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異世界ツーリング  作者: おにぎり
第三章~北東部
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92日目

92日目


 「海だ!!」


 伊勢とアールは嬉しくなった。久々の海である。海岸沿いの街で育った伊勢としては、実に嬉しい。


 目的地であるジャハーンギールの街は海沿いの街であった。元の世界ではカスピ海の東南に当たるが、この世界でカスピ海は大々的に地中海とつながって、形もメチャメチャなので良くはわからない。

 まあ、そんなことより海である。

 青い。

 魚が食べられるのである。

 泳ごうと思えば泳げるのだ。

 なんとすばらしい事か。


 襲撃後は何事もなく、順調に旅を進める事が出来た。

 商人達からの伊勢とアールの扱いも、まるで変った。今はもう、戦友なのであろう。

 一緒に危機を乗り越えたという証は、どんなことよりも深い絆を結ばせるきっかけになるものである。

 隊商の長のエスファンなどは、街に着いた後の別れの時には、伊勢とアールの両手をかき抱いて涙を浮かべながら謝罪し、感謝の言葉を述べたものである。当初の冷たい態度など、もう何処にも無かった。

 伊勢は少しだけうるっときた。ほんの少しだけだ。本当に少しだ。

 アールはうんうんと大きく頷いていた。

 ゴバードも別れの言葉を言ってきた。「じゃあな、また一緒にやろう」という簡単な言葉だった。ゴバードらしい男くささである。

 彼らは引き続きこの隊商についていき、今度は海沿いを西に進む。

 旅、旅、そして旅、の人生である。



 さて、アミルの商会ジャハーンギール支店に一行が着くと、てんやわんやの大騒ぎの後に宴会が始まった。

 旅人を歓迎し、宴会を開くのは遊牧民のつくったこの国の古き習慣である。なかなかに良いもだと伊勢は思う。

 現代の地球と比べたら大して美味い物は無いが、それでも気持ちが大事なのである。そう偉い人も言っていた気がするのだ。

 

 支店と邸宅はアミルの本宅のように実に質実剛健で、虚飾を排したものであった。好感が持てる清潔さである。

 この支店を預かっているアミル次男のアフシャールは23歳。若い。顔つき、体つきは、戦士のようにがっちりして厳めしい。そして、この国の人にしては珍しくあまりイケメンで無い。というよりも、若干残念なのであった。ちなみに独身である。

 アフシャールは右腕であるバスラーと言う30代後半の男と共に、この支店を切り盛りしている。ちなみにバスラーは解放奴隷だとの事だ。

 ここで扱っているのは、主に北東部で採れる魚介・塩・薔薇・香料・農作物、などである。それなりに手広いと伊勢は思った。

 薔薇や香料や農作物は提携している農村から直接仕入れているとの事で、専売契約を結んで品質を管理しているらしい。これはアミルがこの国で初めてやった手法であるとの事。大した商人だと思う。地味にえぐい部分もある。

 

 今回、伊勢の考えで導入する蜂の巣箱と遠心分離機は、こうして提携した農家にやらせるのである。

 ひも付きであるため、管理もしやすいし、要望も通りやすいだろう。

 これはうまく行くかもしれないな、と伊勢は内心で少し安心した。


「いやー、みんな良くきてくれたなぁ!ごくろうだったなぁ!酒はたくさんあるから飲んでくれよ!

