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異世界ツーリング  作者: おにぎり
第三章~北東部
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97日目~

97日目~


 一人じゃ無理だ。それが一日目の結論であった。

 アールに手伝ってもらうことも考えたが、彼女とて軍隊経験があるわけじゃない。必要なのは伊勢の指示をちゃんと聞いてくれる経験者なのであった。


ゆえに、頼るべきは一つしか無い。

伊勢は、初日の訓練が終わるとすぐに助けを求めて走った。


「こんにちは。おばちゃ…支部長、軍隊経験のある戦闘士を雇いたいんですが」

  困った時の戦闘士協会である。訓練費用の20万ディルは伊勢が任されているのである。金があれば雇えば良い。至極簡単な話であった。

「はいよ、きょうはお客様なのかい?それはどうも」

「訓練相手が100人でね?士官も含めて新兵訓練の全てを任される事になりまして。俺の補助してくれる戦闘士が欲しいんですよ、支部長」

「ないだいそりゃ…すごい事になってるね…」

 おばちゃんがあきれるのも無理が無いだろう。やっている伊勢ですら呆れているのだ。

「補助なので5級で結構です。最低でも2人は欲しいんですが、できれば3人で。先日ここに来たエスファンの隊商に参加した戦闘士なら更によしです」

「軍隊経験者ばっかりだし、人数は大丈夫だろう。すぐにかい?期間は?」

「6週間、4勤1休。金額は三人で一万。割り振りは任せます」

「えーと、じゃあ適当に3人見繕って明日のあさいちに送っておくよ。兵舎でいいんだろう?」

「話が早い。宜しく。ああ、できれば綺麗好きの男で。兵士の身の回りの整理整頓も躾したいので」

「変なことをいうねぇ…はいよ」

 手早く訓練補助員は手に入った。こういう時の為の予算なのだからケチるべきではないのだ。




 訓練二日目の朝、いつものように白米と味噌汁の朝食を食べる。伊勢とアールにとっては、この儀式が無ければ一日が始まらないのだ。ジャスティスである。ただし、最近はレイラーがいつの間にやら参加している。

 昨日は戦闘士協会から兵舎にとんぼ返りし、ファルダードと話し合って小隊長以下を決め、その後に独りでざっくりとした訓練計画を決めた。

 アフシャールの店に帰って寝る頃にはもう疲れ切ってバタンキューである。


「相棒、訓練が大変そうなのでボクも参加しようと思うんですヨもぐもぐ」

 ご飯をもぐもぐしながらアールが提案してくれた。伊勢にとっては嬉しい提案である。目と手は多い方がいいし、アールなら自在に動いてくれるだろう。

「おお、是非頼むよアール」

「はい相棒。任せてくだもぐもぐ」

 イマイチしまらない。

「どうかねイセ君。私も行ってみようと思うんだがね?」

「え?なんで?」

 レイラーは兵士でも戦闘士でも無く学者。意味不明である。

「いや、最近思うのだよね。私は体験を軽視し過ぎていたとね。思い知らされるのだよ」

 レイラーにも思う所があるらしい。天才の考える事は天才にしかわからないが。

「あー、別に見てるだけなら良いけどさ…あんまり気持ちのいいものじゃないぞ?」

「ああ、そういうのも観ておきたいのだよね。良いかね?」

「まあ好きにしてくれ」


 そういう事になった。



 伊勢は兵舎に行き、まずは隊長室で一服して頭を切り替える。これからの時間は某SF小説の軍曹にならねばならぬ。宇宙戦士になるのである。

「相棒…大丈夫ですか?」

「何も心配要らんよアール女史。私は軍曹になるのだ」

「そう…ですか…」

 なにやら痛ましい目で見られている気がする伊勢だが、軍曹の精神力で何も無かった事にした。軍曹は無敵なのだ。

 レイラーは面白そうに伊勢を見ている。こちらの方が心に刺さるかもしれない。


―コンコン、ノックの音がして3人の戦闘士が顔を出した。昨日、おばちゃん支部長に頼んだ3人だ。

「おはようございます。戦闘士協会から派遣された戦闘士3名、到着いたしました」

 すばらしい。極めて簡潔で、まさに軍人の匂いがする口上である。

「おはよう諸君。入ってくれ。アール、水を頼む」

「はい。相棒」

 派遣されたのは全員5級戦闘士で、ハムラー、ニーグ、ラハンという男だ。全員、伊勢とは初対面である。

 部屋の中にいるもの達で、一通りの自己紹介をした。


「ところで諸君、私はここではイセ軍曹となっている。そのように呼んでくれ。

 さて、諸君に頼みたいのは新兵訓練に際して私の補助をしてもらう事だ。私は異国の出身ゆえ、この国の軍のしきたりを知らん。祖国のやり方で新兵を鍛えるつもりで、その許可も執政官に受けているが、この国のやり方を知る戦闘士の君たちには必要な補完をしてもらいたい。

