舎前広場に集合しろ。一時間だ」 

「は!ぜ全隊、せせ戦闘服着用!い一週間の哨戒行動にで出る!武器、よよ鎧を着用し、3式そそ装備を背嚢に詰めろ!衛生兵は、おお多めに装備を持って行け!各分隊長はぶ分隊員のそ装備を確認しろ!い一時間で広場に集合し、点呼だ!」

 ファルダードが全員に向けて指示を出す。吃音は全く治らないが、気後れした感じは無い。5週間の促成栽培としたらすばらしく立派な指示だと伊勢は思う。


^^^

「相棒、一週間も出かけるんですか?」

「ああ、長期行軍の訓練が全然できてないからね…流石にまずいだろう?」

「確かにまずいでしょうな軍曹殿。長距離を初めて行軍すると非常に疲れるものです」

「だよな…」

 このようなことから、伊勢たち訓練教官陣は仕上げとして、一週間の長期行動訓練を計画していた。

 結局、いままで脱走兵は12名出た。これが多いのか少ないかは分からないが、いずれにしても中隊の結束は強く、88名の各員が以前よりずっと真剣なのは誰が見たってわかる。今は一郎の第1小隊、二郎の第2小隊から1個分隊ずつを削って、32人・32人・24人、の構成だ。

 

 長期訓練は東南東150キロ程度の場所を計画している。自操車で150キロまで二日以内で強行進出し、そこからは馬と歩きで2日周囲を哨戒し、残りの3日で歩いてジャハーンギールに戻ってくる計画である。

 伊勢などは一番最初の自操車で疲れ切ってしまいそうである。主に現代人のセンシティブな尻が、崩壊の危機にさらされるであろう。

 教官陣では流石にレイラーは参加しない。当然である。他の伍長3人とアールは参加である。これも当然である。伊勢としたら実にありがたい事だ。

 一週間。そこそこの期間である。短くは無い。

 何事もなく願いたいがたぶん無理だろう。この辺には魔境が無いので、魔獣から襲われるとは思わないが、普段は街暮らしの人間が外に出ると色々あるものだ。軍隊なのだから、何らかの事故は覚悟の上。いかに訓練をしたとしても、簡単に遊牧民になる事は出来ないのである。

 

 伊勢は前日にアールと一緒に150キロ地点まで確認してある。基本的には草原が半分、その先にはより乾燥した荒野が半分、と言うところだ。

 さらに遊牧民のサイガという中年の男を雇って、案内人にした。行動予定範囲の草原と荒野を縄張りにしている部族の男だ。

 ハムラー伍長、ニーグ伍長、ラハン伍長らも、地元の人間だけあって地形や水場にはとても詳しいが、行動範囲の遊牧民を仲間にしているというのは、それ以上に政治的な意味があるというものだ。万が一、彼らの部族とトラブルになった場合に、交渉の道具になる。


^^^

「点呼!だ第一小隊32名、第二小隊32名、だだ第三小隊24名、計88名、しし集合いたしました!」

「よろしい。乗車せよ。

 それとファルダード。以後の命令はお前に一任する。俺は指揮しない。お前が中隊の指揮官だ。何かあったら助言するから心配するな。思い切ってやれ」

「は!軍曹殿!…そ総員乗車せよ!」 


さて、訓練中隊は午前4時に自操車に乗って出発した。

 全部で12台だ。御者と自操車は第一兵団から借り受けた。執政官パワーである。コネはパワーなのだ。 

 伊勢はアールに乗っている。自操車に乗るより、アールに乗っていた方がはるかに楽だ。そして楽しい。楽が出来るならすればいいのである。苦労したという事は、結果とは関係ないのだ。

 隊列は時速6キロでゴトゴトとゆっくり、ただし休みなく街道を進んでいく。今日は95キロ地点の休憩所まで一気に進む。休んでいる暇は無いのである。

 斥候は伊勢が出る事にする。馬を使って前後させるのは大変だからだ。馬が疲労し過ぎる。斥候の訓練は二日目で良い、と判断した。


 休憩場に午後7時を回って、休憩場に到着した。誰もが疲れているがその仕草は見せない。この程度の事は疲れた範疇に入らないのだ。中隊の兵士にとって疲れたというのは、物理的に動けなくなるという事なのである。

 

「ファルダード、休憩所の宿泊施設には入るな」

「は!中隊総員聞け!きき今日は天幕で寝る!各員ぶぶ分隊ごとにてて天幕張れ!その後炊事開始しろ!」  

 