 あ~~イセさんアールさんこちらへ!いやいや大変でしたねぇ!ご苦労さまでございました!沢山飲んでくださいねぇ!」

 アフシャールは、軽い。

 顔や体つきに似合わず、とても軽い。アミルの息子とも思えぬ。これで…大丈夫なのだろうか?伊勢は心配になった。

「それに魔法師のレイラー様!いや~むさ苦しい拙宅においで頂きまして恐縮でございます!!何かご要望はありますでしょうか?!」

「アフシャール君、私の事は放っておいてくれて良いよ。学者には羊皮紙を数枚と、思索が出来る空間があればいいのだ」

「流石でございます!アフシャール・ファルジャーン感服いたしました!出来るだけの環境を整えさせていただきます!!」

 大丈夫なのだろうか。この男が心配である


「ボクはこの辺の魚料理を教えて欲しいです。魚が食べたいです」

 基本的に、アールは遠慮しない。

「わかりましたアールさん!拙宅の料理人に伝えておきます!厨房を自由に使ってくださって結構!どうぞどうぞ!」

 アールも小首をかしげながらいぶかしげに頷いている。さすがについていけないのかもしれぬ。


「イセさんも大活躍だったみたいですなぁ!黒馬族の盗賊をバッタバッタとなぎ倒して!」

「あー、いや…それはアールとレイラーが活躍したわけで…」

「いやいや御謙遜を!後ほど私にも一手ご指南いただけますかな!?」

 この男、体つきから見て取った通り、やはり武芸をたしなんでいるのであった。

「そうですね、では仕事の合間にでも…」

「それは嬉しい!!仕事なんてちゃちゃっと片付けてしまいましょう!!」

 まことに心配である。


「バスラーさんも、明日からよろしくお願いしますね?」

 伊勢はアフシャールの傍らに座るバスラーに声をかけてみた。先程から静かに酒を飲み、つまみを食べている人物だ。

 のっそりしたモグラのような印象を受ける。この主従は共に見た目は残念である。


 伊勢の問いかけに対して、バスラーは

「はい、お任せください」

 と低い声で答えるのみであった。


 心配である。



――----------

93日目


 伊勢は朝暗いうちから起きると、井戸で顔を洗い、日本刀をとった。

 右腕を折ってから始めてふるう剣だ。ゆっくりと振り始める。

 いつもよりすこし、重い気がした。


 アールはそれを見ながら飯盒で米を炊いている。

 旅の途中ではやっていなかったので、久しぶりに見る光景であった。

 伊勢は剣を振り、アールは米を炊く。

 まったりとした、優しい風景である。


 あてがわれた客間に戻って、朝食を食べた。

 白米と味噌汁と焼き海苔だけだ。美味しい。

「イセ君、アール君、おはよう」

 レイラーが勝手に入ってきて、勝手に飯をよそって、勝手に食べる。

 

「どうですか、相棒?」

「まんざらでもねぇよ?」

「これはいいものだね」 


 何のことは無い会話である。

 


 伊勢達は居間に行ってアフシャール達と改めて食事をし、今日の予定を聞いた。

「さっそく今日は近くの農場に行って打ち合わせをしまーす!バンバン行きましょーう!!」

 アフシャールはなぜかハイテンションだ。

 伊勢は心配である。


「レイラーは今日はどうするんだ?」

 伊勢は聞いてみた。養蜂の事はまだ秘密にしないといけないのである。

「ん?君たちは何かやるんだろう?良ければ付いていってもいいかね?」


 伊勢は少し悩んだ。アフシャールを見ると、小さく頷いている。

「よし、レイラー。これから先に見る事は秘密だ。誓ってくれ」

「キミは命の恩人だからね。いいよ」

 この国で誓いは重いが、それでもスッと誓ってくれた。レイラーであれば何の心配もない。彼女はそういう人間だと伊勢にはもう、わかっている。



「さて、じゃあいきましょーう!出発しんこーう!」

 アフシャールの軽い号令で3台の自操車が動き出した。積んでいるのは、はるばるファハーンから運んできた巣箱と遠心分離機である。

 ゴトゴトと揺れながら動き出した。

 一行は御者3人、アフシャール、バスラー、そして伊勢とアールとレイラーだ。

 すぐにジャハーンギールの街を出て街道を外れて土の道に入り、揺れながら丘を超え、山を越え。

 このあたりは乾いてはいるが草は豊かだし、それほど高くは無い低木が広がっている。小さく小川が流れている。

 暑くもなければ寒くもない、とても気持ちが良い気候だ。

 

「気持ちがいいですねぇ相棒」

 揺れる自操車の荷台から足を投げ出してアールがつぶやいた。アールはとても楽しのであった。自分で走れればもっと最高だけど、天気のいい、こういう空気の中を動いていくのは、彼女にとって、とても楽しい事である。胸の中がカラッとする感じになる。

「あとで、海沿いを一緒に走りましょうね?」

「ああ、そうしようアール」

 楽しいツーリングになりそうだ。


「イセ君、光がまぶしいが…この光と言うのは何なんだろうね?神はどうやってこの光を生み出したのだろうね…」

 安定のレイラーである。彼女は常に何かを考えている。考えねばいられないのであった。考えるゆえにレイラー有り、なのである。

「あー…光と言うのはな…電場と磁場の…後でいいか?レイラー…」

「むう…まあ、後で答えてくれたまえキミ…」

 残念だが仕方ない。レイラーは歯を食いしばり、涙をのんで我慢した。


 二時間ほどして、目的の村に着いた。低い壁に囲まれた、20戸ほどの小さな山村だ。こういう村でも、小規模な城壁を備えているのがこの世界の常識である。

 自操車の周りに群がってくる子どもたちを、適当にあしらい、蹴散らしながら村長の家に向かう。

 小さな、だけど周りよりは少し大きい、二階建ての家であった。扉は開け放たれている。こんな小さな村で、泥棒もクソもないのだ。


「ユガルそんちょーう!居るかね?!」

 アフシャールがドアを叩いて声をかけると、奥から小さな老人が出てきた。すでに半ば乾燥した感じの老人である。

「おう、お待ちしていましただ、アフシャールさん。婆さん水持ってこい!どんぞこちらへ。メフラーン!マハスティ!」

 村長が呼ぶと、二十代半ばの男女が隣の家から駆けてきた。


「アフシャールさん、この夫婦がご提案の蜂蜜作りをやりますだよ。ご挨拶せい」

「メフラーンですだ」「マハスティですだ」

 夫メフラーンと妻マハスティ。マハスティは村長の娘だそうである。


 一行は食堂に入って話をする事になった。粗末な椅子と粗末なテーブル。自分で作ったものなのだろう。

 アフシャールがさっそく切り出した。こういうせっかちさは、アミルの息子らしいところだ。

「よーし、ではさっそく本題に入るぞーう?