 私の指示には従ってもらうが、どんどん提案はしてくれ。できるだけ受け入れたいと思う。質問は?」

 一気に喋った。一気で無いといろいろボロが出そうな伊勢である。

「イセ軍曹殿、訓練中は指示に従う以外は自由に動いていいんですね?」

 ハムラーと言う男が質問してきた。

「もちろんだ。どんどんやってもらいたいし、兵士たちにも自由にアドバイスしてもらいたい。依頼主は徹底的に厳しくやれと言ったが、潰してしまうのは望んでおられない。その範囲で君たちも好きにやってくれ。それと諸君、今日は一緒に夕食をどうだ?」

「了解いたしました。ご一緒させていただきます」

「うむ」


 

 補助教官たちとの面談が終わった後、伊勢はファルダード達の宿舎のドアを思い切りぶったたき、開け放った。訓練中はファルダードも兵士たちと同居生活を送らせるつもりだ。

「おはよう、お嬢様がた!もう日は高い!訓練日和だ!鎧も剣も要らん!集合集合集合!」

 それだけ叫んでストップウォッチを作動させ、兵士たちの慌てる声を聞きながら広場に行く。

 

 200秒を超えた頃からバラバラと兵士たちが出てくる。ファルダードが指示して整列させている。

「今300を数えた!まだ15人が出てきていない!全員罰則だ!腕立て伏せ用意!30回だ。初め!数は誤魔化すな!」 

 数を誤魔化した兵士にはたっぷりと念入りに罵声を浴びせておく。多くが他の部隊から回された落ちこぼれの古参兵だ。


「遅れたもの達!貴様らは戦場に遅刻してきたクズどもだ!敵は待ってくれんぞ!クソを垂れてるから待ってくれとでもいう気か?!ああ?!」

「いや、でも軍曹殿。こんなことは他の部隊じゃやってないです」

「黙れ訓練兵!他の部隊も昔の訓練も関係無い。ここは俺の中隊だ。貴様らは俺の兵士だ。上官に逆らう気か?ハムラー伍長、上官への抗命罪はなんだ?」

「はっ!死刑でありますイセ軍曹殿!」

 打てば響く、とはこういう事だ。こちらの要望にハムラーは的確に応えてくれる。欲しかったのはコレだ。


「そう、死刑だ。貴様は死刑になるつもりか?それならそうと言ってくれ。私は一向に構わん」

「いいいい、いえ、何でもありませんでした気のせいです軍曹殿」

「そうか、まあいい…では続ける。本日はまず訓練を手伝ってくれるもの達を紹介する。

 まずはアール戦闘士。彼女は俺の相棒で魔法師でもある。次にレイラー女史、彼女も魔法師にして大学者だ。貴様らゴミどもの観察をして、俺にアドバイスをしてくれる。そしてハムラー伍長、ニーグ伍長、ラハン伍長。彼らは直接お前らを鍛えてくれる。

 挨拶だ、お嬢様方!」

「「「宜しくお願いします!!」」」

「よし、アール女史とレイラー女史の前で汚い口を叩くな。二度と笑えなくしてやるぞ!…そこのお前!なに笑っているか!」

「い、いや…女に教わる事なんて」

「貴様に何がわかるかこのクソゴミが!彼女らは黒馬族の賊を何十人も倒した猛者だ!よしわかった、口で言ってもバカな貴様らにはわからんだろう、貴様出て来い!!アール、手合わせしてやれ、魔法は使うな。殺すなよ。」

「はい!!相棒軍曹殿!!」

 アールも結構ノリがいいではないか。


「貴様、名は?」

「サーヴィーです」

「お前は今から白雪姫と呼ぶ!よし戦え」


 アールはトコトコと近づくと白雪姫の首筋をつかんだ。

 白雪姫が殴りつけようとするが、意に介さずそのまま頭上に持ち上げるとポイッと投げ捨てた。

 白雪姫は地面に落ちて呆然となった。


「よしわかったか!彼女に2度と逆らうな!彼女は俺と違って極めて優しい。貴様らクズを愛してくれる姉にして母親だ!貴様らも彼女を愛せ!!」

「「「はい軍曹殿!!」」」

「では駆け足よーい!!進め!!」



 伊勢は訓練中隊を3つの小隊に分けた。それぞれ38名・38名・24名である。各小隊は小隊長と伝令1名を除いて6名単位の分隊6個で形成した。24人の小隊は伝令や衛生、補給、偵察、そして騎兵10騎だ。ファルダードは中隊長としてここに置いておく事にする。