 疲れていたり寝不足だと食事もまずいが、兵士にとっては食事は楽しみであるのと同時に仕事だ。喰わなければ動く事も出来ない。

 各自、迅速に炊事を済ませ、何も言わなくてもしっかりと食い、ちゃっちゃと片付けると、しっかりと体を拭き、天幕に入ってしっかりと眠る。

 眠れないのは、伊勢だ。

 宿泊施設の中、他の教官とは少し離れたところで、伊勢は寝袋にくるまれてゴロゴロしながらタバコを吸っている。


「相棒?眠れないんですか?」

 テントからアールが出てきて伊勢に問うた。

「ああ、まあね…色々考えるからね」

「そうですね。相棒は色々考えますね」

 アールには相棒の考えている事は半分もわからない。だけど相棒の感じてる気持ちはわかるつもりだ。

 相棒だから。

「相棒は、相棒のままでいいですヨ。これが終わったら、ファハーンの家に戻りましょうね」

「そうだな…」

「相棒、ボクがわかってるから大丈夫ですヨ?」

「うん知ってる」

 だけど言葉にしてもらえると安心する。

 伊勢は眠った。

 

^^^^

132日目


 起床は朝の5時とした。睡眠時間としては充分だ。

 今日の移動距離は55キロ。自操車で12時間以内で着くだろう。

 朝の炊事をし、食事をし、天幕をたたみ、出発する。一連の行動は反復練習でそれなりに最適化されているので、全部で40分くらいだろうか。炊事に加熱魔法が使えるのが大きい。水をそのまま加熱できるので、調理が極めて楽なのだ。殆ど火を焚く必要はない。


 6時前に出発した。借り受けた第一兵団の連中が一番疲れた顔をしているが、そんなのは単なる根性不足である。基本的な土台に根性が無ければ何もできないのだ。根性を出せ。根性を出すのだ。


 伊勢は昨日は休ませていた騎馬兵を斥候に使う事にした。ファルダードに斥候派遣の命令を出させる。

 2人組で前方と後方に展開させ、周囲を確認させる。本来なら左右にも展開したいが、馬匹が少なすぎるので我慢だ。伊勢もアールに乗って、斥候の監督と指導に行く。

「見ろ、ああいう丘の陰、岩山の陰、くぼみ、それとワジ、それらが危険だ。俺はここに来る前に黒馬族の襲撃を受けたが、そいつらはワジの中に150騎を隠して隊商を襲ってきた。

 大きく回り込んできるだけ遠くから発見するんだ。直線的に近付くと弓で射られる。そして、地形の特徴はできるだけ頭に入れて覚えておけ。やってみろ。」

「はい!軍曹殿!」

 伊勢にしてみれば、ファハーンからジャハーンギールまでの隊商の護衛でずっとやってきた事だ。慣れているので教え方も自然である。襲われた、自分の失敗談も指導のネタに出来る。

 一定時間ごとにローテーションで休ませながら、伊勢は前方に出ずッぱりで指導し、偵察をした。


 昼に1度休む。

 簡単に昼食を食べ、30分ほど体を休ませ馬の手入れをさせる。こういう行軍の場合、基本的に騎馬兵の方が乗車している歩兵よりも疲れる。人間も馬も休ませないで移動などは、意味の無い無駄な無理だ。

 その後も適当な休みを入れつつ、行軍する。


 途中で一つ関所を挟んで、何事もなく、予定していた休憩所に到着した。5時だ。

 途中で自操車の車輪が壊れる事故が2回発生したが、その程度は良くある事である。トラブルのうちに入らない。

 ここはもう次の街の行政官区だ。街までは60キロくらいだろう。


「か各員きき昨日と同じように宿泊しろ。き騎兵はうう馬の手入れを入念にさせておけ。ほほ補助兵は騎兵を手伝ってやれ」

 ちゃんとした指示だと思う。伊勢はタイミングを見計らってファルダードに声をかけた。

「ファルダード、ちゃんと休め。小隊長に命令して細かいところは任せるんだ。見張りの順番を決めたらすぐに寝ろよ。月が細いから今日は暗いぞ」

「はい、ぐ軍曹殿」


 騎兵も補助兵も自発的にやるだろうが、命令は命令として発しないといけない。ファルダードにはわかっていると伊勢は思う。人間は忘れっぽい。細かい指示でもある程度は出してやった方がいいし、それに責任の所在は常に明確化しておく必要がある。

 

 この休憩所までで自操車での行軍は終わりだ。後は徒歩での哨戒と帰還になる。

 中世の歩兵部隊としたら、かなりの強行軍だ。伊勢も覚悟しなければならない。


 8時ごろ、伊勢は明日の事をそこはかと考えつつ、眠りに着いた。



 予想外なトラブルはそれからすぐに起こった。


^^^^^^^^

「ぐ軍曹殿」

「何かあったのか?」

 ファルダードがかけた言葉に、一瞬で目を覚ました伊勢は、すぐさま確認した。戦闘士商売と訓練教官で、伊勢の眠りはすっかり浅くなってしまっている。時計を見たところ、8時半にもなっていなかった。