 先に言っておくが、この計画は秘密だー!そのうちに何処かからバレるだろうが、この村から外に話した奴には死んでもらうぞ~う?いいかい?」

 これは脅しではない。この世界では、誓いを言い、それを破った人間を実際に殺すのである。完全に合法なのである。おそろしい事だ。

「はい、村の外には絶対に漏らしませんですだ。村人にもちゃんと念を押しておきますだよ」

「うむ、よーし!

 さて、今回はこれなるイセ殿が考案した新たなる養蜂の手法をこの村で実験する。

 箱の中に組んだ枠の間に蜂の巣を作らせ、そこに溜まった蜜を遠心分離器なる道具で採るとの事だ。蜂の巣を壊さずとも蜜が取れるようになる為、上手く行けば蜜の生産量は数倍にな~る!信じろ!!」

「イセ君本当かね!!すごいじゃぁないかキミ!」

 レイラーが一番うるさいのであった。場の面々は驚きのタイミングを逃してちょっとばつが悪そうである。

 それにしても意外であった。アフシャールはきっちりと内容を把握している。思いのほか実務能力は高いようである。ただの軽い兄ちゃんではないようだ。


「イセ殿、ご説明を…」

「説明の前に、今の現場を見せてもらっていいですかね?」

「うむ、ではそうしよーう」


 そう言う事で、村から10分ほど離れた丘に登る事になった。


「ここがそうですだよ」

「ほう!こうやって蜂蜜は作られているのかね!いやぁ勉強になるねぇ!」

 レイラーが一番楽しそうだ。

 養蜂場は単なる空き地に、丸太を彫って作った巣箱を適当に並べただけの姿であった。単にそれだけだ。とくに見る事もない。

 採る際は煙をかけて、中の巣をとりだして、袋に入れて押しつぶすとの事。

 おおむね伊勢の予想通りである。


 一行はまた村長の家に戻った。

「では説明します。先程アフシャールさんが言ったように、この巣箱をつかって中で蜂を飼育します。

 下の箱で女王蜂を飼って、出来た巣を上に持ってきて上の箱で蜜を作る。そして……」

 伊勢はその場で巣箱と巣枠を組んで、巣の元になる巣礎をはめて説明した。

「で、出来た巣をとりだして遠心分離機にかけて……そうやって、巣を何度も何年も再利用して……この巣の基礎についてはアフシャールさんがこの村に売ります。そして…」

 何度も実演しながら説明する。

 みな一生懸命に聞いているが、最も食いついているのはレイラーである。目をらんらんと輝かせて、食いつかんばかりだ。

 アールなどはぼんやりと聞いているだけである。いや、聞いているのだろうか?どちらでもいいか…


「実際にこれでモノになるには数年はかかるかもしれません。しかし、軌道に乗れば…

 それまで、メフラーンさんとマハスティさんの創意工夫が必要となるでしょう。私は養蜂をやる専門家ではないですからね。あなた方の頑張りが頼りです。わからない事があれば聞いてください。出来るだけこたえます」


 実際に人とモノを動かすには、利益を見せてやるとともに、誇りとやる気を引き出してやらないといけない。伊勢はそう思っている。それはとても難しい事なのだ。


「すばらしい仕組みだよイセ君!無意味に蜂を殺す事も無くなる!神のことわりを活かした素晴らしい仕組みだ!これは神もお喜びになる!学者として感動したよ!!」

「神の…なるほど…」

 突然、レイラーが吠えた。彼女の言葉にメフラーンとマハスティがホッと納得した顔を見せる。


 彼らにはたぶん、何が何だか分からなかったのだろう。利益を示されても理解が出来ないのだ。合理的な考え方と言うものが浸透するのは時間がかかる。現代の日本でもそうなのだ。

 変な異世界人がこねるみょうちくりんな理屈より、レイラーという学者の権威と、『至高なる神』のほうがこの世界の人には余程身近で信頼でき、身近なものなのだろう。

 いや、日本でもそれは同じかもしれぬ。


ここはどうせなら… 

「ええ、これは神に授けられた自然を余すところなく受け取る技です。メフラーンさんとマハスティさんの今後の工夫と努力は、神の知るところとなるでしょう。至高なる神に祈りましょう」

 伊勢は調子に乗って、レイラーの言葉に乗っかってみた。

「神に通じる技…ああ…すごい…これも神のことわり…ああ…」

 陶然とした顔で、メフラーン、マハスティ、村長が…のみならずアフシャールとレイラーも天に祈り始めた…少々効き過ぎたようである。

 場の空気に流され、アールもなんとなく祈り始めた。

 伊勢は調子に乗った事を少し後悔した。


「え、ええと…そう言う事で、私は明日まで村に滞在しますから、出来るだけわからないことは聞いてください…」


「「「はい!!」」」


 少なくとも、大いにやる気にはなってくれたようであった。




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