 各小隊も、各分隊も構成する兵士はでるきだけばらして平均化した。出身や、元の部隊が同じ奴をできるだけ重ねないようにしておいた。小隊長、分隊長はファルダードの推薦と、年齢順だ。 

 武装には支給品に加えて短剣を全員に持たせることにした。この国の男は、成人のたしなみとしてナイフを持っているが、これでは戦争に使うには小さすぎるものだ。街の鍛冶屋を呼んで、刃渡り35センチほどの短剣を全員に装備させる事にした。

 服装も統一する。この国軍隊には決まった軍服が無いのだ。街の兵士を表す腕章と支給された革鎧があるだけで、決められた戦闘服すらない。

 仕立て屋を呼んで全員分の茶色のなんちゃって迷彩戦闘服と、大型リュックと、茶色のベレー帽もどきを作らせた。休憩中に街に出るときはいつもこの腕章とベレー帽をかぶらせる。頭は当然丸坊主だ。カタチが大事なのだ。たぶんそうなのだ。

 これらの装備を与えたら訓練費用の8割が飛んでいったが、まあ仕方のない事だと考えあきらめる。


 メインの武器は槍と弓だ。各員の適性を見て仕分けをし、それぞれを徹底的に練習させるが、武器を交換しても扱えるように両方の訓練を仕込んでおく。弓と槍の運用は分隊ごとに分ける事とした。

 徹底的に走らせ、徹底的に弓を引かせ、徹底的に規律を叩きこむ。

 伊勢は鬼軍曹役、アールは保健室の先生役で中隊の癒し役、ファルダードは中隊の兄貴役、それぞれの役目を与えて演じる。

 アールの所には兵士たちがしばしば訪れて相談していくようだ。

 アールの所から帰ってきた兵士は何かほっこりしたような顔をしている。追い詰め過ぎてつぶれたり反逆されたりするのが心配だった伊勢としては、とてもうれしい役目をしてくれている。さすが相棒だ。

 

 ファルダードは当初は吃音でバカにされていたようだが、毎日ボロボロになるまで訓練され、区別なく扱われる事で徐々に受け入れられてきたようだ。伊勢はファルダードに最も厳しく接し、同時に最も気にかけて持ち上げるようにした。

 彼は良くやっている、と伊勢は思う。

 隊の連中をすべて良く覚えている。隊員の名前はもちろん、出自も性格も把握している。大したものである。

 吃音は治らないが、気にならなくなってきたようだ。というより、気にする余裕が無いのかもしれないが。 

 しばしば夕食の席に呼んで話す。部隊の事を聞き、不満や限界を見極める材料とする。ファルダードにも地球の故事や歴史を話しておく。指揮官として何かの役に立つだろう。


 座学もやる。

 3週間を過ぎたころから、午前中に座学を行い始めた。内容は衛生、医療、体の鍛え方、栄養の取り方、モノの作り方、そしてビジャンに教わった罠の作り方、などだ。

 レイラーも出席してなにやら興味深げに聞いている。

 内容は聞きかじりの知識や小学校中学校の授業のモザイクみたいなものだが、実地で使う最低限の知識としてはそれなりに役に立つだろう。 


 レイラーにも座学をやってもらう。最低限の教育を施す為だ。

 彼女にやってもらうのは簡単な数学や、国の歴史、風俗、宗教、哲学、農業、道徳などだ。教える事は彼女に任せているが、道徳を教えてくれるのは非常にありがたい伊勢はと思う。当然宗教ベースだが、まあそれがこの社会の汎用ルールなので全く問題は無いのである。

 兵士たちが完全に理解する必要はないと伊勢は思っている。ただ、教育をうけた者はそれだけでも自信になり、洗練されるというものだ。

 教師がファハーンで有名な学者であり魔法師、となれば、誇りにもなるだろう。誇りを持てば、それが自身を律する軸になる。

 

 1週間に一度の執政官への報告書の作成がまた面倒だ。日本にいた頃から数えて数カ月ぶりのデスクワークである。

 伊勢は当初は、羊皮紙に書いていたが、あまりの書きにくさに嫌気がさして今ではスケッチブックを切り取って書いている。

 お偉いさんに提出する資料なので、わかりやすくかつ必要に応じた詳細さを持って書くのはかなり面倒なのだ。そもそも、どこまでなら手を抜いていいか分からないのが問題である。まことにメンドクサイ。

 一つ思いなおして、ファルダードにも報告書を出させるようにした。紙とペンは伊勢から貸してやり、報告書の書き方も教える。

 これで伊勢の報告書作りの参考資料が出来るわけだ。まことにありがたい事である。


 そうやって、瞬く間に5週間が過ぎた。 





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