「ここ子供が参りまして…ちち近くの村が賊にお襲われたとの事で、き救援を願っています」

「詳しい状況は聞いたのか?」

「いえ、ままだですが、こ子供の様子からしし信用できると思います。ままずは軍曹にと」

「よし、総員起こせ。念の為に天幕はたため。小隊長と子供をここに、アール!」

「はい。相棒」

「教官を全員集めてくれ」

「はい」

 大変な事になったようだが、伊勢にはいっこうに現実感が無い。

 頭と心は実際に目で見ない限り、なかなか一致できない。そういうものなのだろう。


 アールと共にハムラー伍長、ニーグ伍長、ラハン伍長がかけつけてきた。

 すぐに子供を連れたファルダードが入ってくる。3人の小隊長も一緒だ。

 12歳くらいの男の子だ。

 伊勢の顔を見て子供は顔をひきつらせ後ずさった。


「なんだ?どうした坊主?」

「モング!」

「っ!お前の村を襲ったのはモング族なのか?!…ああ、俺はモングではない。安心しろ。モングがジャハーンギールの兵士と一緒にいるわけないだろう?」

 伊勢の言葉に男子はすぐに納得したようだ。頭を下げてきた。

「気にするな。話せ。俺は伊勢修一郎。お前は?」

「ロスタム」

「よしロスタム。起こった事を順番に話せ。ゆっくりで良い」


「あ、はい。えと、俺のプーリー村はこの街道から細い道を12サングくらい行ったとこの村です。んと、だいたい80人くらい住んでます。えと…夕暮れのチョイ前くらいに攻め込んできて…良く時間て知らないですけど…4時半くらいかな?俺は羊飼いだから村の外に放牧に出てて、そんで助かりました。見回ってる敵の騎兵がいたけど、隠れてたんで見つかりませんでした。ああ、俺の犬が…敵の注意をひいてくれて…でも死んじゃいました。馬に蹴られて。俺は近くの村が見える丘にいたんですけど…多分100人はいないと思います。たぶんですけど。全員が騎兵でなんか替えの馬も持ってました。盗賊は日が落ちるか落ちないかってくらいに、村から出ていって…俺が村に戻ってみるとみんな死んでた。爺ちゃんが2人生きてるのは見ました。あと女の人は年寄りは結構…半分くらい生きてたけど、若い人は殺されるか攫われました。たぶん20人くらい攫われてると思います。隊長さんを見てモングって言ったのは、顔がちょっと奴らに似てたからです。村の爺さんが奴らをモングって言ってました。…そんで…村にいても仕方ないから、助けを呼びに街道に来て、そんで塔に明かりが見えたからここに来ました。親父もお袋も殺されてました。俺の妹は、いなくなってたので攫われたと思います。そんな…所だと思います……お願いします。隊長さん。妹を助けてやってください。代金は俺の身を売ってお返しします。お願いします!」


 伊勢はメモをとりながら聞いていた。


 村はこの休憩所の北12サング(18キロ)の距離にある80人くらいのプーリー村。

 夕暮れ前にいきなり攻め込まれた。

 自分は村の外に羊の放牧に出ていて、近くに偵察兵が来たけど隠れて助かった。

 近くの丘で見ていたが、賊は多分100人はいないと思う。全員騎兵。

 日が暮れた頃に賊は村から去っていった。

 村に戻ると男は老人二人以外は殺されて、女は老人以外は殺されるか攫われた。

 年寄りがモングって言ってたし、自分達と顔も違った。

 助けを求めて街道に出てきたら、明かりのついた休憩所が見えたのでここに来た。


 考えながらのくせに話がよくまとまっている。

 伊勢はたぶん、ここまでまとめてしゃべる事は出来ないと自分でも思う。

 大した子供だ、と伊勢は思った。夜道を約2時間で、18キロも駆けてきたのだ。しかも今日は月が細く暗い三日月だ。

 すごい事だ。


「三郎、次の街…ヴィシャーに伝令を飛ばせ。全員出発だ。水を補給させろ。明かりはつけないで行く。アール、サイガをつれて来てくれ。ハムラー伍長、ニーグ伍長、ラハン伍長、協力してくれ。後で借りは必ず返す。…ファルダード、引き続き後はお前が指揮をとれ。俺がフォローする」

 伊勢の言葉にファルダードが殴られたような顔をした。緊急事態なのに、自分が指揮をとる事があまりに意外だったのだろう。

 伊勢はファルダードならできると思っていたし、伊勢自身としても自分がアシストに回る方が能力が行かせると考えていた。ファルダードには伊勢が後ろについて支援しているという、安心感を与えてやればいいのだ。それで彼は充分に機能する。


「りり了解しました軍曹殿!!、各小隊長、い今の、ぐ軍曹殿の命令を実行しろ!行け!」

 少し動揺しながらも指示を出して、兵士たちを動かし始めた。

「ろろロスタム、助けられると、や約束はできないが、でで出来るだけの事はする。誓おう」

「ありがとうございます!お願いします!」


そうして、事態は急速に動き始めた。




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