84日目-2
84日目2
しばらくして、盗賊は仲間の死体を置いたまま去っていった。
隊商は悄然としている。29人が死んだ。戦闘士が4名、商人たちの私兵が14名、御者が10名、商人が1名だ。アミルの商会から死者は出ず、軽い怪我人が二人出ただけだ。
敵はその100人近くが死んでいる。半分はアールとレイラーが殺した。良く覚えていないが、伊勢も5名は殺したと思う。
特に人を殺した事に対して、罪悪感は無かった。
襲ってきたから、殺しただけだ。魔獣から身を守るのと何も変わらない。相手が人なだけだ。
伊勢は意外なほどドライな自分に少し驚いたが、まあそんなものなのだろう。
今は怪我人と死体を自操車に積んで、次の街を目指している。
伊勢もその怪我人の一人であった。馬をぶちかまされて、右の前腕が折れたのだ。
伊勢が意識を失っていたのは数分だったようだ。その数分のうちに、戦闘は終結して敵は逃げ去ったとアールから聞いた。
多少曖昧だが、伊勢が目を覚ました時に、アールは伊勢のすぐ横で槍を振るっていたと思う。彼女はひどい顔をしていた気がする。
今はいつも通りの、のほほんとした顔をしているけれど、心配して、未だに伊勢の傍から離れたがらない。
レイラーには傷が無くて本当に良かった。
可哀想な事をしてしまった、と思う。
でも、謝ることはしないでおこう、とも思う。
まあ、街に着いたら、まずは一緒にご飯を食べる事にしよう。
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一行は2000人程度の中規模の街に着き、宿屋に腰を落ち着かせた。
数日はこのまま怪我人の傷をいやしながら様子を見て、盗賊団の情報収集に努める事になる、とのことである。
「イセ君、キミには命を救われたねぇ!」
ドバンッ、と伊勢とアールの部屋のドアを開けてレイラーが入ってきた。
「私は初めてだよ!あんな風に戦ったのは!」
レイラーはいつも通りだ。少なくとも見た目は。内心では強く動揺しているが、彼女はそれを見せないだけの強さを持っている。
大したものだ。
「まあ、それはともかく、魔法で傷の治療をしようかね!」
アールが優しく伊勢の鎧と服を脱がしてくれた。骨折は生まれて初めてだが、大して痛くは無いものである。
レイラーが服を脱いだ伊勢の右手に手を当て、魔法を使って折れた骨の位置を合わせる。
「うーん、難しいねぇ…合わせるのは良いけど離れてしまう…」
「ボクがやります…相棒?少し痛いですヨ?」
アールがレイラーに代わって伊勢の前に座り、消毒液で患部の近くをぬぐった。真剣な顔で一センチほど切開して、自分の人差し指を当てる。
指が銀色になって、一筋の流れになって伊勢の体に入ってきた。ゴリゴリと骨に食いこんでくる感触がある。とても痛いが伊勢は黙っていた。
アールは変形チートで自分の体の一部を変形させて、伊勢の骨を固定した。
怖かったけど、たぶんできると思ったし、実際に出来た。アールは安心した。
そのままアールの指を伊勢の体に入れたまま、レイラーが魔法で骨をつないでいく。5時間かけて一応は仮骨が固まり、アールは固定していた金属を体に戻した。3人とも動けなかったので、終わった時には体中が凝り固まってしまった。
「さて、まだ動かしてはダメだよ君。適当に魔法をかけながら数日間はそのままだ」
そう言って、レイラーは添え木を巻いて固定した。
魔法、すごいです。伊勢はあきれた。
数時間で仮とはいえ骨が繋がってしまうのだ。まさにファンタジー的異常技術である。
「アール、レイラー、ありがとう。それにしてもすげぇな魔法」
「当然だね君。私は治療の方が得意だからね。国内でもなかなかのものだよ?実は戦闘などはあまり得意じゃないし、やったこともないのだよ」
そう言ってレイラーは立ち上がった。一休みして、他の者の治療に行くのだろう。
「レイラーさん、ありがとう」
アールはそう言ってレイラーを送り出した。
レイラーは小さく頷いて出ていった。
それにしても腹が空いた。魔法で治療すると腹がへるようだ。まあ道理である。
アールが宿屋からパンとチーズを貰ってきて、部屋で食べる事になった。伊勢の右手が使えないので、アールはパンを小さくちぎって皿に置いてやった。
スープが無かったので、吸いものを作った。携帯用コンロで湯を沸かして、だしの元と醤油をひとたらし、干し肉と干したクズ野菜を入れただけだ。味噌は入れない。干し肉から塩が出るから塩分は充分だ。
単純な飯だ。でも、十分に旨い。
後はサバ缶とナツメヤシと干しイチヂク。
十分だと思う。
外はもう、とっくに暗い。
階下から、酔客の楽しげな声が聞こえてくる。
二人は、黙々と食べた。
「うまいな」
「そうですね」
どこかから、赤ん坊の泣き声が聞こえる。
「相棒?」
「ん?」
「怖かったです」
「うん」
「わかってますけど、ああいうのは、嫌です」
「うん」
ごめん、と伊勢は小さくつぶやいた。
アールは無言で頷いた。
謝る気は無かったけど、謝ってしまったな…でもいいか、と伊勢は思った。




